大阪に仕事できました
新章突入です!
大阪①:湾岸汚染解決編
新幹線の窓の外を、東京の街並みが流れていく。
膝の上に置いた携行ケースの中で、シオが静かに姿勢を低くしていた。
透明な蓋越しに目だけを上に向けて、ちょこんとこちらを見上げてくる。
殻の中の光は、いつもよりさらに弱く、流れているのかいないのかわからないくらいの揺れ方だった。
視線が合うと、首を一度だけ短く持ち上げて、またすっと戻す。
退屈はしていないが、外が見たい、というほどでもない。
どちらかというと機嫌は悪くなさそうだった。
最近はほとんど使っていなかったケースだが、新幹線のような公共交通の長距離移動では、保護対象幼体は携行ケースに入れて運ぶよう管理局から指示が出ている。
出発前、久しぶりに棚の奥からケースを引っ張り出して、襟元のシオに目線を合わせた。
「悪いけど、新幹線に乗る間だけはこの中な。決まりなんだ」
シオは殻の中の光を一度だけ短く揺らして、こちらの顔を見上げてくる。
逃げる気配も嫌がる気配もないが、すぐにケースへ移ろうとするでもなかった。
「降りたらすぐ出す。長くても2時間半くらいだ」
もう一度声をかけて、ケースの蓋を開けたまま膝の上に置いた。
シオはしばらく襟元で姿勢を保っていたが、やがて自分から肩口を伝って腕の上を下りてきて、ケースの縁にぺたりと張りつき、底のあたりで一度だけ身体の向きを直してから、そこに収まった。
そのまま東京駅から新大阪行きの「のぞみ」に乗り込み、発車のチャイムを背中で聞いたあとは、ただ窓の外が後ろへ流れていくのを眺めていた。
のぞみは停車駅が少なく、新横浜を出れば次はもう名古屋、その次が京都、それから新大阪だ。
停車のたびに車内の人の入れ替わりが少しあるくらいで、乗車中はスマホでニュースなど見て時間を潰していた。
気づけば、列車内表示が名古屋を過ぎて『次の停車駅は京都』と切り替わっていた。
「新幹線に乗るなんてかなり久しぶりだな」
車窓からは見える風景は、春から夏に変わろうとしていた。
◇
なぜ俺が新幹線に乗っているのかというと、それは数日前に遡る。
《天城フロンティア》の仕事は、条件付きで受ける方向で話がついていた。
そこに大阪支部から手を借りたい案件が回ってきて、東京で抱えている先約もなかったので、こちらも軽く了承を返したところだった。
昼前に、スマホが短く鳴った。
画面に大阪市外局番の表示が出ている。
通話を受けると、最初の一秒で先方の温度がはっきりわかった。
「もしもし、真壁さんですか! いやー、ほんま助かります。天城フロンティア大阪支部の難波と申します」
声が大きめで、テンポも速い。
大阪弁の抑揚が、そのまま電話越しに乗ってくる。
「東京から来てもろて申し訳ないんですけど、一回こっちに顔出してもらえます? まずは顔合わせと説明だけでええんです」
「日時と場所をお願いします」
短く返すと、難波は軽く笑った。
「ええわー、その返し。ほな今週中で、ご都合のええときに出てきてもらえます?」
手元の予定を確かめる。今週はちょうど大きな先約も入っていない。
その旨を伝えると、難波は「ほな新大阪まで出迎え行きますわ」とあっさり受けて、訪問の日時だけを聞いて電話を切った。
そこから手早く準備を整えて、東京駅まで出て、こうしていま座席に座っている。
膝の上のケースの中で、シオが一度だけ首を持ち上げて、またゆっくり姿勢を戻した。間もなく新大阪に到着するアナウンスが、車内に流れる。
ケースの蓋を半分だけ開けると、シオは自分から這い出してきて、襟元の定位置に登った。
長距離の移動が終わったことを、空気から察したらしい。
◇
新大阪駅のホームに降りる。
階段を下りて改札を抜けると、人ごみの向こうから声が飛んできた。
