病室で、あの後の話をしました①
「ここが、桐野さんの入院している病院か」
病院の正面玄関前に着いたのは、夕方になる少し前だった。
空はまだ明るい。
けれど、建物のガラスには低くなり始めた陽が反射していて、入口の上に出ている病院名の看板だけがやけにはっきり見えた。
「少々お待ちください。周囲の安全状況を確認できるまで、車から降りないようにお願いします」
「は、はい…」
ようやく降りてOKをもらった俺は、黒塗りの専用車から降りるも、周囲に武装した探索者に囲まれていた。
病院を訪れる人もその状況を見て、何事か、と遠目で見ている。
「あ、あの。お見舞いだけなのでここまでで結構です」
「いえ。真壁様は特別警護対象ですので」
「いやでも、さすがに病院内を武装した探索者が入るっていうのも…」
「そこは抜かりなく。おいっ」
すると黒服の探索者が数人そばに寄ってくる。
「病院内の護衛です。我々は周囲を固めますので、ご安心ください」
「……はい」
◇
少しだけ話を戻すと、ダンジョンコアを解除後、ひと段落したのは翌日の朝方だった。
ダンジョンコアの封印処置が終わり、管理局の聞き取りを一度受けて、ようやく解放されるのかと思ったところで、職員のひとりが紙に病院名だけを書いて渡してくれた。
「桐野シエルさんは、こちらに搬送されています」
伝えられたのは、それだけだった。
病室番号までは教えてもらえなかった。
面会できるかも、その時点では分からない。
それでも、病院の名前が分かっただけで、動く理由にはなった。
そこで、いざ、病院へ!
と移動しようとした時、管理局から『待った』がかかった。
待ったをかけたのは『ダンジョン庁 特異災害対策局・深層事案特務室』という舌を噛みきりそうな長い名前の組織で、現時刻をもって特別保護対象となったと俺に告げた。
安全が確保されるまでは一時的にダンジョン庁が身柄を預かるということと、外部との接触はこれも安全が確認されるまでは難しい、ということで最初聞いたときは「???」だったが、状況を色々と整理すると「…」に変わった。
そういうこともあり、今こうして24時間の貼り付き警護を、彼らは行っているというわけだ。
この面会も俺の希望を半ば押し通したようなもので、これが実現できないなら一切の協力を拒む、そう宣言してようやく実現の運びとなった。
そんなこんなで、俺は周囲の目を気にしつつ、正面玄関から病院へ入ると思っていたより人が多かった。
救急車の出入りは続いていて、入口の脇には管理局の腕章をつけた職員もいる。
一般の患者らしき人たちのほかに、探索者向けの装備袋を持った人もいた。
昨日の夜の続きが、まだここにも残っている。
そう思いながら、自動ドアを抜けた。
受付の前には列ができていた。
番号札を取るべきなのか迷ったが、面会であることを考えると受付に直接聞いた方がいいのかもしれない。
「すみません」
受付の女性が顔を上げた。
「桐野シエルさんのお見舞いに来たんですが」
その瞬間、表情が変わった。
「申し訳ありません。患者様の病室については、お答えできません」
「関係者です」
「申し訳ありません。確認が取れない方へのご案内はできません」
「昨日、現場に一緒にいて」
「申し訳ありません」
受付の女性は丁寧だった。
丁寧だが、まったく通らない。
まあ、そうだろうなとも思う。
相手は探索者で、しかも昨日の事件の当事者だ。
病院が簡単に病室を教えるわけがない。
「管理局の方から、病院名だけ聞いて来たんです。真壁といいます。真壁遼です」
「お名前をいただいても、こちらでは…」
受付の女性がそう言いかけたところで、奥から出てきた看護師がこちらを見た。
そして、急に足を止めた。
「あれ?」
俺も思わずそちらを見る。
看護師は数秒、俺の顔を見ていた。
それから視線がシオへ動き、もう一度、俺の顔へ戻る。
「あの、真壁さん……ですか?」
「はい。真壁遼です」
答えた瞬間、看護師が口元に手を当てる。
