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会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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アレを鑑定しました

 朝、まだ室内が薄暗いうちに目が覚めた。

 シオは枕元にいる。

 身体を起こすと、殻の中に小さな光が一度だけ流れた。


 机の上には、昨夜のうちに分けておいた荷物が並んでいた。

 IDカード、管理局の通行証、筆記用具、薄い手袋、身分確認用の書類控え。

 一つずつ手に取って確認していく。

 スマホは2台。録画機能のついたほうと、連絡用に絞った最低限のほうを、別々のポケットに分けて入れた。

 持ち込めない物は、机の反対側にそのまま置いておく。


 そういえば、シオの状態報告はもう管理局に出さなくていい。

 先週の更新で、個体として落ち着いていると判断された。

 提出物が一つ減った分、朝の手元が少しだけ静かだった。


 服に着替えて、シオを肩に乗せた。


 「今日は勝手に動けない。肩上でじっと待てるか?」


 殻の中の光がゆっくり一度揺れた。返事の代わりだろう。

 シオはシャツの襟元に身を寄せて、姿勢を低くする。


 部屋の鍵をかけて廊下に出る。空は薄く晴れていた。





 集合地点までは、思っていたより普通の道のりだった。

 通知された住所に着いてみても、外から見ただけでは何の建物かよくわからない。

 看板はない。表札も出ていない。

 ただ通用口のところに、指定コードを示す小さな表示だけがあった。


 入口に立つ係の男に、IDと通知を見せる。


 「ご足労ありがとうございます。中継地点までご案内します」


 短いやり取りで、奥に通された。

 廊下が曲がるたびに案内の人が立っていて、そのままさらに奥へ通される。

 ふつうの事務所の作りに見えるが、扉一枚ごとに静かに区切られている感じがあった。





 中継地点と呼ばれた部屋は、思ったよりも狭かった。

 長机と椅子が並んだだけの簡素な空間で、奥には小さな金庫のような封印用の機材が置かれている。


 すでに先客がいた。

 管理局の身分証を首から下げた男が2人。

 机の端では年配の男が書類を広げていた。

 そしてもう1人、邪魔にならない位置に端末を構えた女性が立っている。


 「真壁さんですね。お待ちしていました」


 主担当らしい男が立ち上がった。落ち着いた声で、無駄がない。

 もう1人は補助のようで、入退室の管理表に何か書き込んでいる。

 書類を広げていた男は搬送管理だと名乗り、軽く会釈をした。

 記録担当の女性はこちらに小さく頭を下げただけで、それ以上は声を出さなかった。


 「身分確認と封印手続きから入ります」


 主担当の促しに従って、手元の書類を出す。

 氏名、登録番号、上位鑑定士の登録区分が、一つずつ照合されていく。

 所定の欄にサインを書き入れた。


 続いて、スマホの手続きに入った。

 録画機能のあるほうを差し出すと、専用の封印袋に入れられた。

 封印番号が読み上げられ、書面に記録される。

 署名欄に名前を書き、押印した。

 連絡用の最低限のほうは持ち込み可、と確認された。


 「記録媒体は他にお持ちじゃありませんね」

 「ありません」

 「結構です」


 シオの帯同についても改めて確認された。

 補助随伴体としての登録照会は済み、接触禁止、介入は真壁の指示下のみ、問題があれば即時退出。条件はすべて事前通知のとおりだ。

 肩のシオは身じろぎひとつせず、襟元に収まったままだった。


 「では、移動します」


 主担当が短く言って、奥の扉に向かった。





 中継地点を出た先の通路は、明らかに業務空間の作りではなかった。

 照明が一段落とされている。

 床の素材も、足音の響きも、さっきまでの廊下とは違っていた。

 扉が一枚あって、そこにも管理局の係が立っている。

 通行証を確認され、無言で開かれた。


 ここから先か、と俺は静かに思った。


 肩のシオの殻の中で、光がごく弱く一度だけ揺れた。





 通路の奥に、2枚目の扉があった。

 管理局の係に通行証を見せて、そのまま入る。


 その向こうは、想像していたよりも広くも狭くもない、ただ静かな場所だった。