「真壁さんでしょ! ほんまに来てくれはった!」
手を大きく挙げているのが難波だった。
電話で聞いた声色とそのまま一致する。
その隣に、もう一人立っていた。年齢は難波より少し下、無地のジャケットに静かな立ち姿で、こちらに小さく頭を下げている。
「初めまして、現場リーダーの御堂です」
声は低く、落ち着いていた。
名乗ってから、自然に半歩だけ前へ出てくる。難波の勢いとは対照的だ。
「お世話になります」
短く返すと、難波がこちらの肩に視線を落として、わずかに目を見開いた。
「うわ、ほんまにおるんや。シオちゃん、写真より小さいなあ」
シオは襟元から少しだけ顔を出して、難波の方を一度だけ見ると、またそっと身を引いた。
「支部長、まずは車で移動します。応接室で説明しますんで」
御堂が静かに切ると、難波は「せやな、せやな」と素直に頷いて、こちらに歩く方向を示した。
迎えの車で支部に向かう。
短い距離の間も難波は喋り続けていて、御堂は要所だけ補足を入れる役回りに徹していた。
大阪支部のオフィスは、新大阪駅から車で15分ほどの位置にある。
応接室に通された。
難波がジャケットを脱ぎ、勢いを少しだけ落として椅子に座る。
御堂はその隣側に着くと、薄いファイルを机の中央に置いた。
「では、今回の案件について説明します」
御堂が薄いファイルから1枚の紙を抜いて、机の中央に置いた。
簡素な動線図と、いくつかの数字が並んでいる。
地名は伏せられ、現場名は略号に置き換えられていた。
「舞台は大阪湾岸ダンジョンの中層、B6F相当の安全地帯です。仮選別場が常設されていて、中層から上がってきた回収物を、ここで一度大阪の管理局が仕分けてから搬送ラインに乗せます」
御堂の声は低く、抑揚も少ない。
説明そのものに集中させるための話し方だった。
「最近、この仮選別の段階で詰まる案件が増えています。価値のある物の一次選別は探索者側で行うのですが、廃棄と決定した後の処理は管理局が行います。これは全国同じルールなんで真壁さんももちろんご存じだとは思います」
俺はその言葉に頷いた。
品川では探索者がゴミとして廃棄した廃棄物を、俺みたいな回収専門の業者がリサイクルに回す、若しくは危険物など細かい規定に則って選別を行っている。
この順番はダンジョンによって違いはあるものの、概ね似たような運用を全国的に規則として定めていた。
「廃棄物を出すときなのですが、個人はさておき、クラン活動となると出した廃棄物にも責任が一定以上ついて回ります。我々も可能な限り廃棄物として処理を回す際には、ある程度仕分けをして引き渡しています。大阪支部に限らず、我々はチームとして仕分け専門のチームを持っていますので、そこでただの廃棄物か、危険物かで分けているのですが、ここ最近、混入事例が飛躍的に増えてきました」
「混入事例、ですか」
「はい。レベルの低い混入であれば管理局側で処理は問題ないのですが、最近特に汚染が酷いものが我々のチェックをすり抜け混入する事例が数多く発生してまして……。これが規模の小さな活動であれば、まぁ文句を言われる程度で収まるのですが、我々みたいに大きなクランだと話は違ってきます。ダンジョンから持ち帰る資源量が莫大な量になるので、それに比例する形で多くの混入事例を現在進行形で出し続けておりまして……。その結果、管理局から是正指導が入っている、という事態にまで発展しています」
「そこまでですか…」
管理局からの是正が入るというのは、いわばイエローカードを出されたようなものだ。
ダンジョン管理法に置いてだが、ダンジョン活動するにあたって色んな法律が制定されており、何回も指導が入るようなことがあれば、クランとしての活動制限を課されることもある。