断り続けた受付の女性が、事務用のモニターから顔を上げて改めて俺を見る。
その隣の職員も、少し遅れてこちらを見た。
「あ、ほんとだ」
「真壁さん?」
「シオもいる」
声は小さかった。
でも、受付の中だけで止まらなかった。
近くの待合ベンチに座っていた人が顔を上げる。
少し離れたところでスマホを見ていた男性が、こちらを二度見した。
誰かが息を飲む音がして、次の瞬間には、周囲の視線が一斉に集まった。
「え、真壁さん?」
「昨日の?」
「シオだ」
「本物?」
受付の女性を押しのけて、看護師が受付前に出てくる。
「し、少々お待ちください」
最初に気づいた看護師が、慌てたように奥へ入っていった。
受付の女性も、さっきまでの定型文みたいな顔ではなく、明らかに動揺している。
「ええと、真壁様。確認いたしますので、こちらで少々お待ちください」
待合ベンチの方から、たくさんの視線が刺さっていた。
スマホを向けようとして、隣の人に止められている人もいる。
管理局の腕章をつけた職員がそれに気づき、すぐに近づいて注意を入れた。
それに連動するかのように黒服たちが周囲をガードし始める。
まさか病院の受付で、こんな注目のされ方をするとは思わなかった。
配信で顔も名前も出した。
昨日の件も、たぶん相当な人数が見ていた。
分かってはいる。
分かってはいるが、実際に目の前でこうなると、体が一歩引いてしまう。
しばらくして、奥から別の職員が来た。
その人は管理局の腕章をつけていた。
「真壁遼さんですね。確認が取れました。桐野シエルさんの病室までご案内します」
「ありがとうございます」
「桐野さんは、現在、管理局の重要参考人として特別保護対象になっています。詳しい話は伏せますが、病室には管理局特務部隊所属のA級探索者が、24時間体制で護衛についています」
A級探索者、そして24時間警護。
その言葉で、ようやく自分が普通の見舞いに来たわけではないのだと、改めて思い知らされた。
そして案内役の職員が歩き出す。
俺は受付周辺の視線から逃げるように、その後についていった。
そして病室へ向かう道中、エレベーターに乗る直前に背後から小さな声が聞こえた。
「あの人がダンジョンコアを止めたんだよな」
聞こえてはいるが、聞こえないふりをした。
エレベーターの扉が閉まる。
ようやく、待合のざわめきが切れた。
最上階までエレベーターの扉は開くことはなかった。
降りると受付のざわめきとは反対で、静寂に満ちた廊下が続く。
そして案内された先の病室前には、見覚えのない探索者が二人立っていた。
どちらもスーツ姿だったが、普通の警備員ではない。
そして黒服の1人が前に出て二言三言言葉を交わした。
「真壁遼さんですね」
名前を呼ばれて、俺は足を止めた。
「はい」
俺が答えると、右側に立っていた隊員がタブレット端末を見た。
画面には、俺の顔写真と鑑定士登録番号らしきものが表示されている。
「同行体も確認します」
そう言われて、シオが少しだけ姿勢を低くした。
「シオです。登録済みの同行体です」
「確認しています。接触制限は、病室内では桐野シエル本人および真壁遼さんの管理下で許可されています。ただし、医療機器には触れさせないでください」
「分かりました」
口に出してから、少しだけ遅れて意味が頭の中で追いつく。
シオの扱いまで、もう共有されている。
昨日の現場で何があったのか、どこまでが記録になっているのか分からない。
ただ少なくとも、俺とシオは、ただの見舞客ではなかった。
「こちらは管理局特務部隊の警備下です。面会時間は20分を目安にしてください。延長が必要な場合は、こちらへ」
隊員はそう言って、病室の扉を軽く叩いた。
中から、少し間を置いて返事があった。
「どうぞ」
声は弱かった。
それでも、桐野の声だった。
隊員が扉を開ける。
俺は軽く頭を下げて、中へ入った。
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