ダン博に行ってきました⑥
楽屋というには簡素な、間仕切りで区切られただけのスペースだった。
長机の上に、ペットボトルの水と簡易な進行メモが並べてある。
スタッフが2人ほど、片付けや音響の確認で動いている。
桐野が、マイクを手に取って軽く口元のリップを整えた。
「真壁さん、よろしくお願いします」
昨日通話越しに見たマネージャーが、間仕切りの向こうから顔を出した。
「あ、はい。よろしくお願いします」
俺は配信機材を脇の固定アームに載せて、両手を空けた。
肩のシオは、相変わらず姿勢を低く保っている。
客の多い場所には慣れていないはずだが、特に動揺の動きはない。
ブースの正面側から、客席のざわめきが聞こえてくる。
間仕切りの隙間から覗くと、立ち見が後方に並び始めていた。
スマホをこちらに向けている客も、もう何人かいる。
マネージャーが、長机の進行メモを指でなぞって示した。
「ざっくりの流れ、頭に入れといてください。最初に桐野さんの導入があって、ゲスト紹介で真壁さんに振ります。配信のきっかけとシオとの出会いの話を2、3分。そのあと客席からの質問コーナーを挟んで、最後にシエルさんが締めて20分です」
「分かりました」
「振り方は基本、桐野さんがリードします。答えづらい質問は私のほうから止めるんで、無理に答えなくて大丈夫です」
音響卓の前のスタッフが、軽く手を上げて合図する。
マイクレベルの確認が済んだらしい。
俺はそこで、気になっていたことを口にした。
「あの、自分は配信始めてそんなに経ってないですし、業界的にもそこまで知名度ある訳じゃないですよね。みんなしらけたらどうしようか、と」
マネージャーがきょとんとしたあと、噴き出した。
音響卓のスタッフも、卓の向こうで肩を揺らして笑い出している。
「いや、面白い冗談ですね真壁さん」
「冗談じゃないんですけど」
「今この業界で、真壁さんとシオのコンビ知らない人なんていないですよ。立ち見の列、ブースの外まで折り返してるの見てきました?」
桐野が、リップのキャップを締め直しながら横から口を挟む。
「真壁さん、ほんとに自分のこと知らないのねー。ま、いつも通りでいいから」
いつも通り、と言われても、こんな場の経験は無いに等しい。
ただ、変に作るほうが疲れるのは間違いない。
「分かりました」
間仕切りの向こうで、開始のアナウンスが入った。
桐野が、マイクを持ってステージに出ていく。
「みんなー、お待たせ!」
歓声が一段上がった。
袖についているスタッフが指で出るよう合図をこちらに送る。
俺は何回も頷いて、そして意を決して袖から出た。
俺は配信機材を持ち直して、桐野のあとを追うように出ていく。
歓声が、もう一段強くなった。
客席からはスマホを一斉に向けられる。
そこには満員どころか通路から立ち見が出る程の人がおり、思わず二度見してしまう。
この状況に俺は笑顔を作るのは諦めて、軽く頭を下げるだけにした。
「今日は特別ゲスト、最近業界騒然の鑑定士・真壁遼さんです!」
桐野が、こちらにマイクを差し向けた。
「えっと、よろしくお願いします」
また歓声と拍手が来る。
画面のコメントが、流速を一段上げていた。
『真壁さん通常運転』
『2人のテンション差好き』
『シエルさん本職モード』
『現地ヤバい』
桐野が、客席に向き直りながら最初の振りに入った。
「今日はここ、ダン博のメインステージから特別イベント、シエルちゃんねるの生配信をお送りします! そして真壁さんの回収屋チャンネルも同時に配信しています!」
桐野は俺が持っている配信用機材に向けて手を振る。
そして中央にある椅子にお互い座った。
「改めましてよろしくお願いします! 真壁さんって、最初は回収屋として配信されてたんですよね?」
「はい、そうです。今もホームの品川では、回収屋でやってます」
「いやいや、そこはもう鑑定士でしょ」
桐野のツッコミに、客席が笑いを返した。
画面のコメントも笑い系で埋まっていく。
『回収屋言うな』
『シエルさんナイスツッコミ』
『真壁さんガチで自己認識ズレてる』
桐野が、こちらに身を寄せながら次の振りを出した。
「ところで、肩のシオちゃん、生で見せていいですか?」
「あ、はい」
俺はシオを軽く持ち上げて、手のひらに乗せ直した。
客席のほうにそっと向けるが、距離は近づけすぎない。
殻が低いままでいるのを確認してから、手を止める。
「うわー」
「ちっちゃー」
「こっち向いて」
客席の声が、一気に弾んだ。
ほとんどの客が一斉にスマホを向ける光景に俺もシオも若干引き気味になるも、すぐに居住まいを正す。
シオは、殻の縁を一瞬だけ動かしただけだった。
意外と怖がっている動きでもないし、興奮している動きでもない。
前から思っていたが、シオは肝が据わっている気がする。……俺よりも。
「あんまり驚かせると緊張するので、これくらいで」
俺は手を戻して、シオを肩の位置に戻した。
画面のコメントが、温かい色に寄っている。
『シオちゃん天使』
『真壁さん父親みたい』
『扱いが優しい』
桐野が、こちらに笑いかけながら次の振りに入った。
「早速昨日リングに鑑定通して隠し機能をバラした件、かなり盛り上がってますね。あれ多分、保護機能満載の防衛魔導装置だから、逆にどうやって鑑定したかみんな聞きたがってますよ!」
「えっ? そんなことになってるんですか?!」
そう言えば盛んに通知が入ってたけど、まさかその件だったのか……。
「私もまさかこのリングが結界として機能してたとは思わなかったけど。すごいもんダン博は取り入れてたんですね!」
