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会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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シオの定位置

 起きてすぐ、机に保護容器を引き寄せて月次記録を立ち上げた。


 シオの状態欄を開くと、前回の記録から数日分の空白が並んでいた。

 脱皮を終えてから、もうそれだけの日が経っている。


 殻の透明感はそのまま維持されていた。

 光の当たり方によっては、内側がうっすら透けて見える。

 本体は薄い青灰色で少し半透明、小型のヤドカリに似た形で、背中には青緑の結晶殻を背負っていた。

 動きは脱皮前より滑らかで、壁面や服地の上でも安定して張りつく。


 数日前から、起きている間はケースの外にいる時間を増やしていた。


 きっかけは給餌の後だった。

 保護容器に戻そうとしたとき、シオが手首側に張りついて離れようとしなかった。

 そのまま待っていると、腕を伝って肩口まで移動し、そこで止まった。

 不快な感覚は来ていない。落ち着きに近い何かが薄く伝わってきた。


 翌日も同じで、机に向かっている間、シオは首元の高さあたりを落ち着く場所として選んだ。

 視線の高さを取りたがるような動きだった。


 落ちる気配はない。

 本体はスライムのように柔らかく、そのままぺたりと張りつく。

 殻の縁からヤドカリの足に似た細い脚が数本出ていて、服地をそれでしっかり掴んでいる。

 真壁が向きを変えるたびに脚で引っかかりを取り直しながらついてくるので、ほとんどずれない。


 寝るときはまだ保護容器に戻しているが、日中の外出時間は確実に増えていた。

 ケースに入れようとすると動きが落ち着かなくなり、暴れるほどではないにせよ、外の方が明らかに安定して見える。


 月次記録に「殻状態良好。感応継続中。肩上での落ち着き確認。外出時間増加傾向」と書き込んで、スマホを閉じた。



 ◇



 机の端に目をやると、管理局から届いた文書がそのまま置いてあった。

 封を開けてから2日が経つが、まだ判断を保留したままだった。


 改めて手に取って中身を広げると、表題には鑑定士上位登録候補者への案内とあった。

 登録すれば扱える案件の範囲が広がり、現場鑑定の権限と立場も変わる。特例審査制度を通じた手続きが用意されていて、受けるかどうかは本人の判断に委ねられるという内容だった。


