押収護符の術式痕と仮命名?
朝の光が入り始める前に、真壁は月次記録を開いた。
幼体の状態欄に書き込んだ。
殻の光量の微増が今週も続いている。
容器の中での向き変えが確認できた。以前は底でじっとしたまま動かない時間が長かったが、今週に入って目を開けている時間が増えてきた。
仮同行が始まった最初の数日、何を与えればいいかが分からなかった。
管理局に問い合わせを入れると、少しして保護対象幼体向けに調製された液が届いた。
その栄養液を、細口の滴下器で容器底面に少量入れた。
水に近い見た目で、低濃度の魔力と微量の鉱物成分が含まれている。
幼体が動いた。
以前より早く液の方へ向きを変え、口を近づけて飲んだ。
量は少ないが前回より少し多い。
飲み終えた後も、液の側の容器の壁にしばらく寄ったままでいた。
容器の脇に指を近づけると、目がそちらへ向いた。逃げなかった。
指の動きをしばらく目で追ってから、静かに目を閉じた。
摂取量を記録欄に書き込み、容器の蓋を元に戻してから、身支度を進めた。
今日は配信を入れていない。
先日の浅田からの連絡を受けて、押収品の現物を管理局で確認する予定が入っていた。
◇
管理局までは地下鉄で20分ほどかかる。
途中で一度乗り換え、車内ではスマホを閉じたまま、窓の外の流れに目を向けていた。
管理局に着いて受付を通し、事務棟の奥まで進むと、浅田が小部屋で待っていた。
机の上には封入袋が1つ置かれている。
「先日お送りした押収品の件です」と浅田が言い、袋を手前に動かした。
「先月末の定期回収で出てきたものです。担当者が以前の案件記録と見比べて、術式痕が似ていると上げてきました」
「どこから出てきたものですか」
「ダンジョン近辺の流通ルートを通ってきた可能性が高いですが、出所はまだ特定できていません。管理局側でも一度確認しましたが、劣化術式の残骸、追跡困難、取り扱い上の危険なし、という結果でした。そこから先には進めなかったということで、真壁さんにもう一段見ていただければ」
封入袋の中の護符を取り出した。
縦8センチほどの薄い板状で、表面に細い術式線が刻まれている。
線の一部がかすれていて判読できない箇所がある。
全体的に古びていて、触れた感触も相当に劣化しており、見た目だけでは機能を失った護符の残骸にしか見えない。
灯りを寄せて表面を確認した。
術式線の消え方が、部分によって均一でない。
密度が高い箇所と、ほとんど消えてしまった箇所がある。
通常、自然に経年劣化した護符と、何らかの使用の後に劣化した護符では消え方が違う。
だが、これがどちらなのかは、外見だけでは判断できなかった。
管理局の鑑定が追跡困難で止まったのは筋が通っている。
表面の状態だけで判断すれば、それが正しい結論になる。
腰のケースがかすかに動いた。
音ではなかった。側面から伝わる、わずかな重心のずれだった。
ケースを確認すると、幼体がかすかに動いていた。
「保護した幼体を出していいですか」
「問題ありません」
携行ケースを開き、護符の横に並べた。
浅田がケースを少し覗いた。
「前に見たときより、動きがありますね」
「回復傾向が続いています」
浅田は短く頷いて、視線を護符に戻した。
◇
ケースの中でかすかな音がした。
殻の光が淡く揺れ、幼体の頭が護符の方向へゆっくり向いた。
封印箱のときほど強い反応ではない。
それでも向いたまま止まった。
殻の縁が容器の底を一度押して、それから静かになった。
封印・術式保存系のものへの感応性は、これまでに何度か確認していた。
今回の護符は術式が死んでいるように見える。
それでも幼体が向いている。
真壁は護符に【鑑定】を向けた。
鑑定結果が出た。
――――――――――――――――――――
汚染護符(中継型)
希少度:D
状態:術式消失(機能停止)
危険度:低(機能停止のため)
推定価値:なし
術式痕:以前の回収品(品川ダンジョン近辺で確認された同系統・管理局の案件記録)と一致
構造:表層術式は消失しているが、内部に識別刻印が残存。同系統の別個体群と接続するための中継識別子として機能する設計で、単体完結型ではなく複数個体が連動して機能する前提で製造・流通されていた可能性が高い
備考:識別刻印は表層の劣化と混在しており、表層のみの鑑定では検出困難。製作・配布元が複数個体を意図的に連携させていたことを示唆する設計
――――――――――――――――――――
「同系統でした。以前の汚染護符と術式痕が一致しています。ただ、今回は以前なかった情報が残っています」
浅田が手帳を出した。
「識別刻印です。この護符は単体で完結するものではなく、同系統の別個体と接続する前提で作られています。複数個体が連動して動く設計です」
「管理局の鑑定では出なかった情報ですね」
「表層の劣化術式を確認した段階で追跡困難と判断される作りになっています。識別刻印はその下に残っていました。表層だけを見れば、先の鑑定は正しい」
「識別刻印というのは、以前の護符にもありましたか?」
「以前の鑑定では出てきませんでした。今回の護符に特有のものか、以前のものにも同じ構造があったのかはまだ分かりません」
浅田が少し書き込んでから顔を上げた。
「全体の流通規模とかわかりますか?」
「この護符だけでは出ません。単発の流出ではないということだけです。出所や流通の数は記録を当たらないと見えてきません」
幼体がケースの中でまだ護符の方を向いていた。
封印箱のときに比べると弱い反応だが、向いたまま動かない。
封印・術式保存系への感応性はこれまでに確認していたが、こういった術式痕にも同じように反応するのかもしれない。
今は断定できないが、次に機会があれば確かめられる。
「担当にも共有します」と浅田が手帳を閉じ、少し続けた。
「それと、押収元が同じだった別件護符がもう一つあります。同じ流通経路から出てきたものです。手続きが済み次第こちらに届く予定なので、到着したら改めてお願いできますか」
「連絡をもらえれば来ます」
「ありがとうございます」と浅田が頷き、手帳に何か書き加えた。
それからもう一枚の書類を出した。
「それと、仮同行個体に書類上の識別名が必要になりまして。何かあれば」
少し止まった。
考えたことがなかった。
書類上の名前が必要になるとは思っていなかった。
ケースを見た。
幼体はまだ護符の方を向いていた。
横浜の潮魔石層から来た生き物だ。
「………シオで」
浅田が仮同行管理書に「シオ(仮称)」と書き込んだ。
確認書に署名して部屋を出た。
廊下を歩きながら、少し考えた。
潮のシオ、そのままだった。
もう少し考える時間があれば別の案も出たかもしれない。
ただ、仮称なので変えることもできる。
ケースを軽く持ち直した。
中で幼体が小さく動いた。
護符の方から向きが少し変わっていた。
今日で護符の線が一つ見え、次に確認するものも決まった。
建物を出ると、空は曇ったままだった。
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