「あはは、いや、そうですね」
『ダン博のリングは実は防衛用の兵器だってのバレて防衛庁パニくってたぞ』
『記者会見でしどろもどろでネットで叩かれてた』
『まさか在野の回収屋にばらされるとは思ってもみなかった件』
「もしかして…このあとめっちゃ怒られますかね?」
「ダン博の運営局が全力でさがしてましたよ?」
客席が爆笑になる。
画のコメントも、笑いと書き込みで埋まっていった。
『指名手配真壁ww』
『運営いますぐここに来い!』
『バラした犯人、ここにいますよ笑』
『真壁さん本人気付いてないやつ』
『これ晒し回じゃん』
桐野が、笑いが収まったあたりで切り替えた。
「そう言えば真壁さんってどこにも所属してないですよね? ずっとソロ活動されるんですか」
「えーっと。そうですね…どこかに所属とか考えてもなかったので。回収屋は基本ソロ活動じゃないですか。生活に困ってやり始めたんですが、そこそこの稼ぎになりますし、今はやりがいも感じていてこの生活をやめることは考えてないですね」
「いやでも周囲は放っておかないでしょ。その証拠に米仏のパビリオンからめっちゃ勧誘されてましたよね? 海外行く気あります?」
「いや、当面は日本でいいかなと。住み慣れてるので」
「もったいなー」
桐野が、客席のほうに向き直った。
「ね、皆さんも思いますよね? こんな鑑定士、海外行ったらすぐスカウトされちゃう」
客席から、おーという声が上がった。
「私が海外連れて行こうかな」
冗談めかした声に、客席があちこちで湧くようにざわめいた。
画面のコメントが、流速をさらに上げる。
『シエルさん本気か』
『真壁さん拐われるぞ』
『コラボ通り越して引き抜き』
『世界で回収屋を取り合うという面白展開』
桐野が、客席の前方にいた1人にマイクを差し向けた。
「じゃ、質問コーナーいきましょう。手前の方どうぞ」
マイクを向けられた女性客のもとに、スタッフが寄ってマイクを渡す。
そして少し緊張した声で話し始めた。
「あの、いつも楽しく回収屋チャンネル見てます! 実は私も鑑定スキル持ってるんですけど、物の名前や簡単な状態程度しか分からないんです。真壁さんみたいに鑑定スキルを鍛えることって出来るんでしょうか」
「えーと、そうですね…。実のところ自分も何で鑑定スキルが、ここまで上達したのかよくわかってないっていうか。ただ、危機に瀕したりすると、稀に覚醒することがあるって聞いたことありませんか? 自分の場合は会社をクビになってから危機を感じて、そして鑑定スキルが覚醒したかもしれません。なんにせよちょっとのきっかけで変わることもあると思うので、とりあえず鑑定スキルを使うことからはじめてみてください」
まさかの俺の会社をクビにネタで、客席に笑いが巻き起こる。
女性客は、笑いながら頷いてマイクをスタッフに手渡した。
桐野が、続けて別の客を指名した。
「シオちゃんって、何を食べるんですか?」
「魔力の入った栄養液を与えてます。普通の食べ物は食べないです」
「ちなみに、日に何回ですか」
「1~3回です」
「バラつきがあるんですね」
「えぇ。シオが欲しくなったら食べさせる感じですね」
「シオちゃんってご飯のおねだりとかするんですか?」
「はい。欲しい時はそういう感情を飛ばしてねだってきます」
客席からは「おぉ~」という声と、「かわいい」という声が聞こえてくる。
「たまにテイマー探索者の方と話したりするんですけど、明確ではないけどたまに意思を示すって聞きます。ただシオちゃんと真壁さんみたいにはっきりとした感情のやり取りはしないみたいですが」
『シオちゃんは普通のご飯たべないんだ』
『シオの食事スケジュール公開きた』
『感情のやり取りってはじめて聞いたな』
そんな感じでやり取りは進み、あっという間に20分を過ぎて行った。
「真壁さん、最後にひと言お願いします」
「えーと、皆さん今日はこちらに立ち寄って頂き、ありがとうございました。今日もこの後、配信続けます。良かったら暇なときにでも見てください」
客席が大きな歓声に包まれた。
桐野も、笑顔を見せながらマイクを手元に寄せた。
「本日のスペシャルゲスト、回収屋でスーパー鑑定士こと、真壁さんでした! ありがとうございました!!」
客席から拍手の波が一斉に流れてくる。
俺はもう一度、軽く頭を下げ、そして手を振って応えた。
「いったん配信切ります、後でまた繋ぎます」
マイクに向けて、軽く告知した。
『お疲れさまでした』
『また繋いで!』
『夕方も配信ある?』
『シエルとのコラボ最高』
俺は流れていくコメントを最後まで眺めてから、配信のスイッチを落とした。
桐野と並んで、客席に手を振りながらブース裏に下がった。
歓声とフラッシュは、間仕切りの向こうに離れてからもしばらく続いている。
◇
楽屋に戻ると、マネージャーが先に立って待っていた。
「真壁さん、本当にありがとうございました。客の反応すごく良かったです」
「いえ、桐野さんの進行があったので」
俺は素直にそう返した。
桐野が、ペットボトルの水を一息で半分ほど飲んでから、椅子の背もたれに身を預ける。
「いやー、楽しかった」
声のトーンが、舞台上のときより一段上がっていた。
「夕方、面白い場所連れてってあげる」
「面白い場所、ですか」
「VIPルートでしか入れないとこ。ちょっと休憩してから行こ」
読んでいただきありがとうございます。
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