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会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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守秘義務

 朝、机に置きっぱなしだったスマホを引き寄せて画面を立ち上げた。


 昨日の夕方に管理局から届いた『事前鑑定立会い打診』の文面を、もう一度頭から読み返す。

 日程候補が3つ並んでいて、いずれも週内の平日午後になっている。

 身分確認と守秘義務手続きは、先に協会本局で済ませるとあった。

 日程の中身も、手続きの順番も、こちらで迷うような余地はどこにもない。


 手早く返信を打ち込む。


 『参加します。日程は本日中の午後で構いません。身分確認は合わせて進めてください』


 送信を確かめてから、台所へ立って湯を沸かし、自分の分の茶を淹れた。

 湯気が手元にゆっくり立ち上って、机の方まで薄く広がっていく。

 肩口にシオが上がってきて、ちょこんと窓の方へ首を向けた。



 ◇



 1時間ほどで管理局からの折り返しが届いた。

 案内は簡潔で、協会本局3階・監理調整室への来訪時間、携行物の制限、同行体の登録照会番号の3点が並んでいる。

 場所は千代田区。品川あたりとは少し違う系統の空気が、通り全体に漂っている区域だった。


 地下鉄を降りて通りに出ると、信号を一つ越えた先に目当ての建物が見えてきた。

 外装は古びているが、入口の上に掲げられた看板だけはやけに真新しい。

 建物の正面には、一般窓口と専門資格者用の別入口が左右に分かれて並んでいる。


 別入口の自動扉を抜けると、奥に受付の机が1つだけ置いてあった。

 職員は立ったまま端末を操作していたが、こちらの足音に気づいてゆっくり顔を上げた。


 「真壁と申します。監理調整室に来訪予約があります」


 「登録番号をお願いします」


 スマホの画面を出して番号を見せると、職員が自分の端末に入力し、予約情報との照合を進めていく。

 短い操作音のあとで、画面から視線がこちらへ戻ってきた。


 「真壁様ですね。3階の案内書類をお渡しします」


 通行証と、案内図の挟まった書類が差し出された。

 受け取って中身を軽く確かめる。

 受付の奥に視線を移すと、通路が2本に分かれていた。

 片方は一般階へ通じていて、もう片方はカードをかざさないと進めない別導線になっている。


 「同行体の登録番号、お出しください」


 スマホを取り出し、同行体登録の画面を開いて職員側に向けた。

 職員は画面を覗き込んでから、自分の端末で照会を進めていく。


 「潮晶殻獣幼体、随伴登録済みですね。本日は3階内のみ携行可能です。接触は禁止されていますので、ケースに入れる必要はありませんが、他の来訪者や物品には触れさせないようご注意ください」


