ダン博に行ってきました①
大阪②:ダンジョン万博in大阪 前編
ホテルの玄関を出ると、まだ朝のうちなのに空気がもう生暖かかった。
季節の移り変わりを肌で実感する。もう夏がそこまで来ていると。
昨日のうちに難波からもらった招待カードを上着の内ポケットで一度確かめて、地下鉄の入口に向かう。
一方、シオは肩の上にいつも通りちょこんと姿勢を低くしている。
地下鉄に乗る前にシオ専用持ち運びケースに移して地下鉄に乗り込むこと15分。
そのまま地下鉄を1本乗り継いで、今度は夢洲行きの自動運転シャトルに乗り換えた。
車内はそれなりに混んでいて、ダン博のロゴが入ったトートバッグを膝に乗せた家族連れや、窓側にはスーツケースを足元に置いた外国人客が固まって座っている。
たまに多言語のアナウンスが、駅名と乗り換え案内を順番に流していた。
俺は手前のドア近くに空いていた席に腰掛けて、持ち運びケースの口を少し開けた。
様子を伺うとこちらを見る素振りを見せて、そして揺れに合わせて殻を一度だけ動かす。
今のところシオはご機嫌な様子だ。
夢洲駅の改札を抜けると、想定よりも人が多かった。
目の前が大きな吹き抜けになっていて、見上げた先の天井がうっすら明るい。
中央には地上まで続く長い上りエスカレーターが何本か並んでいて、その動線にぐるりと人が吸い込まれていく。
近くに設置してある案内サイン板の前で立ち止まる人の流れが渋滞を作っており、日本語、英語、中国語、韓国語、それから判別がつかない異国の言葉が、周囲の言葉と共に溢れていた。
やっぱり混んでるな。
そう思いながら、人の流れのままにエスカレーターに進んだ。
ゆっくりと進むエスカレーターからは、徐々にダンジョン万国博覧会会場が姿を現していく。
地上階まで上がると、すぐ正面にダン博のチケット引換所のカウンターが並んでいて、その奥に入場ゲートの天井部分が見えた。
引換所の列は奥まで折り返しており、一般入場券を持っている人間はそのまま入場ゲートへ進む。
一方の俺は、招待カードを持っているので優先入場レーンから入場できるみたいだ。
誘導のスタッフに「こちらへどうぞ」と声を掛けられ、そのまま優先入場レーンへと進む。
一般入場はいくつもの入場レーンがあるが、どこも凄まじい列が伸びていた。
それとは対照的に優先入場レーンはレーン数自体は少ないが、並ぶ人間も多くは無いのでスムーズに進んでいる。
自分の番に来ると警備の簡易セキュリティチェックを受けて、続いて招待カードをスキャンに通す。
ピコンッと電子音がなり、入場OKのサイネージが表示され、俺はダンジョン万国博覧会へと入場を果たした。
入場ゲートを通り抜けた脇に大きな立て看板があって、各国語で同じ文章が並んでいた。
『夢洲全域でスキル発動が制限されます。対象は一般来場者全員です』
その横で、スタッフが英語と日本語を交互に同じ案内を繰り返していた。
通り過ぎる人たちは誰も気にしていない様子で、スマホで会場マップを開いたり、入場後の予定を相談したりしていた。
スキルを発動するつもりで来たわけではない。
【鑑定】を能動的に走らせない限り、看板の話は俺にも関係がなかった。
俺は入場ゲートを抜けて少しだけそれて、配信機材を取り出す。
現地まで来たのだから、配信は流しておこうと思っていた。
会場全体の絵面はそれなりに需要があるはずで、適当に歩きながら回す予定である。
配信のセッティングが終わって、開始のボタンを押した。
画面の右下に、配信中、の文字が小さく出る。
「お疲れさまです。ダン博、来ました」
いつもの挨拶を、いつものトーンで返した。
会場入口の祝祭感をカメラに少し振って、歩き出す。
数十秒も経たないうちに、画面の同接の数字が動き始めた。
最初の数字を確認した時には普段の配信開始直後と同じくらいの数だったのに、視線を画面に戻すたびに桁が増えていた。
コメント欄の流れも、明らかに普段より速い。
『真壁さん来てたの!?』
『同接やばい』
『探索界隈今ざわついてますよ』
『Z確認した方がいいです』
画面の端を流れていくコメントを、視界の隅で追った。
あれ、思ったより人いるな。
画面から視線を上げて、また会場のほうへカメラを振り直した。
シオは、相変わらず殻を低く保ったまま、特に動きを見せなかった。
いつもの配信より、確かに人が多い気がする。
昨日の支部のフロアで、難波が言っていた言葉が一瞬だけ思い出された。
長く借り過ぎ、というやつだ。
大阪に長居している間に、何かが少し動いていたのかもしれない。
まあ、人が多いに越したことはない。
俺は会場の中央通路に向かって、足を進めた。
パビリオン群が左右に並んで、企業のロゴや、見たことのあるクランの旗が、それぞれの建物の前で揺れている。
少し離れたところから音楽が重なって聞こえてきていた。
お祭りだな。
素直にそう思って、カメラを左右に振りながら歩いた。
中央通路は、人で詰まりすぎているわけでもなくて、歩きながら左右を見渡せる程度の流れだった。
左手のパビリオンは、淡い色の壁面に植物のような彫りが入った大きな建物。
屋根の中央には、何かの記号らしい意匠が乗っている。
右手のパビリオンは、白い直方体の壁にスクリーンが貼り付いていて、ダンジョン内部らしい映像が壁全面で流れ続けていた。
「あれが、日本館ですね。こっちは…どこだろう」
カメラを左右に振りながら、適当に流す。
入口前にはそれぞれのスタッフが立っていて、揃いのユニフォームで呼び込みをしている。
日本語と英語の呼び込みが、通路の左右から交互に聞こえてきた。
一区画進むごとに、空気の匂いが少しずつ変わるのも面白い。
コメント欄の流れは、相変わらず速かった。
『会場めっちゃキレイ』
『真壁さんが万博で配信って胸熱』
『Zで真壁さん来訪確定で大騒ぎ』
『同接、桁ふえてるんですけど』
Zのあたりを、画面の隅でもう一度読み返す。
俺、結構知られてる方だったのか。
そこまで考えて、視線を画面から会場のほうへ戻した。
別に、知られていて困ることもない。
深く考えず、足を進めた。
各パビリオンは事前予約制で、今日は何も取っていない。
フリーで並んで入れる館を、適当に覗いていくくらいのつもりだった。
「規模、デカいですね」
通路の中央で立ち止まって、カメラを正面のパビリオン群に向け直した。
建物の奥行きと、人波の長さが、画面の中に収まりきらない。
肩のシオが、わずかに殻を低くした。
人の声が一気に集まる場所では、いつもこうなる。
頭を蓋のほうに寄せるような、小さな縮め方だった。
俺は気づかず、カメラを左へ振り直した。
通路の先のほうから、自然と人の流れがひとつの方向にまとまり始めていた。
パビリオン区画が一段切れたあたりで、みんなの足が同じ方向を向き出している。
あっちに何かあるのかな。
特に深く考える理由もなく、俺もつられて同じ方向へ足を進めた。
パビリオンの間隔が、少しずつ広がっていく。
通路の先、建物の隙間の向こうに、巨大な木組みの扇型がのぞく。
上端が空に切れ込むように立ち上がっていて、一目では視界に収まらない。
俺は、足を止めてカメラの向きを自然とそちらに合わせると、それに合わせるかのように画面のコメントの流れが、少しだけ止まった。
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