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会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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ダン博に行ってきました④

 仏国パビリオンへの移動の途中、桐野が思い出したように立ち止まった。


 「あ、そうそう」


 通路の真ん中で、こちらに振り向いた。


 「午前のリングのアレ、ぶっちゃけグレーよ」


 リングのアレ?

 もしかして、あの鑑定が勝手に出たやつのことか?


 「グレー、ですか」


 「普通の感覚なら今頃連行されてる」


 「あ、そうなんですね…今後は気を付けます」


 「まさかこんな規格外な鑑定士が、ふらっと来るとは思って無かったんでしょうけど」


 桐野が、こちらの顔を覗き込むように見た。


 「視聴者全員、ツッコんでたわよ」


 画面のコメントが、ぱっと方向を変えた。


 『シエルさん代弁ありがとう』

 『真壁さん本人が一番気付いてない』

 『天才か』

 『運営今日中に捕まえたほうがいい』

 『ダン博運営は覚悟しといたほうがいいぞ』

 

 俺は配信機材を持ち直しながら、軽く頷いた。


 

 ◇



 フランス館入口は、見ただけで作りの方向性が違う。

 古典的な装飾の縁取りが入口の柱に這わせてあり、外まで漏れる音は控えめだ。

 芸術の国だけあって、調和と芸術性を前面に出したパビリオンのつくりはアメリカ館と対照的である。


 桐野が受付に近づくとさっきの調子で受付に声をかける。


 「Bonjour, on peut entrer?」


 俺の知らない言語だが、響きからフランス語だろうと当たりはついた。

 受付の女性スタッフが、優雅な動作で道を譲る。


 仏語もいけるのか。

 多才だな、そう思いながら桐野のあとに続いて館内に入る。


 一歩入った瞬間に、デザイン性が目を引いた。

 有名なブランドのロゴがいたるところに示されており、ファッションの国に相応しい演出が至る所に施されている。


 展示エリアに入ると、奥から女性のスタッフが歩み寄ってきた。

 仕立てのいい黒のジャケットに、細いネックレスが一筋。

 足元のパンプスまで色味で揃えてある。

 動き一つに無駄がない。


 「真壁さま、ご高名はかねがね伺っております」


 日本語が、流暢だった。


 「展示を、ご覧になりますか」


 「お願いします」


 頷きながら、配信機材を一度持ち直す。


 「あ、すみません。配信、そのまま回してても大丈夫ですか?」


 「ええ、館内の撮影・配信ともに、問題ございません」


 『え、ここって配信OKなんだ』

 『アメリカに続いてフランスも撮影許可おりたぞ』

 『真壁さん各国で完全にVIP扱いやん』

 『普通の探索者なら入れてももらえないとこやろ』


 女性スタッフが、軽く手を差し向けて先導した。

 最初の台の上に、額装された札が立てかけられている。

 縁取りの彫り込みが古い。


 俺は、その前に立った。


 ――――――――――――――――――――

 古典術式札・改良型

 希少度:A

 状態:良好(保管状態優)

 推定価値:14,500,000〜16,000,000円(古物的価値含む)

