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会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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56/73

前日

 朝、カーテンの隙間から白い光が差し込んでいた。

 シオが枕元の布団の上で、ちょこんと丸まっている。

 保護容器は机の端に置きっぱなしで、ここ数日、まともに使っていない。

 夜のうちから自分で寄ってきて、朝になっても動かない。

 定位置がもう、完全にここになっていた。

 起きる気配を見せると、シオは頭だけ持ち上げた。

 殻の中に淡い光が一度だけ流れる。


 「おはよう」


 声をかけると、肩のあたりまで這ってきて、そのまま乗った。


 今日やることを、頭の中で並べる。

 まず品川の提携業者。

 昨日、術式固定具片割れの引き取り可否について連絡が入っている。

 詳細の受け渡し段取りを詰めに行く必要がある。


 それから《天城フロンティア》の件。

 昨日、共用応接室で西園寺から受けた相談は、即答を避けて持ち帰った。

 机の上で条件を整理しておきたい。


 最後に、管理局からの連絡待ち。

 別管理対象案件の立会いは明日だが、案件の性質上、集合地点の正式な住所は前日までに直接通知されることになっている。

 その連絡がまだ来ていない。昼か、夜か、タイミングは向こう次第だ。


 そして俺は朝食を軽く済ませ、外出の準備を整えた。





 品川第七ふ頭の提携業者。

 奥の事務室で、担当が書類を広げている。


 「引き取りは可能です。ただし通常の廃材処理ではなく、術式対品の専門扱いに回します」


 管理番号を振るためのチェック表と、受け渡し書面の控えを出された。


 「先生の見立てどおり、対品処理でしたので」


 担当と少し目が合った。

 先生、と呼ばれて、わずかに反応が遅れた。

 業者からそう呼ばれたのは、今日が初めてだ。

 鑑定士登録はしているとはいえ、自分のことを指しているとすぐには結びつかなかった。


 「ならその手順で進めてください」


 こちらが結論を出す話ではない。

 専門業者が専門扱いと判断したなら、あとは手順に乗せるだけだ。


 書面に目を通した。

 引き渡しは来週。管理番号の照合と、封印保持状態の最終確認が工程に組み込まれている。

 問題はなさそうだった。


 肩のシオが、わずかに保管ケースのほうへ意識を向けた。

 ただ、それ以上は広げない。危険な個体ではない、ということだろう。


 「では来週、改めてお時間をいただきます」


 担当の言葉に頷いて、席を立った。


 事務所を出ると、午後の風が通りを抜けていた。

 名前が表に出ても、品川でやることは同じ段取りで進んでいる。

 それが少しだけ、ありがたかった。





 部屋に戻って、机にスマホを置いた。

 シオは枕の上で、もう一度丸まり直している。

 ノートを広げ、《天城フロンティア》の件を書き出していった。


 ・常駐不可=OK

 ・案件ごとの照会=両立の余地あり

 ・主目的は中層搬送前の確認・呪詛初期判定

 ・前線同行ではない=自分のやり方と合う

 ・シオ前提の運用は避けたい

 ・戦闘前提なら合わない

 ・単価高・頻度少=悪くない


 線を引いて、優先順位も並べる。


 ・品川ホーム

 ・別管理対象案件(管理局経由)

 ・《天城フロンティア》(条件付き・案件ごと)


 返事を急ぐ話ではない。

 西園寺もこちらの判断を待つ立て方をしていて、押してくる気配は最初からなかった。

 それなら今は、明日の立会いを片付けるほうが先になる。

 返事の中身は、明日が終わって頭の中が片付いてから、落ち着いて整え直せばいい。


 スマホを裏返して机の端にそっと伏せた。

 窓の外の通りでは、灯りが一つずつ順に点き始めていて、仕事終わりの時間にしては外からの音も少し控えめに聞こえる。


 ノートの余白に「返事はまだでいい」とペン先を軽く乗せて小さく書き加え、椅子に背を預けて、ゆっくり息をひとつつく。

 シオがその気配を察したように、枕から少しこちらへ寄ってきた。





 夕方になって、軽く食事を済ませた。

 机に戻ってからは、特に何をするでもなく、明日の段取りを頭の中で一度通しておいた。

 集合地点に行く。

 中継地点でスマホを封印される。

 そこから先は管理局の指示下で動く。

 やることは「見る」だけだ。

 判断は向こうがする。


 構えすぎても仕方ない。

 ただ、抜けている段取りがないかだけは確認しておきたかった。

 窓の外の光が、少しずつ薄れていく。

 通知は、まだ来ていない。





 夜。室内の灯りを一段落とした頃に、スマホが短く振動した。

 管理局からの通知だった。


 ・集合地点:指定コード付き住所

 ・集合時刻:明日午前

 ・録画機能のあるスマホは中継地点で封印

 ・通信・記録媒体の制限は事前通知のとおり

 ・同行体シオの帯同は可。接触禁止、介入は当方指示下のみ

 ・現地詳細は集合後に共有


 短い文面だった。

 現地の話はほとんど書かれていない。そういう案件だ。

 スマホを机に置いて、軽く息をつく。

 構えすぎる必要はない。

 ただ、手元の準備は丁寧にやっておいたほうがいい。


 まずはスマホを2台に分けた。

 録画機能のある1台は中継地点でそのまま封印されて持ち帰る形になるので、現場では使えない。

 連絡用には機能を絞ったもう1台を持つ形にして、それぞれを机の上に少し離して並べていく。


 持ち込む物も、その横に順に置いていく。

 IDカード、管理局の通行証、筆記用具、薄い手袋、身分確認用の書類控え。

 今回は荷物が多いとかえって動きが鈍くなる種類の現場で、必要なものだけに絞り込む。


 服装も決めた。

 動きやすく、目立たず、関節の自由が利くもの。

 派手な装備は要らない。見るのが仕事であって、動くのが仕事ではない。


 持ち込めない物のほうも、机の反対側に並べ直した。

 録音端末、予備の録画端末、配信用の機材。すべて、部屋に置いていく。


 シオが肩から布団のほうへ降りていた。

 枕のすぐ隣で、こちらを見上げている。


 布団の端に膝をついて、視線を合わせた。


 「明日行くところは、勝手に動けない場所で接触も禁止されてる。近くにいるだけでいい」


 シオは殻の中の光を一度だけ揺らして、ゆっくりと身じろぎしてから姿勢を低くした。

 いつもより、心なしか静かに見える。

 言葉の意味がどこまで通じているかはわからない。

 ただ、空気を読める個体だというのは、もう何度も見てきた。


 机の端で、スマホの通知をもう一度だけ開いた。

 集合地点と時刻が、同じ位置に変わらず表示されている。

 ノートの隅には、返事保留のままの《天城フロンティア》のメモが残っていた。

 明日優先するのは、管理局の立会い案件だ。


 照明を落とす。

 布団に横になると、シオが枕元の自分の位置に収まった。

 まずは明日だ、と短く思った。

読んでいただきありがとうございます。

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