ダンジョンコア解除戦①
無精髭男はフレーム最上部の端に立ったまま、軽く首を傾けていた。
黒い袖なしのコートの下に、機能性重視のスーツとベスト。
顎には伸びかけの無精髭。
背中の細長い金属ケースが、夜の風に当たってかすかに鳴った。
「何者……っすか。そうっすね……まあ、ただ者ではないのは確かっす」
無精髭男はそう言って、俺の手元にあるダンジョンコアの手動制御パネルを見た。
シオが肩の上で、低く身を縮める。
青白いドームの光が、俺とダンジョンコアを包んだまま薄く揺れた。
俺はパネルの前から動けなかった。
目の前にいる無精髭男の嫌なオーラが動くことを許さないような圧を放っており、俺はそのまま視線を動かすことしか出来ない。
『誰?』
『さっき神父といたやつ?』
『真壁さん下がって』
『いや下がったらコア止められないやつでは』
無精髭男は配信機材のランプへ一瞬だけ目を向けた。
「配信、まだ生きてるんすね。すごい時代っすわ」
無精髭男の指先が軽く横へ動いた。
背中の金属ケースから細い銀色の針が1本だけ飛び、俺の少し後ろにシオの触手で浮かせていた配信端末を正面から貫く。
端末が火花を散らして、フレームの床に落ちた。
連動してたスマホ画面にノイズが走り、そして黒一色になりコメントも止まってる。
「これで仕事しやすくなるっす」
無精髭男はそう言って、俺の方へ視線を戻した。
「あなた、あの神父の仲間ですよね」
緊張しているのか、声が思ったより乾いていた。
「先輩は神父っぽい格好してるだけっすよ。まあ、本人も気に入ってるみたいなんで、神父でいいんじゃないっすか」
背中の金属ケースが、横に開いた。
中から細い銀色の杭が3本、音もなく浮く。
鑑定が勝手に走った。
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術式拘束杭
種別:結界補助具
用途:対象の移動阻害/術式固定/パネル操作妨害
起動方式:使用者の指先操作
危険度:高
備考:呪術汚染ではなく物理結界寄り。聖属性結界で完全遮断不可
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「……物理結界?」
同時にシオから返ってきた感情は、不満だった。
恐らくは邪魔をされていることに腹が立つ、って感じなんだと思う。
無精髭男の指が動くと銀色の杭が、俺の右手の前に落ちた。
床に刺さった瞬間、透明な板のようなものが立ち上がり、パネルとの間を塞ぐ。
俺は反射的に手を引いた。
「触られると困るんすよ。こっちだって、そこまでダンジョンコアの操作が完全ってわけじゃないっすから」
「こっちからすると、ダン博会場ごとダンジョンにされる方が困るんですけど」
「ははは。それは立場の違いっすね」
無精髭男がもう一度指を振った。
今度は黒い薄膜のようなものが、足元から這い上がってくる。
シオのドームが一段濃くなり、黒い膜は触れた端から煙みたいに消えた。
無精髭男の眉根がほんの少しだけ動く。
「ほんと、面倒なもの連れてるっすね。なんなんすか、その魔獣は」
シオが肩の上で少しだけ膨らんだ。
伝わっていくる感情は喜び。
ちがう、ちがう、そうじゃない。褒められたんじゃないぞ、シオ。
そんなことをやってる場合ではない。
すぐさま俺はパネルに鑑定を戻す。
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手動制御パネル 権限ロック解除画面
現在状態:認証待機
解除条件:中央認証キーへの接触
成功時:外部干渉切断画面を展開
注意:接触阻害中。物理結界による遮断あり
備考:結界杭の解除、または結界板の破壊が必要
――――――――――――――――――――
「迂回……」
パネルそのものの進行状況自体は生きている。
だがダンジョンコアとの接触は、あの結界に邪魔されて触れることすら出来ない状況だ。
無精髭男が俺の方へ1歩近づいた。
細い杭がさらに2本、宙に浮く。
