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会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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ダン博に行ってきました③

 ナンの最後の一切れを口に運んで、紙コップの水で流し込んだ。


 「ごちそうさまでした」


 配信のマイクに向かって、軽くそう呟いた。

 画面のコメントが、食事ペースに合わせて流れている。


 『真壁さんごちそうさま』

 『次どこ行くんだろ』

 『午後どうするんですか配信長くないです?』


 俺はトレイを返却口に戻して、店の外の通路に出た。

 肩のシオは、相変わらず殻を低く保ったまま動かない。


 通路に出た瞬間、横合いから人の影がすっと前に立った。


 「真壁さんでしょ?」


 長身の女だった。

 サングラスを少し下げて、こちらを上から覗き込むようにしている。

 黒で揃えたタイトなジャケットに、細身のパンツ。

 ヒールの高さまで含めて、合わせに隙がない。


 俺は自然と少しだけ身を後ろに引いた。

 こういうタイプの女性から急に声をかけられた経験は、自分の人生にほぼ存在しない。


 配信機材の角度が、自然と相手の正面に向き直る。


 「Z見て、探したのよ私」


 女が言いながら、サングラスを鼻先まで下げた。

 サングラスの下から覗いた目元の印象が、思っていたより明るい。


 「私、桐野シエル。真壁さんと同じ探索者で、Albion Knightsってクランに所属してます」


 画面のコメントが、ぱっと色を変えた。


 『え、桐野シエル!?』

 『アルビオンのシエルじゃん』

 『アイドルの方の』

 『真壁さん何で絡まれてるの!?』


 画面右下の同接の数字が、また一段跳ねる。


 俺は配信機材を持ち直しながら、軽く頭を下げた。


 「あ、その…えーと、はじめまして?」


 桐野が、こっちに身を乗り出してきた。


 「えー、私そこそこ有名なほうだと思うんだけど」


 「すいません、あの、あまり知らなくて…」


 「知らないんかい」


 画面のコメントが、笑い系で埋まった。


 『真壁さん通常運転』

 『シエルに絡まれてるの草』

 『この温度差好き』


 桐野が、肩のシオに視線を向けた。


 「うわ、シオちゃんも生で見ちゃった」


 肩のシオが、殻の縁を一瞬だけ動かした。

 桐野は手を伸ばさず、少しだけ距離を取って覗き込む格好で止まる。


 「動画で見るより小さいねー」


 シオは、それ以上の反応をしない。

 俺は配信機材の位置を整え直して、桐野のほうに視線を戻した。


 「あの…いまちょっと配信中で。これ映ってますけど大丈夫ですか?」


 「全然OKよー。私こういうの慣れてるし。むしろ映してほしいくらい」


 「そ、そうですか…」


 こういう距離感の人間に、どう対応していいのかが分からない。


 「あ、そうそう」


 桐野が、思い出したような顔で言った。


 「これからアメリカ館行くんだけど、一緒に来ない?私、優先入場枠あるから」


 「アメリカ館、ですか?」


 昼食後の予定は、特に決めていなかった。

 午後はパビリオンを適当に回るくらいの想定で、何館に入るかも決めていない。


 「行こ行こ。アメリカ館、有名どころのドロップ品が実物展示されてるって聞いてて、一回ちゃんと中身見てみたかったのよね」


 桐野が先に歩き出して、俺は少し迷ってからそのあとを追うように足を出した。


 まあ、暇つぶしにはなる。


 配信のマイクに向けて、軽く付け足す。


 「あの…これからアメリカ館行きます。シエルさんが優先入場枠あるって言うので、ご一緒する感じです」


 画面のコメントが、ぱっと反応した。


 『えーアメリカ館!?シエルとコラボ!?』

 『同接さらに跳ねるぞ』

 『午後パートも神回確定』

 『アメリカ館って予約取れないやつじゃん、優先枠ずるいw』





 米国パビリオンの入口は、行列が看板の手前まで伸びていた。


 星条旗の意匠が建物の正面いっぱいに引き伸ばされていて、音楽が外まで聞こえている。


 列に並んでいた女性のグループが、桐野に気づいて声を上げた。

 「えっ、シエル?」「うそ、本物じゃん」とざわめきが広がり、スマホをこちらに向ける人が何人か出てくる。