 天井の照明は均一で、影が出ない。

 床の一画だけが落とされた光になっていて、そこに対象が置かれているのが分かる。

 人は何人かいた。だが、声がほとんどしない。空調の音だけが薄く流れている。

 温度は低めに保たれている気がする。鼻の奥で、わずかに乾いた感じがあった。


 主担当が立ち止まり、こちらに目を合わせた。


 「ここから先は手順に従ってください。直接の接触は控えてください」


 「分かりました」


 ロープのようなもので軽く区切られた範囲があって、その内側に対象があった。

 形状や用途は、見てもいいが言葉にしなくていい、と事前に伝えられている。

 俺は数歩手前で立ち止まり、まず全体の空気を見た。


 肩上のシオが、殻の内側でほんのわずかに光を揺らしている。

 いつもより姿勢が低い。襟元に身を寄せて、対象のほうへ前に出ようとはしない。

 むしろ、ほんのわずかに引くような気配があった。


 俺は呼吸を整えた。

 鑑定を、対象に向けて、ゆっくりと通す。


 ――――――――――――――――――――

 対象:(守秘義務対象・詳細非表示)

 現在状態:抑制(完全停止ではない/活性が残存)

 保持構造:封印+結界の重ね掛け

 封印保持:継続中/安定からの偏差:軽

 負荷分布:補助構造の一部に偏り

 直接接触:現時点で非推奨

 動作可否:条件付きで可(先行確認・偏り是正が必要)

 備考:使用補助の中に、国内標準と異なる規格が混在の可能性。

 現行手順だけで全工程を進めるのは推奨しない

 ――――――――――――――――――――


 最初に来たのは、表層情報ではなかった。

 もう一段奥に、何かを抑え込んでいる構造の働きがある。

 止まっているのではなく、止められている、というのが正しい。

 活性そのものは、まだ残っている。


 もう少し深く鑑定を通した瞬間、息が一瞬止まった。


 「………まじか」

 

 噂話というか都市伝説レベルでだが、聞いたことがある類のものだ。

 現物に出会うとは、思っていなかった。

 あまりに急なこの物体との出会いではあったが、驚きは表には出さないようにする。

 今ここで必要なのは、あまりに有名な名前のほうではなく、扱い方だ。


 漏らした一言に、空気がわずかに動いた。

 主担当が顔を上げて、こちらを見る。

 搬送管理の男が書類から手を離した。

 記録担当の指が、止まったままになっている。


 誰も声には出さない。

 ただ、視線が一度こちらに集まって、それから対象のほうへ戻っていった。

 ざわつき、というほどでもない。だが、部屋の空気の重さが、一段だけ変わった。


 封印と結界が、重ねるようにかかっている。

 ただ、その重なり方は均等ではない。

 どこか一辺だけに、わずかに負荷が寄っていた。

 その箇所に今すぐ無理が出ているわけではない。

 対称ではないが安定の中心からは、すでに少しずれていた。


 これ自体は今すぐ崩れる気配はない。

 だが、放っておけば確実に崩れる方向に流れていく。


 もう一段、目を通してみる。

 封印補助の構造の一部に、見覚えのない作りが混ざっていた。

 国内で組まれている標準的な作法とは、流儀が少し違うように思える。

 負荷が寄っているのは、ちょうどその違う部分だった。


 直接触ってもいいか。

 いや……まだ駄目だ。

 凄くシビアな状態で無理やり封印と結界の二重障壁で、強制的に黙らせているような状況だ。

 必要な手順を踏まないと、あっさりと封印が解けてしまう。


 では必要な手順をクリアすれば動かしてもいいのか。

 順番を間違えなければ、扱える……だろう。

 ただし、先に偏りを正さないと危ない。


 短く息を吐いて、振り返った。


 「現時点での話ですが、直接接触は控えたほうがいいです」


 主担当が頷いた。

 記録担当の女性が手元の端末に何かを書き込んでいる。


 「封印保持の状態は」


 「一応ですが保っています。ただ、安定からは少し外れ始めていて、補助構造の一部に負荷が寄っています」


 「それは……その保持状態ですが、停止ではなく抑制、ですか」


 「この物体自体は活性化状態を保っています。そういう意味でなら停止ではないと思います。もう少し具体的にいうと、活性そのものは残っていて、それを封印と結界で抑え込んでいる状態です」