 術式痕:20世紀仏国流派の改修系譜

 備考:古典構造ながら基礎術式の精度が高い。結界補助・耐久延伸用途。

 製作年代の古さと現存数の少なさから古物としての価値が大きく上乗せされている

 ――――――――――――――――――――


 「これ、改修系譜が古いやつですね。たぶん20世紀くらいの、仏国の流派の流れかと」


 配信のマイクに向けて、いつものトーンでそう口に出す。


 女性スタッフは、表情を崩さなかった。


 「ええ、その通りです」


 答えるまでに、ほんの少しだけ間があった。


 「日本のお仕事の現場では、こういった鑑定はあまり評価されないと、聞いております」


 女性スタッフが、視線を札のほうに戻しながら言った。


 「失礼ながら、もったいない、と」


 言われ慣れていない種類の言葉だ。

 俺は曖昧に頷きながら、肩のシオの位置を一度だけ整え直す。


 画面のコメントが、流速を一段上げていた。


 『フランスの人ストレートすぎる』

 『日本の鑑定業界、終わってるって言われてるぞ』

 『真壁さん本国行こう』

 『シエルさん的にはどうなのこれ』


 桐野は、特に何も言わない。

 ただ展示の横に立って、俺と札のほうを交互に見ている。


 女性スタッフは、それ以上は重ねずに、丁寧に礼をして奥に戻っていく。

 俺たちもしばらく館内を回ってから、出口に向かう。


 仏国パビリオンの出口を抜けたとき、通路の向こうから揃いの上着の人たちが3人、こちらに歩み寄ろうとしているのが視界の端に映った。


 「あ、あれ食べたい」


 桐野が、急に別方向の屋台を指した。


 「ジェラート」


 俺もそちらに足を向けて、桐野のあとを追った。

 通路の人混みの隙間がすぐに埋まり、揃いの上着は視界から消える。


 屋台の窓口で、桐野が手早く2つ注文を通した。

 ピスタチオの色のジェラートを受け取りながら、片方をこちらに押し付けてくる。


 「はい、奢り」


 「あ、すいません」


 俺は配信機材を片手に持ち替えながら、もう片方でカップを受け取る。


 桐野が、こちらをちらっと見た。


 「ねぇ」


 声のトーンが、少しだけ落ち着いた。


 「明日うちの事務所主催のイベント、出てくれない?」


 え。

 ジェラートを掬おうとした手が止まる。

 いきなりだな。


 画面のコメントが、どっと色を変える前に、配信機材のスイッチに指をかけた。


 「ちょっと配信切りますね。込み入った話っぽいので」


 『えー!』

 『続き気になる』

 『配信外で口説かれるやつ』


 コメントが流れる中で、配信のスイッチを落とす。

 マイクの動作ランプが消えて、機材を脇に下ろした。



 ◇



 パビリオン区画から少し外れた、人通りの少ない通路の脇で、桐野が自分のスマホを構えた。


 「マネに繋ぐから」


 画面の中で着信音が鳴り、すぐに繋がった。


 「あの人結構押し強いから、覚悟しといて」


 桐野が、こちらに小声で言ってからカメラを真壁のほうに向け直す。

 画面の向こうで、40代くらいの女性が顔を出した。


 『初めまして、真壁さん。シエルから話は』


 マネージャーは、テンポを落とさずに用件を並べた。

 明日12時開始、ダン博内のイベントブース、トーク中心、スキル実演はなし、出演料は提示済みの額のままで。


 『シエルさんが司会、ですか』


 『うん、進行は私がやる』


 桐野が、画面の脇から答えた。


 『あの、当日の配信、こっちでも回して大丈夫ですか?』


 マネージャーが、画面越しに小さく頷いた。


 『ええ、問題ございません。むしろ宣伝になりますので』


 『分かりました。受けます』


 俺は短く返した。

 もう1日は見て回るつもりだったし、これも経験だと思うことにする。


 「マジ!?」


 桐野が、声のトーンを一段上げた。


 「ありがとうマネ、助かったー」


 マネージャーが、画面の向こうで丁寧に頭を下げて通話を切る。


 桐野が、スマホをポケットに戻しながら、こちらに振り返った。


 「明日11時にここで」


 「分かりました」


 桐野は片手をひらひらと振って、人混みの逆方向へ歩き出した。

 俺はそれを見送ってから、出口のほうに向き直る。


 脇に下ろしていた配信機材を持ち直して、スイッチを入れ直した。

 マイクの動作ランプが点くと、コメント欄が一気に流れ出す。


 『お、戻ってきた』

 『何の話だったんですか?』

 『口説かれた?』


 「えー、明日12時から、シエルさんの事務所主催のイベントに出ることになりました」


 マイクに向けて、いつものトーンで告知する。


 『マジか』

 『シエルとコラボ確定じゃん』

 『絶対見る』

 『ダン博まだいるの?』


 「明日もう1日こっちで万博を見てから、本番という感じです」


 配信機材の角度を、軽く整え直す。


 「あ、今日の配信はこの辺で切ります。明日また現地から繋ぎますので」


 『おつかれさまでした』

 『今日も神配信』

 『明日もイベント前から見ます』

 『シエルとのコラボ楽しみ』


 流れていくコメントを最後まで眺めてから、スイッチを切った。


 夢洲駅の構内に入ると、午後遅めの帰り客で人混みが一段増す。

 ダン博グッズの紙袋を提げた家族連れが多く、改札の手前で人波が一度詰まる。


 俺は人の流れに合わせて、ホームの方に進む。

 肩のシオは、姿勢を低く保ったまま動かない。


 ホテルの部屋に戻って、ベッドの端に腰を下ろした。


 スマホを開いて、難波・天城本社・浅田の3か所に短く文面を送る。


 『すみません、明日もう1日大阪に残ります。万博絡みで予定が伸びました』


 難波からの返信は、すぐ来た。


 『ええよええよ、ゆっくり見てきてー』


 浅田からは、少し遅れて短い文面。


 『了解しました。お気をつけて』


 天城本社は、既読が一つついただけで、返信は来なかった。


 Zの通知欄を、一度だけ開いてみる。

 画面の上から下まで関連通知がぎっしり並んでおり、俺は数秒だけ眺めてすぐに通知欄を閉じた。


 肩のシオが、肩から布団のほうへ降りて、枕の脇で姿勢を落ち着かせる。

 窓の外は、夕方の光が一段だけ橙に寄っていた。

 遠くのほうに、リングの照明が薄く輪郭を浮かべている。


 明日もう一日、見て回るか。

読んでいただきありがとうございます。

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