 もう一度目を通しても書かれていることは変わらず、真壁は文書を机に置いたまま少し考えた。


 今の仕事の延長で見られる物が増えるなら、それは単純に都合がいい。

 鑑定の実績も積み上がるし、受けておけば今後の案件で生じる事務的な摩擦も減るはずだった。

 断る合理的な理由は、どこにもない。


 シオを連れて現場に入る機会が今後も増えるとすれば、仮同行の立場より公的な整理がついている方が動きやすい。

 管理局との関係でも、上位登録の鑑定士として扱われる方がやりとりがシンプルになる場面が出てくる。


 承認欲求でも昇進欲でもなく、仕事として受けた方が都合がいい。

 判断としては、それで十分だった。


 今日の配信を終えたら返事を出す。

 そう決めて、文書を机の端に戻した。


 肩口でシオがわずかに動いたが、何かを示す動きではなく、位置を少し変えてからまた落ち着いた。


 ついでに他の連絡も入っていないかと、スマホの通知を一通り確認した。

 汚染側の照合はまだ続いているが、今日はそちらからの連絡は来ていない。



 ◇



 時計を確認して、そろそろ出る時間だと判断した。

 配信用の機材を順に揃えていく。


 携行ケースを腰に付けようとしたところで、手を止めた。

 シオは今日も肩口にいる。

 わざわざケースに収める必要もないし、配信中も肩の上にいれば視聴者からも変化が見て取れるだろう。

 俺ははケースをバッグに収め、念のための携行用として持つことにした。


 肩口のシオに向けて「今日はこのままでいくよ」と声をかけた。

 シオは返事をするわけではないが、首元側にわずかに移動して、そこで落ち着いた。

 準備ができたと判断して、外に出た。



 ◇



 電車で品川まで出る間も、シオは肩口で大きく動かなかった。

 駅から少し歩いてダンジョンの入口に着き、証明書を提示してから配信を始めた。


 「32回目です。今日はB4Fに入ります」と告げて、通路の奥へ歩き始めた。

 今日も肩口にいるシオへカメラを向けると青緑の殻がはっきりと映り、ほどなくコメントが流れ始めた。


 『今日は肩にいる』

 『もうケースじゃないんだな』

 『シオだいぶ慣れたな』


 「こっちの方が落ち着くみたいです」と返して、通路の奥へ進んだ。


 B4Fはいつもどおりで、壁際のくぼみを順に確認しながら奥へ進む。

 シオは肩の上で真壁の動きに合わせて重心を変えるが、大きくは動かない。

 向きを変えるたびに体を傾けて肩口に張りついたまま、時々、首元の方へ少しだけ移動した。





 通路の折り返しに差しかかったとき、シオが肩口で少し身じろぎした。


 正面の床に、他の残骸と混ざって小さな巾着袋が落ちていた。

 見た目は普通の回収物にしか思えないが、シオから伝わってくる感覚は微弱ながらも不快の動きをはっきりと指している。


 手を止めて袋に【鑑定】を向けた。


 ――――――――――――――――――――

 呪い残滓付小袋(接触汚染型・軽度)

 希少度:D

 状態:汚染(呪い残滓・残存)

 危険度:低〜中

 推定価値:廃棄

 術式痕:呪い系の残滓が布地に浸透した状態で残存。直接触れ続けた場合、軽度の干渉が生じる可能性がある

 備考:外見では通常の回収物と区別がつかず、鑑定を通さなければ判別が困難

 ――――――――――――――――――――


 「廃棄案件です。触れずに除染ルートへ回します」と配信に向けて言い、密封袋で回収した。


 コメントが流れた。


 『またシオが先に気づいた』

 『これ触ってたらやばかったやつ』

 『鑑定より先に反応するのすごい』


 シオの反応がなければ、ここは素通りしていた可能性がある。

 今日もきちんと機能してくれた、そう確かめてから、また歩き始めた。



 ◇



 折り返しに差しかかったところで、真壁は一度カメラに向き直った。


 「最近、登録者が増えていて、ありがとうございます。配信の内容は特に変えていないんですが、見てくれる人が増えているのは分かっています」


 コメントが流れた。


 『シオ効果だろ』

 『いや普通に鑑定がすごいんだよ』

 『こういう回が好きで毎回来てる』

 『登録したのシオ見てだけど鑑定面白くてはまった』


 「引き続きよろしくお願いします」と返して、探索を続けた。


 一帯をひと回りしてから出口に向かった。

 途中のドロップは小さい回収物が2点。

 今日の目立った発見はあの巾着袋だけだった。


 出口近くでカメラに向き直った。

 「今日はここまでです」と言ってから、肩口のシオをカメラに向けた。

 シオは動かなかった。


 『お疲れ様』

 『シオも一緒にお疲れ様』

 『また来ます』


 配信を閉じた。


 視聴者ピークは14,800人だった。

 登録者の増加に引っ張られるように、同時接続数も上がってきている。



 ◇



 帰宅してからスマホを開き、管理局のポータルにアクセスした。


 上位登録候補者への案内に対する返答フォームを開いた。

 入力欄は短く、『受諾』を選んでコメント欄に『内容を確認しました。進めてください』と打ち込み、そのまま送信する。


 送信完了の通知が出ても、特に感慨はなかった。

 手続きが一段進んだ、その程度の感触しかない。


 画面を閉じてしばらく机の端に視線を落とした。

 明日からも見る物は変わらず、現場での判断も変わらない。

 やることはそのままで、立場の方だけが少し整理される。

 シオを連れて動く上でも、公的な扱いが揃っている方がやりとりは軽くなるはずだった。


 

 ◇



 シオを保護容器に戻した。

 日中は外にいる時間が増えたが、寝かせるときはまだ容器の中だ。

 シオは特に抵抗もなく、いつもの壁側まで滑り込んでぺたりと張りついた。


 手続きはひとつ動き、シオの定位置もケースから肩の上へ少しずつ移っていく。

 それでも明日の仕事は変わらない。

 いつもの時間に出て、いつもの現場で、いつもどおりに物を見る。

 ただ、それだけの日であった。

読んでいただきありがとうございます。

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