上位鑑定士としての依頼がきました
翌朝、起きてすぐにスマホを開いた。
管理局からの通知は、昨日の14時過ぎに届いたまま動いていない。
本文は短く、『別管理対象登録案件について確認事項があります。担当者よりご連絡いたします』とだけ書かれている。
その下には《天城フロンティア》からの未読が1件、クランからの問い合わせが3件。
昨夜から新着は増えていない。
どれも今日中に動かさなければならない種類ではないが、放置したまま積み上げておくのも具合が悪い。返しやすいものから片付けることにした。
まずは管理局へ短い文を打った。
『通知を確認しました。確認事項の概要をお知らせいただけますか。対応可能な時間帯があれば合わせます』
送信ボタンを押してから、他の通知欄をひとつずつ眺める。
《天城フロンティア》もクランも、向こうから届いている本文を読み込まないと返しようがない種類のものばかりだ。
一旦は後回しにすることにして、画面を閉じた。
品川の照合依頼の結果が、今日中に上がってくる可能性が高い。
そちらを先に受け取っておきたかった。
肩口でシオがちょこんと顔を上げて、窓の方を向く。
出る時間だった。
◇
電車を降りて湾岸沿いを少し歩くと、品川第七ふ頭ダンジョンの建物が見えてきた。
受付を通ると、いつもの顔が並んでいる。
担当スタッフが軽く会釈し、こちらも同じ仕草を返した。
挨拶そのものは普段と変わらない。
ロッカー棟に向かう途中、処理担当の古株がふと足を止めた。
「昨日のやつ、見ました」
手元の作業を一度止めたまま、こちらに視線を向けてくる。
「本名出したんですね」
「ちょうどいいタイミングだったので」
相手は少し間を置いてから、「そうですか」とだけ言って作業に戻った。
深く踏み込む気はないらしく、長い会話になる気配はそれ以上なかった。
今日は配信の予定を入れていない。
照合依頼の結果が上がる見込みがあったので来ただけで、結果が出るまでの間に軽くB1Fを回っておくつもりだった。
B1Fに降りた。肩口でシオが姿勢を立て直して、前を向く。
スマホをポケットにしまわず手に持ったまま、通路をゆっくり歩いた。
床の端、壁の隙間、魔物が通り過ぎた後の残骸エリア。
目についたものへ順に【鑑定】を向けながら進む。
壁際に劣化した金属片が一点。素材価値はなく、そのまま通過した。
少し先の角では封印の痕跡がある布片を見つけ、術式が残っているかどうかだけ確認したが、すでに抜けていた。回収の対象にはならない。
通路の奥まで進んでから折り返したところで、スマホが短く振動した。管理局からだった。
思ったより早い返信に少し意外な気持ちで本文を開くと、案件の概要が短くまとめられていた。
『別管理対象登録において、危険封印物に関連する物件の現地確認が発生しています。上位鑑定士の立会いが必要な段階に入りました。初回は現物の取扱可否と状態確認が主な内容になります。参加可否と対応可能な日程をお知らせください。なお、本案件は通常の上位鑑定士依頼と異なり、事前の身分確認と守秘義務の確認が必要です』
危険封印物、か。
その一語のところで、視線が一拍だけ止まった。
肩口でシオがわずかに位置を変えて、こちらの手元を覗き込むような向きになる。
上位鑑定士として登録されて以来、初めての案件だった。
事前確認の段階という書き方をしている以上、現場に急かされているわけでもない。
詳しい内容は、正式な案内が届いてから判断すればいい話だ。
短く返信を打ち込む。
『確認しました。参加します。対応可能な日程を提示してください』
送信を確認すると、スマホをそのままポケットへ戻す。
出口へ歩き出そうとしたとき、窓口側から声が飛んできた。
「真壁さん、照合依頼の結果が上がってます」
そちらへ歩み寄ると、担当者が手元の書類を一枚抜き出してこちらに見せた。
品川での照合依頼、術式固定具片割れの対品照合結果だった。
「対品照合、通りました。希少度Cで確定です」
書類を受け取って中身を目で追う。
結果欄には『術式固定具・対品確認済み』とあり、処理区分は廃材評価から専門処理業者照会へ変更されていた。中層の搬出記録番号も併記されている。
担当者が書類の隅を指で押さえながら続けた。
「元々は廃材扱いでしたが、対になる部材が確認できたので、専門業者のルートに回せます。引き取り可否の確認が、次のステップになります」
「やっぱりそうでしたか」と返すと、担当者が顔を上げてこちらを見た。
「持ち込んだ時からそう言ってましたよね。どこで分かったんですか」
「術式固定具は基本的に対で使う構造なので。片割れが出た時点で、もう一方がどこかにある可能性が高かった。照合に出したのはその確認です」
担当者は小さく頷いて、書類に追記を入れた。
照合依頼は、ここから次の段階に進むことになる。
受け取った書類を丁寧に折って、胸ポケットにしまった。
肩口でシオがわずかに姿勢を変える。
書類を渡され終えるのを待っていたような動きだった。
もう一回りしてから上がるつもりで、また通路の方へ足を向けた。
壁際に術式痕の残る石英片が落ちていた。
【鑑定】を向けると、素材価値はあるが、単体で動かすには小さすぎるサイズだったので、そのまま素通りする。
折り返し近くで護符の外装を見つける。
封印はすでに解けていたが、外装の素材だけ抜き出せる種類だったので、密封袋に入れて回収した。
ひと回りして昼を過ぎたあたりで、見るべき場所はだいたい見終わっていた。
今日の分は、ここまででよかった。
◇
品川を出たのは午後3時を回ったころで、湾岸沿いの空気は朝より少し冷たくなっていた。
スマホを確認すると、《天城フロンティア》からの未読が1件のまま画面の上に残っている。
管理局には今朝返信を入れたが、こちらにはまだ何も返していない。
向こうがどう動くかは実際に会ってみないと分からないが、わざわざ切る理由もなかった。
短い文を打ち込む。
『ご連絡ありがとうございます。お話は伺います。日程の調整ができればお願いします』
送信ボタンを押して、いったん画面を伏せる。
数分も経たないうちに既読がつき、続けて『ありがとうございます。詳細は改めてご連絡いたします』と短い返信が届いた。
ひとつ、扉が開いた形になる。
対面の日が確定するまでは、もう少し先の話だった。
肩口でシオがちょこんと伸びをして、駅の方角を向く。
帰りの電車に揺られながら、もう一度スマホを開いた。
管理局からの案件概要、品川で確定した照合結果、《天城フロンティア》とのやり取り。
今日のうちに動かしておきたかったものは、ひととおり手をつけた形になる。
どれも今日中に片付く話ではなく、どれにも次の段階が用意されている。
それでも、先週から机の端に積まれていた話が、今日で一つずつ前に動いた感触は確かにあった。
管理局からの文面をもう一度開くと、送られてきた概要の末尾に、一行だけ追記された文があるのに気づいた。
『封印保持状態確認のため、事前鑑定立会いを打診します』
目を通してから、スマホをポケットにしまった。
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