俺のホームは品川第七ふ頭ダンジョンです
東京編最終話です。
当初の予定を大幅に超過してしまいましたが、皆さまお付き合いいただきありがとうございました。
引き続き本作をよろしくお願いいたします。
朝、机の充電器から連絡用のスマホを外した。
立会いから3日が経っていた。
「そろそろ1回、戻しておくか」
声に出して言うほどでもなかったが、自分の中ではそのつもりだった。
別管理対象の件は、こちらでできることはもう終わっている。
配信を止め続ける理由もなかった。
品川なら、配信に出せる内容はいくらでもある。いつもの動きを見せればいい。
そう判断して、配信用の機材を鞄に入れた。
シオが肩に乗ってくる。
殻の中の光が、いつものリズムで弱く流れた。
今日は品川だ、と短く声をかけて、部屋を出た。
◇
品川第七ふ頭。第七ゲートをくぐって、いつもの動線でB5Fまで降りる。
通路の幅、照明の落ち方、足元の素材まで、ここの空気は身体に馴染んでいた。
ここほど自分の鑑定士として落ち着いて働く場所は、他になかった。
壁際には小型の機構部品が転がり、岩棚の上には加工片が残っている。
奥まった通路には、以前来たときに見かけた保管袋がそのまま残っていた。
どこに何があるかは、ほとんど頭に入っている。
通路の途中で配信を立ち上げた。
「えー、お久しぶりです。回収屋です」
短く挨拶を入れて、視聴者リストに目を走らせる。
立ち上げて数十秒で、画面の右下の数字が、いつもより1桁多く回っていた。
登録者カウンターも、画面の隅で時折1段ずつ上がっている。
配信中にこれだけ動くのは初めて見る気がした。
コメント欄の流速が、明らかに違う。読み切れない。
『待ってた!』
『品川ホーム回ありがたい』
『フードないのまだ慣れない』
『もう回収屋っていうより鑑定士真壁だろ』
『今週の探索者ニュース、真壁とシオしか出てこないんだが』
そのあたりを目で拾って再度カメラに視線を戻す。
「品川にいるときは、回収屋でやってます」
強く言うつもりもなく、いつも通りの調子で短く返す。
コメント欄に『それな』『使い分けてて草』『シオ今日もかわいい』と短い反応が流れて、端末をホルダーにかけた。
◇
B5Fの中区画は、以前より人が増えていた。
通路の角に2人組の探索者、奥の岩棚の手前に単独の男、そのさらに先に軽装の3人組。
いつもの品川にしては、少し多いほうだ。
こちらに気づいた1人が、隣の連れに何か耳打ちした。
「……あの、すいません」
声をかけてきたのは、2人組の若いほうだった。
通路をふさがない位置に立ち止まっている。
「真壁さんですよね。回収屋の」
「はい」
「本物だ」
連れのほうが、小さく呟いた。
「上位鑑定士になられたって聞いたんですけど」
「登録は、しました」
正面から否定する話でもなかったので、そのまま頷いた。
「あの、握手だけ、いいですか」
差し出された手を、軽く握って返す。
「どうも」
肩のシオに、もう1人のほうが目を留めた。
「シオちゃん、本当にいるんだ」
シオは殻の中の光をごく弱く1度揺らして、それ以上は反応しなかった。
奥の単独の男が、こちらに歩いて来かけて、途中で足を止めた。
手だけを短く挙げて、そこから動かなかった。
こちらも少しだけ手を上げ、そして軽く頷き返した。
コメント欄が、一気に流れた。
『握手求められてるの草』
『シオいる』
『この温度差が回収屋っぽい』
コメントを目の端で追いながら、小さく息を吐いた。
別に偉くなったつもりはなかった。
名前が広がっているのは分かっているし、見られ方が変わっているのも身体で感じている。
品川でやる仕事は、自分が拾いに来る限り、昨日までと同じ中身のままだ。
肩のシオが、殻の位置を小さく直した。
軽く頭を下げて、2人組から半歩下がった。
「仕事中なので、少しだけで」
「はい、すいません」
2人組は丁寧に道を空けた。
奥の単独の男も、邪魔にならない位置までさがる。
通路の空気が、少しだけ落ち着いた。
視線は時々こちらに戻ってくる気配がある。
軽く息を吐いてから肩のシオの位置を指先で直し、そのまま岩棚のほうへ身体ごと向き直った。
「じゃあ、見ていきます」
視聴者にひと言挟んでから、頭の中を仕事のほうへ切り替えた。
◇
岩棚の手前には、雑多な小片が散らばっていた。