「そこで止まってる分には何もしないっす。こっちも一般人相手に荒っぽいことしたいわけじゃないっすから」
「一般人扱いするなら、まずはこの物理結界解いてくれませんか」
「結界解いたら触るでしょ」
「……触りますね」
無精髭男が困ったように口の端を上げた。
その瞬間、下から青白い魔弾が走った。
フレームの縁を越えて飛び込んできた弾が、無精髭男の足元に刺さる。
床材が小さく弾け、無精髭男が半歩だけ後ろに引いた。
「真壁さんから離れなさい」
桐野がフレームの出入口に片手をかけて上がってきた。
肩で息をしている。
髪は乱れて、衣装の脇腹には魔獣の爪で裂けた跡が残っていた。
それでも両手の指先は、まっすぐ無精髭男の方を向いている。
「桐野さん」
「遅くなった。思ったより多くて手こずっちゃった」
桐野は俺に視線を向けず、無精髭男だけを見ていた。
無精髭男は桐野を見て、少しだけ肩の力を抜いた。
「Albion Knightsの桐野シエル。やっぱり来るっすよね」
「知ってるなら話が早い。そこどいて」
「いやあ、どけないっす」
桐野の指先から、魔弾が連続で撃ち出された。
青白い弾が、無精髭男の肩、膝、手元、足元へ散る。
無精髭男は銀色の杭を床に落とし、薄い結界板を何枚も立てた。
魔弾が結界板に当たり、火花のような光を散らして消える。
俺はその隙に、ダンジョンコアへ手を伸ばした。
だが、結界がまだ邪魔をしていて触れることすら叶わない。
桐野が、横に跳びながら叫んだ。
「真壁さんっ! その板どうにかできる?!」
「見てみますっ」
俺はダンジョンコアを阻む結界板に鑑定を向ける。
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術式拘束杭 結界板
構成:4面結合式の薄型結界
強度:全体高
構成上の節点:右下接合部
弱点:4面の魔力線が交差する節点への集中衝撃
推定結果:節点破壊により結界板全体が連動崩壊。
再構築には術者による再展開が必要
――――――――――――――――――――
「右下に術のつなぎ目がありますっ! ここを狙ってください!!」
俺は透明な結界の一点を指で示した。
「ここを集中して撃ち抜けば機能を失います!」
桐野が狙いを定めて構えを取った。
「撃たせないっすよ」
無精髭男は桐野の魔弾を妨害しようとするも、無精髭男の背後に小さな魔法陣が3つ浮かび、そこから魔弾が飛び出す。
正面の連射と背後の時限式発射に無精髭男は舌打ちしつつ、回避行動を取った。
その隙間を縫って、桐野の魔弾が俺の指した一点に当たる。
続けて2発、3発。
透明な板の右下から、細いひびが走った。
ひびは一瞬で面全体へ広がり、結界板が薄い氷みたいに割れて消える。
結界を支えていた銀色の杭も、床の上で光を失って転がった。
張り直すには、無精髭男がもう一度杭を組み直すしかない。
俺は手を伸ばして、手動制御パネルのボタンを押した。
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手動制御パネル 権限ロック
認証方式:接触認証
操作権限:一時開放
外部干渉切断画面:展開
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「ロック、開いた!」
ちょうどその時、床に落ちた配信端末の配信ランプが点滅を繰り返していた。
何回か点滅を繰り返していたが、徐々にランプが安定してはっきりと光を灯す。
それに伴って今まで黒画面になっていた配信画面に映像が戻ってくると、コメントが怒涛の勢いで付けられていく。
『おっ!復活したぞ!!』
『なんだこの絵図は』
『変なオッサンに桐野に真壁さん』
『なんだ??こっちも戦ってるのか』
『これどう考えても解除RTAだろ』
無精髭男は結界が破壊された状況を一瞥して、今度は俺に対して目を向ける。
そして、今までヘラヘラとした表情から笑いが少しだけ消えていた。
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