 桐野は手だけ軽く振り返して、列の脇を素通りし、受付の横の別動線に向かった。


 「Hi, can I bring him in?」


 受付のスタッフに英語で短く言って、俺のほうに親指を向ける。

 スタッフは桐野の顔を見て、それから俺を見て、軽く敬礼に近い動作で奥へ通した。


 「優先枠便利でしょ」


 「便利ですね」


 画面のコメントが流れていた。


 『シエル英語普通にうまい』

 『そらハーフだから』

 『真壁さんVIP扱いで草』


 館内に入ると、音響と照明の作りが外より一段強くなった。

 米国産のドロップ品・装備・術式技術が、ガラスケースに並んでいる。

 展示の作りそのものがショーアップされていて、博物館というよりは見本市寄りの空気だった。


 展示の一角で、別件で対応していたらしいスタッフが、こちらに視線を向ける。

 俺と目が合うと、思い当たったように動きを止めて、それから歩み寄ってきた。


 「失礼ですが、Mr.Makabeで、間違いないですか?」


 日本語に少しだけ訛りが混ざっていた。


 「最近この探索者界隈でよく話は伺っておりました」


 「あ、はい」


 海外の探索者界隈にまで、名前が回ってるのか。

 俺は内心で短く受けながら、軽く頷いた。


 「お会いできて光栄です。ぜひ、当館をご案内させてください」


 随分と熱量のある歓迎だ。


 「ありがとうございます」


 米国スタッフが、館の奥のほうへ手を差し向けた。

 展示は、入口側から順番に並んでいる。

 米国産のドロップ品、装備、加工素材が、ガラスケースの中で照明を受けていた。


 「こちらは西海岸産の魔石加工片です」


 スタッフが、隣のケースの前まで歩を進めた。


 「こちらは、対大型用の合成構造の弾頭ですね」


 展示ごとに、軽く触れる程度の説明を挟みながら先導していく。

 桐野は展示の前で足を止めては、ケースの内側を覗き込んで、配信のマイクに素のトーンを挟んだ。


 「これ、実物初めて見たわ」


 画面のコメントが、流速を一段上げた。


 『シエル普通に楽しんでる』

 『真壁さんちゃんと展示見てて偉い』

 『シエルでも初見のやつあるんだ』


 通路の奥のドアをくぐると、空気の作りが一段変わった。


 吹き抜けの広い空間に、長さ10メートルほどの竜種の骨格標本が、台座の上に組み上げられている。

 翼の骨が左右に大きく広げられ、装甲の継ぎ目に、絞られた照明が落ちていた。


 台座のプレートに、英語と日本語の併記で注釈が入っている。


 《Brooklyn Bridge Incident – 1970s》

 《グランドドラゴン/スミソニアン・ダンジョン博物館 所蔵》


 「うちの目玉です」


 米国スタッフが、声を少し落としてそう言った。


 「1970年代のブルックリン橋事件で出た個体になります。普段はスミソニアンの方で保管しているものを、今回こちらに」


 俺は、配信機材の角度を竜種の頭部に合わせて、しばらく動かなかった。

 

 今見ているのは死骸、ただの骨と化しただけのものである。

 だが、俺みたいな探索者の端に引っかかってるレベルであっても、その身に宿る力の圧は感じっていた。


 死んでもなお、その身に残る圧倒的な武威に俺は言葉を発することができない。


 そんな時、視界の縁で鑑定が勝手に走る。

 思わず声が出そうになったが、必死になってこらえた。


 画面のコメントが、急に速くなった。


 『出たwwグランドドラゴン』

 『教科書のやつ』

 『スミソニアンの実物来てるんかい』

 『真壁さんスゲー静かに見てる』


 桐野が、台座の縁に手をかけて見上げた。


 「スミソニアンではみたことあるけど、よくもってこれたわね」


 俺は短く頷くだけにした。

 

 「皆さん、最初はそう仰います」


 しばらく館内を回ってから、出口に向かった。

 桐野が、伸びをしながら言った。


 「米国館これくらいでいいでしょ。次、フランス館」


 「次行くんですか」


 「ついでに鑑定士の評価、海外でどうなのか見ときましょ」


 評価って言うな。

 俺は内心でだけそう返して、桐野のあとに続いた。

読んでいただきありがとうございます。

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