「呪詛系の混入と、術式痕系の混入。大半は規定の処理で流せるんですが、ここ最近立て続けに管理局の処理を止めるまでの事態が続いており、搬送業者の側で受け入れが止まるレベルまで発展しています」
「いっぺん詰まったら最後、現場全部止まりますからね」
難波が横から短く挟んだ。
「うちは商売の街やから、止まるときはえげつないんですわ。でもね、止めなあかんもんは止めなあかん。そこは外せん。問題はうちらが止める原因をつくっとる、ということなんやが…」
大きい声だが、語尾の置き所だけは意外と落ち着いている。
現場の感覚を持っているのは事実らしい。
ここまでの説明で案件の輪郭が掴めた。
頷いてから、必要な確認だけを順に返していく。
「見る対象の量は」
「1日あたり、一次判断済みコンテナでいうと3〜4本分です。ここ最近だとその中で危険物対象となるのは、多くて50点ほど。一つあたりに必要な時間は状態によりますが、慣れれば短く済みます」
「どの段階のものを見ますか」
「仮選別を一度通したあとの、保留扱いになったロットです。確定で流せるものはそちらでまとめています。グレーだけを真壁さんに見ていただきたい」
「拘束時間は」
「集合から退出まで、初日は半日強。延びても1日半までで収まる想定です。依頼の期間については1週間程度を予定しております」
「日程については事前に伺ってます。ちなみに前線同行は」
「ありません。安全地帯から先に踏み込んでもらう予定はないです」
「これも確認なのですが、シオの扱いは…」
「事前申告で承認は取れています。仮選別場までの帯同は可。接触禁止の運用で、そこは管理局立会いのときと同じ条件です。能力頼みを前提にした依頼でもありません」
即答だった。
返答の速度に、こちらの線を読んでいる感じがある。
応接室のドアが小さく開いて、若いスタッフが盆を持って入ってきた。
湯呑みを順に置いていく合間に、こちらの肩のシオに目を留めて、ほんの一瞬だけ動きが止まる。
「あ……すみません、岸部です。明日、現場のほうでサポートに入らせてもらいます」
短く名乗ると、シオに向かって遠慮がちに小さく頭を下げて、それから普通に下がっていく。
シオは襟元から少しだけ顔を出して、湯呑みのあたりを一度見て、また身を引いた。
話を頭の中で並べ直してから、こちらの返答をまとめた。
「とりあえずですが、現場で見てみてどのくらいのものなのか確認からですかね」
「ありがたいです」
御堂が短く返す。
難波は満面に近い顔で頷いて、ようやく椅子の背に体を預けた。
「ほな、宿は駅の近く取ってますんで、今日はそこで休んでください。明日の朝、現場まではうちが車出します」
御堂が手元のメモから集合時刻と必要な持ち物を読み上げる。
筆記用具・身分証・薄い手袋。資料は現場で渡される。
受け取った内容を頭の中で確かめて、頷きを返した。
◇
ビジネスホテルの一室は、簡素で清潔だった。
ドアを閉めると、車中と支部のざわつきが一段下がる。
机の上にメモと身分証を並べ直して、明日の集合時刻だけスマホに控えておく。
肩からシオを下ろして、机の隅に置いた。シオは殻の中の光をごく弱く一度だけ流して、定位置を確かめるように身体の向きを直す。
窓に近づいて、外を一度だけ見た。
建物の隙間から走る道路の灯りが、東京とは少し違う色に見える。
空気の重さも違う気がするが、それが土地のせいなのか、初日の疲れのせいなのかは、判別がつかなかった。
明日は仮選別場に入って、保留扱いのロットを順に見る。
話だけで決められることはここまでで、あとは現場の物が何を語るかによる。
まずは明日、見てからだ。
作者注:大阪編、すげー疲れました……




