とりあえず終わりました?
大阪支部の作業フロアに入ると、長机の端に御堂と難波がもう戻っていた。
2人ともコーヒーの紙コップを片手にしている。
「お疲れさまでした。お早かったですね」
肩のシオを机の端に下ろすと、姿勢を低くしてちょこんと収まった。
難波が顔を上げて、片手を軽く上げた。
御堂は無言のまま、軽く頷くだけだった。
「いやいや、こちらこそ。後方で受けてもろうて、助かりましたわ」
湾岸の早朝制圧そのものは、夜明けとともに済んでいる。
特捜部への引き渡し書類も、もう向こうに流れている頃だ。
この時間に2人が紙コップを片手に座っているということは、現場側の片付けは予定どおりに片付いた、ということだった。
難波が紙コップを置いて、こちらに向き直った。
「押収品の二巡目、午前中で終わりそうですか」
「終わります。気になるものがあれば、東京送りに乗せます」
短く返すと、難波が小さく頷いた。
「組織のほうの追跡は、特捜部と浅田さんとこに渡しときます。うちは鑑定支援で残る形で、ええですよね」
「お願いします」
今日の流れは、昨夜のうちに3人で詰めてあった。
二巡目鑑定が片付けば、俺の名前で動いている分の整理は、今日でひと区切りつくはずだった。
御堂が紙コップを置いて、こちらを見た。
いつもの硬い顔だが、視線は柔らかい。
「術式の組み方は、真壁さんとこの方が早う読める。次もあったら頼みますわ」
「分かりました」
短く返した。
今回限り、ということでもないらしい。
俺はポケットからスマホを取り出して、画面を一度立ち上げた。
大阪に来てから、もう1週間を超える。
最初の依頼の枠は、湾岸の流し鑑定支援だった。
そこから組織追跡の周辺まで関わる形になってきている。
本社に話を通さずに続けると、契約の建付けが歪む。
浅田の昨夕の文面は、難波にも一度見ておいてほしかった。
昨日の夕方、浅田から来ていた最後の1行を出して、画面を難波のほうに向ける。
『大阪湾岸の対応を続けるなら、そろそろ天城本社に話を通したほうがいい段階だと思います。真壁さんを長く大阪に置く形になっていますので』
難波が画面を覗き込んで、ふっと笑った。
「ほな、本社に一回挨拶要りますやろな。長く借り過ぎですわ」
御堂が頷いた。
借り過ぎ、というのはこっちのセリフでもある。
俺もスマホを伏せて、ポケットに戻す。
「分かりました。本社のほうは、戻ってから動きます」
難波が紙コップを取り直した。
「ほな、まずは午前の二巡から。岸部、コンテナまた出してくれるか」
フロアの奥から、岸部の声が返ってきた。
「はい、もう開けてあります」
俺は壁際の作業卓に向かって、薄手袋を取りに歩いた。
◇
作業卓には、昨日のコンテナがそのまま開けてあった。
短刀、小手、腕輪、ベルト、封印箱、保管箱。
それぞれの場所に同じ刻印が並んでいるのは、昨日のうちに確認済みだ。
薄手袋をはめて、上から順に手を当てていく。
昨日の鑑定の答え合わせをしているような感触で、印の位置と気配の濃さに食い違いはなかった。
コンテナの底に向かうほど、同じ刻印を持つ品が増えていく。
昨日と同じ手触りだ。組織の規模が、品物の数で見えてくる。
別の盆に、昨日のうちに取り分けてあった護符を一点、改めて並べた。
他の押収品はみな、同じ刻印で繋がっている。
同じ流通網の中で持ち回されてきた品物だ。
だがこの護符だけは、組み方の癖そのものが他と違う系統に属している。
同じ流通網に乗ってきている、というところまでは他と同じ。
ただ、組み手だけが別の人間の作だ。
しかも、その別の作者の組み方は、東京で前にやった案件で見たものと一致する。
この一点だけは、管理局本部の保管庫で再鑑定にかける価値があった。
午前の半ばに、スマホが短く震えた。
浅田からの指示だった。
『護符の1点、東京送りでお願いします。管理局本部の保管庫で再鑑定にかけます』
『分かりました』
管理局本部の保管庫は、要立会鑑定品の正規ルートだ。
再鑑定にかける、ということは、湾岸事案の組織追跡が東京の案件と一本で繋がる可能性も視野に入っている、ということになる。
ただ、今日の段階で繋がりを断定できるわけではない。
推測のまま、護符を搬送品として運ぶところまでだ。