 「分かりました」


 シオは場の空気を読んだのか、肩口でじっとしている。

 ただ視線だけが、職員の手元の方へゆっくり動いた。



 ◇



 エレベーターが3階で止まり、扉が静かに開いた。

 通路の照明はやや抑えられていて、両側に並ぶドアにはプレートに部屋番号だけが小さく刻まれている。

 表札も用件の表示もない、品川のような出入りのある場所とは明らかに毛色の違うフロアだった。


 通路の突き当たりまで案内された先で、職員が『監理調整室 第3応接室』とだけ書かれたドアを軽くノックし、扉を内側へ引いて道を譲る。


 奥から長沼が出てきた。


 「お越しいただきありがとうございます」


 無駄のない動作で対面の席を手で示してから、自分も机を挟んで腰を下ろした。


 「今日は真壁さんの評価の話ではありません。別管理対象の案件条件を、順に確認させていただきます」


 「はい」


 長沼が机の上に書類ファイルを開くと、身分確認の項目が淡々と並んでいた。

 氏名、登録番号、鑑定士分類、同行体、緊急連絡先。

 口頭で確認を受けるたびに、手元の書式へ署名を入れていく。

 ペン先が紙を擦る乾いた音が、しばらく部屋の中で続いた。


 「登録は相違なしとします」


 長沼がペンを置いて、机の上を整える手が一度だけ止まる。


 「配信のことも、こちらで把握しています」


 「はい」


 「そのうえでのお話です」


 続いて長沼が机に出してきたのは、表紙に赤い細帯が一本だけ走った別のファイルだった。

 それを机の中央までゆっくり押し出す。


 「今回の案件は、別管理対象として扱います。通常の民間案件より制約が重くなります」


 ページをめくる乾いた音が、短く響く。

 章立ての見出しが並んでいた。

 守秘、録画録音、外部共有、物件情報の取扱。


 「配信・録画・録音・外部共有は原則不可です。物件名、場所、同行者、状態の一部も秘匿対象になります」


 書類に目を落としたまま、しばらく次の言葉が出なかった。

 これまで自分の判断で扱うかどうかを決めてきた範囲が、今回からはこちらの外側に置かれる。


 「今回の案件は、配信では扱えません」


 長沼の指が、最初のページにそっと置かれた。


 「では、順に確認します」



 ◇



 長沼が最初のページの条項を、順に読み上げていく。

 声の調子は、終始一定だった。


 「配信・録画・録音は原則不可。本件に関する物件名、場所、所属者の外部共有は禁止。個人的な記録も、こちらで指定する形式以外では残していただけません」


 俺はうなずいた。


 「公開可能な情報は、現時点ではありません。将来的に話してよい範囲が出てくる可能性はありますが、今の段階では未定です」


 「分かりました」


 質問は一つだけ口に出した。


 「仕事として受けたことだけは、関係者に伝えても構いませんか」


 長沼は手元のページに視線を落とし、少し間を置いてから答えた。


 「所属先のクランや、直接の業務関係者には、受注の事実のみは伝えて構いません。内容は、一切不可です」


 「はい」


 ある程度は想像していた範囲の話で、特に意外な箇所はなかった。

 これから受ける仕事は、扱える話と扱えない話に少しずつ分かれていくことになる。


 書類の最後の署名欄まで進み、ペンを取った。

 日付、氏名、登録番号の3段を、ひとつずつ確かめながら順に埋めていく。

 書き終えた書類を長沼の側へ戻すと、長沼も同じ位置に署名を添えた。



 ◇



 「次に、案件の大まかな概要です」


 長沼が新しく1枚の紙を取り出して、表面が見えるように机の中央へ置いた。

 書かれているのはごく最低限の情報だけで、長沼の指がその上を軽く押さえる。


 「対象は協会管理下の非公開保管対象物です。発見経路と由来は現地で共有します。現在、封印保持状態が安定寄りから外れ始めていて、無理に動かすと危険が出る可能性があります」


 長沼の指が、紙の下段へゆっくり移った。


 「現物の取り扱い可否、触れてよいか、動かしてよいかの初期判断。それが真壁さんの役割です」


 ここまでは話の輪郭がだいたい見えてくる。

 上位試験のときに見た封印物件と種類は同じもので、今回はそれを本番の現場でやる、という話だった。


 「無理に何かを決めてもらう場ではありません。判断材料のひとつとして立ち会ってもらいます。危険と判断した場合は、その時点で止めます」


 「責任は協会側で持つ、ということですか」


 「最終判断はこちらです。真壁さんの見立ては、記録として残します」


 責任の線引きがはっきりしている分、こちらで迷う必要のある場面はそのぶん減る。


 「当日の流れをお伝えします」


 集合場所は当日朝に再通知される形で、直接現地へ向かうのではなく、協会指定の中継地点に一度集まる手順になっていた。

 同行者は管理局立会い2名、搬送管理1名、記録1名、そこに俺が加わる構成で、移動中のスマホ使用は認められているが、内容の記録は不可とされている。


 「持ち物は最小限です。スマホ、筆記具、水分。録画機能のあるものは全部、中継地点で封をさせていただきます」


 「同行体は」


 「潮晶殻獣幼体ですね」と、長沼が書類をめくった。


 「今回は同行可です。ただし接触禁止、介入は真壁さんの指示下のみ。記録上は補助随伴体として扱います」


 肩の上のシオが、耳に似た部分をわずかにぴくりと動かした。


 「封印物との距離は、こちらで指示した範囲内から出ないようにお願いします」


 「分かりました」


 質問はもう、思いつかなかった。



 ◇



 手続きを終えて応接室を出ると、通路の空気がさっきより少し冷たく感じられた。

 エレベーターを待つ間にスマホを確認すると、《天城フロンティア》からの未読が1件、詳細連絡に表示が変わっている。

 品川の照合引き取り可否照会のほうも、担当業者から反応が来ている頃合いだった。

 どれも今すぐ動かなければならない種類の話ではない。


 ただ、いま一番手前にあるのは、さっき机の上で署名した仕事だった。


 1階まで降りて受付に通行証を返すと、職員が小さく頭を下げてくれる。

 自動扉を抜けて外に出ると、千代田区の通りは品川の現場と同じ午後の時間帯のはずなのに、人の気配がどこか薄かった。


 歩き出してすぐ、スマホが短く振動した。

 管理局からの、ごく短い一文だった。


 『立会い日時が仮確定しました。前日までに詳細位置を通知します』


 肩の上のシオが、こちらの動きに合わせて首をほんの少し伸ばす。

 画面を伏せて、駅の方角へ通りをゆっくり歩き出した。

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