どれも破損識別片で、形だけ見れば全部同じに見えるが、回収対象として上に上げる価値があるかは、表面に残る刻印を読み取って判定する仕事になる。
端のほうから順に手に取って、ひとつずつ目を通していく。
1つ目、2つ目は通常の処理ラインで問題なく流せるもので、3つ目を手のひらで返したところで視線が止まった。
表面の隅に、処理前記号がまだ薄く残っている。
本来ならもう1段前の工程で抜かれるはずのものだが、何かの拍子に分類前のままここまで降りてきたらしい。
これを枝番付きで上に上げれば、参考標本として扱われる種類だった。
「これ、確保で」
短く呟いて、専用の小袋に入れた。
「えっ、それ、さっき俺が捨てたやつ」
横の通路から声が上がった。
先ほどの3人組のうちの1人だった。
歩み寄ってきて、手元を覗き込んでくる。
「処理前の記号が残ってるんで、今のうちなら標本扱いに回せると思います」
「処理前……ああ、なるほど」
男は自分の手元を見直して、軽く息を吐いた。
岩棚の奥へ進む。
除去対象としてまとめて束ねられた廃材があった。
だいたいは砕けた装備の残骸で、そのまま廃棄ラインに乗る種類だ。
ただ、束の上のほうに1つだけ、まだ素材として生きている部材が混じっていた。
内側の繊維がまだ抜けていない。
ここだけ抜き出せば、別ルートに回せる。
「これ1本だけ、別で」
紐を解いて、慎重に引き抜いた。
コメント欄が、また流れた。
『そんなのまで拾うのか』
『え、あの束にまだ使えるのあったの』
『だから配信になるんだよ』
別の角から、軽装の3人組がじっと見ていた。
どの目も、こちらの手元を注目している。
通路の行き止まりに近い場所で、手のひらサイズの小片を拾い上げた。
表面はかなり劣化していて、ぱっと見はただの欠片だ。
だが、目を通すと、消えかけの術式痕が1筋だけ残っていた。
このまま通常の廃棄に回すと、処理工程で予期しない反応が出る可能性がある。
「これは、危ないほうです」
声に出して、近くの探索者にも聞こえるように伝えた。
「触らないでください。別ラインに回しておきます」
「え、危ない方だったのか」
さっきの男が1歩下がった。
肩のシオの殻の中で、光がほんの1度だけ、はっきり揺れた。
近くにいた探索者の1人が、シオに目をやって、わずかに距離を取る。
シオは襟元に身を寄せ直して、すぐにいつもの姿勢に戻った。
ふと、配信の数値に目を落とした。
同接の数字は、配信を始めた頃よりさらに1段上がっていた。
登録者カウンターは、止まる気配がない。
「…登録者増えてる」
短く言って、視線を作業に戻す。
コメントの流速はさらに上がっていた。
『切り抜きから来ました』
『今日の配信で登録しました!』
『有名になってもやってること変わらないのがいい』
切り抜きやニュースから入ってきた人間が、こうして配信に流れてきているらしい。
品川にはまだ拾えるものが残っていて、自分の鑑定スキルもここが一番ぶれない。
予定していた区画を1周し終えて、配信に向かって短く息を吐いた。
「今日はこんなものです。今後の配信ですが、前ほどのペースでは配信できないかもしれません。ただ、品川は自分のホームなので、戻ってきたときはまた回します」
淡々と告げると、コメント欄が一気に流れた。
『ホーム配信続くなら十分ですよー』
『回収屋!!ホーム待ってます!!』
『ペース落ちてもいいから続けてほしい』
『ニュースで見るより配信で見たい』
目の端でそれを拾って、配信を切った。
通路の空気が、少しずつ品川のいつもの調子に戻っていく。
さっきまでこちらを気にしていた探索者たちも、それぞれ自分の作業へ戻り始めていた。
誰かがふと頭を下げてきて、こちらも軽く返す。
肩のシオが、姿勢を落ち着けた。
殻の中の光が、ゆっくりと1度だけ流れて、また静かになる。
少しだけ静かになった通路を、奥から手前へ1度だけ見渡した。
さっきまでのざわつきが嘘のように、品川のいつもの空気がゆっくり戻ってきている。
名前の広まり方や周りの温度はこの数週間でずいぶん変わったが、自分がここで何をするかは、結局のところ昨日と変わらない。
鞄の肩紐をかけ直して、出口のゲートのほうへゆっくり歩き出した。
次回新章突入です!
乞うご期待!!