別の盆の護符を、岸部が運んできた厚布の上に置く。
二重に包んで、麻紐を回して縛る。
「東京送りの伝票、こっちで書いておきますね」
「お願いします」
宛先は管理局本部・浅田。
区分は呪物管理対象、要立会鑑定。
岸部が伝票を取りに、フロアの奥に戻っていった。
昼を少し回ったところで、押収品の整理が一段落した。
俺は薄手袋を脱いで、机の端に置いた。
大阪支部からの今回の依頼は、これで一旦終わる形になる。
明日は1日大阪で休んで、東京帰還は明後日。
帰ったあとは、すぐに天城本社に挨拶を入れる流れになる。
湾岸事案の正式な引き渡し報告と、今後の運用整理。
護符の管理局本部での再鑑定の結果が出てくれば、また別の動きが必要になるかもしれない。
いずれにせよ、ここから先は東京側の話になる。
肩のシオが、あくびをするように一度殻の縁を緩めて、また締めた。
奥から岸部が、紙袋を持って戻ってきた。
「これ、よかったら新幹線で」
岸部が紙袋を机の端に置く。
軽く口が折られた紙袋からは、何かの焼き菓子の匂いが薄く立ち上がっていた。
「ありがとうございます」
短く返すと、岸部は会釈をして、また奥に戻っていった。
フロアの奥から、難波が戻ってきた。
「真壁さん、ほんま、ありがとうございました。来てもろうて助かりましたわ」
深く頭を下げるわけではなくて、片手を軽く上げる程度の挨拶だった。
ただ、口調の重さが、社交辞令ではなかった。
湾岸の規模が天城大阪単独で捌けるものではなかった、ということを、難波の側からも認める形での礼だ。
俺も会釈で返した。
仕事として来た以上、特別なことを言う必要はない。
ロッカーから上着を取って、袖を通すと、肩の上のシオが姿勢を一段低く落ち着けた。
俺はフロアの出口に向かって、歩き出した。
◇
廊下に出る手前で、フロアの壁に貼られた1枚のポスターが視界の端に入った。
巨大な木造のリング状構造物が、空を背景にぐるりと立ち上がっている。
外周は2kmはありそうな円環。木組みの接合が、写真にも一つひとつ写り込んでいる。
中央に開催日と会場名が小さく刷られているだけで、説明らしい文章はない。
目の前にあるのはダンジョン万博のポスターだ。
ダンジョンが世界に出てから100年。
資源と技術、そこから生まれた魔導学・魔導工学が暮らしの基盤を作り直した時代に、各国の恩恵を持ち寄る祭典として70年前に始まった催しだ。
今年は大阪が開催地で、会期は半年、見込み入場者は4000万。
俺は足を止めて、ポスターを正面から見た。
【鑑定】が反応するわけではない。
会場の構造物の写真というだけだ。
それでも、視線がしばらく離れなかった。
後ろから、難波の声が来た。
「あ、そや。これ、よかったら」
振り向くと、難波がカードを1枚差し出していた。
手のひらサイズの厚紙で、表面が軽く光を弾く加工がしてある。
「ダンジョン万博の優先入場枠ですわ。クラン関係でもろたやつなんですけど、誰でも入れるわけやないんで、こっちで持ってても余りますし」
「ありがとうございます。帰りに、寄ってみます」
受け取って、上着の内ポケットにしまう。
難波と岸部が、フロアの入口まで見送ってくれた。
「ほな、気ぃつけて」
「お疲れさまでした」
短く返して、エレベーターのボタンを押した。
大阪支部のビルを出ると、空はうっすら曇っていた。
タクシーをひとつ拾って、新大阪駅、と告げる。
車が走り出すと、肩のシオが少しだけ姿勢を起こした。
俺は内ポケットから招待カードを取り出して、膝の上に置いてみる。
近くで見ると、表面の光の加工に、薄く模様が浮かんでいた。
ポスターと同じリングの意匠が、印字の中に小さく入っている。
ダンジョン万博のロゴとして使い回されているのだろう。
各国のダンジョン関連パビリオンが集まる国際祭典で、鑑定持ちには見どころの多い場だと聞いている。
肩のシオが、首だけそちらに伸ばして、カードの色をぼんやり眺めた。
殻の光は揺れない。
窓の外を、街並みが過ぎていく。
どうせ明日は予備日で空いている。
せっかくもらったし、行ってみるか。
俺は招待カードを内ポケットに戻した。
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