 主担当の頷きが、一瞬だけ遅れた。

 記録担当の指が、わずかに止まる。


 「動かす可否は」


 「条件付きで進められると思います。ただし、先に補助の偏りを是正してからでないと危ないです」


 「補助の偏り、というのは」


 声を出したのは、搬送管理の男だった。


 「使われている封印補助の中に、国内標準と少し違う作りが混ざっているように見えます。負荷が寄っているのは、ちょうどその一辺です。先にそこを確認してからでないと、順序が組めないと思います」


 搬送管理の男はペンを止めて、書類に視線を落とした。短く息を吐く。

 主担当が、こちらに向き直った。


 「そこまで見えますか」


 責めるのでも、試すのでもない言い方だった。

 確認している、というほうが近い。


 「そう見える、というだけです。最終的な判断は協会側でお願いします」


 主担当はもう一度頷いた。被せには来なかった。

 搬送管理の年配の男が、ゆっくりとうなずく。

 次工程に進められるか、どこから組み直すか、頭の中で動かしているのだろう。


 「確認ですが、今日この場で動かすところまでは…」


 動かす…その言葉に一瞬だけ考え込む。

 正直な感想で言うと、動かすところまではそこまで難しいことではない。

 ただ、それはあくまでも動かすだけ、というだけであり、あの物体にかけられている封印などを一旦解く必要があるだろう。

 

 問題は解いた後の話だ。

 俺のスキルはあくまでも鑑定であり、見えた手順通りにしか動くことは出来ない。

 負荷のかかった部分を修正して、再度封印状態までもっていくのは俺には出来ない。 


 「いまのこの状況では後戻りできない分、難しいのかなと。それに今はぱっと見の鑑定です。さっき指摘した箇所は、しっかりと鑑定していかないと手順が判別しないのですが、対象の周りに保護や封印の構造がいくつも重なって展開していて、奥まで通すにはノイズが多い。一つずつ切り分けながら読み解くことになるので、相応の時間と手間がかかります。今日この場でそこまで踏み込むのは、現実的ではないと思います」


 主担当は短く息をついて、頷いた。

 無理に押す気配はない。


 そこから先まで踏み込むのは、今日の自分の役目ではない。

 俺の仕事は、見て切り分けて、向こうが動ける形に渡すところまでだった。


 主担当が補助の男に短く指示を出す。

 補助はメモを取りながら、扉のほうへ向かった。

 搬送管理は対象の周辺を回り、何かを確認している。


 シオは肩の上で、まだ姿勢を低く保ったままだった。

 ここでは動くな、と通じている気がした。


 「ご対応ありがとうございました。中継地点までお戻りください」


 主担当の声は最初と同じトーンだった。

 終わりの合図も、淡々としている。


 俺は対象に最後に一度だけ目をやって、踵を返した。



 ◇



 中継地点に戻ると、封印袋に入ったままスマホが机に並んでいた。

 封印番号がもう一度照合され、解除の手続きが取られる。

 書面に確認のサインを書き、スマホを受け取った。


 「本日のことに関しては、事前通知のとおりの取り扱いでお願いします」


 短い言い方だったが、意味は重い。

 配信も、外部共有もできない。記録が残るのは管理局側だけだ。

 うなずいて、出口に向かう。


 通用口の外へ出ると、午前の光がまっすぐ差していた。

 手元には、何も残らない。

 やったことを誰かに話せない仕事だった。


 ふと思った。

 ああいう物件の情報は、品川に流れてくる頃には、たぶん全部消えている。

 使われていた補助の規格も、扱いの注意も、誰がどう判断したかも、そこには残らない。

 最後に渡ってくるのは、「処理済み」と書かれた数行だけだろう。


 それでも、見たものは自分の中に残っている。

 ひとまずはそれでいい気がした。


 肩のシオが、ようやく姿勢を戻した。

 襟元から少しだけ顔を出して、こちらを見上げてくる。


 「とんでもないものを鑑定してしまったなぁ…」


 シオはその言葉に無反応で顔を殻の中に引っ込める。

 外は既に空が明るくなっていた。

作者注:鑑定した物はまだ少し先でのストーリーにかかってくるので、この話では開示制限かけてます。予めご了承ください。


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