除去対象だった幼体が、仮同行になった日
翌日、俺は横浜へ向かった。
昨日の夜には浅田からは『現地で10時に』という一言だけ届いていた。
内容が内容だけに今日は配信を入れていない。
みなとみらいの駅で降りてダンジョンに向かうと、浅田とその後ろに田中が立っていた。
「昨日の続きですが、本日は現地で処理します。幼体の状態を再確認して、問題なければ仮同行扱いに切り替えます。そして鑑定結果を添付して申請を通します」
「分かりました」
その後、民間鑑定士の証明書を提示してから、3人で入場した。
◇
B5Fまで降りるのに20分ほどかかる道程だ。
ダンジョン内にこもる湿度は変わらず高い。
潮の匂いが強く感じられるダンジョンで、一般的には水系、若しくは水属性ダンジョンと呼ばれる。
壁の青緑が照明を受けて薄く光り、薄暗い一般的なダンジョンとは違って青が目立っていた。
通路の奥へ進むと、潮魔石の青白い光が次第に密度を増していった。
昨日と同じ角を曲がって、母岩の前に出る。
昨日と同じ場所に、青灰色の塊が張りついていた。
特に変わりはなく、昨日見つけたあの幼体は同じ場所にくっついている。
大きさは縦4センチほどで半透明の殻が重なって、内側にわずかな光の揺らぎが見える。
昨日は付着物だと思って見ていた。
今日は殻の形が周囲の岩盤と、別の構造をしていることがすぐに判別できる。
「気のせいか少し沈んで見えますね」
「ええ。昨日より弱ってるように感じます」
壁面に張りついたまま、ほとんど動かない。
改めて【鑑定】を向けた。
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潮晶殻獣(幼体)
希少度:S
状態:衰弱(環境変化による進行中)
危険度:低
汚染:なし
現在価値:算定困難
備考:母岩への依存状態が続いており、現環境では衰弱が進行している。
継続的な母岩環境での生存は困難と判断。一時保護・環境移行を推奨。
管理局管理下での仮同行可。無許可飼育不可
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「昨日より進んでいます。このままにしておくのは無理みたいです」
浅田がスマホを取り出した。
「一時保護申請、通します」
スマホのタップ音が通路に響いた。
申請番号が発行されて、浅田が続けた。
「鑑定結果を添付します。証明書番号を」
番号を答えると、しばらく入力が続いた。
「仮同行許可、出ました」
浅田が確認画面を向けてきた。
申請番号・許可種別・条件3点が並んでいた。
管理局への月次報告、異常時の即時通知、飼育環境の記録。
「これで持ち帰れます」
◇
俺は壁に向かった。
幼体の周囲に指先をゆっくり差し込んだ。
壁面の潮魔石層を傷めないように、殻の縁と岩盤の接触部分を確かめながら進める。
昨日より接着が弱くなっていて、少しの力で動いた。
慎重に引き剥がした。
思ったより軽かった。殻はひんやりしている。
両手に乗せると、脈というより振動に近い細かい揺れが手に伝わってきた。
弱くて、遅い揺れだった。
目のような何かは半開きで、こちらを見ているかどうか分からない。
身を守る姿勢も取っていない。ただそこにある、という状態だった。
浅田が管理局の保護容器を開いた。
半透明の硬い素材で、内側に薄い緩衝材が敷いてある。
容器の中に収めると、幼体はそのまま動かなかった。
「仮同行、成立です」
「はい」
ただ、容器の蓋が閉まったあとも、手に残った細かい揺れがしばらく消えなかった。
殻のひんやりした感触と、弱くて遅い振動。
拾ってきた素材を袋に入れたときの感覚とは、明らかに別のものだった。
◇
来た道を戻り始めた。
浅田が歩きながらスマホを確認していた。
「申請の控えと月次報告の様式は、事務所に戻ってからメールで送ります」
「お願いします」
搬入口に出る手前の通路を歩いているとき、保護容器の中の幼体が動いた。
首とも頭ともつかない部分が、わずかにだが俺のバッグの方へ向いた。
殻の内側の光が、一瞬だけ揺れる。
短い音が出た。
鳴き声というよりは、硬いものが微かにぶつかるような音だった。
何に反応したのか、俺には分からなかった。
バッグの中には回収道具と、先月拾った旧式封印筒の触媒片が入っている。
どれに反応したかは判断できない。
「今の、何ですか」
田中が容器を覗いた。
「分かりません」
そのまま出口へ向かった。
浅田はそのことについて特に言及することもなかった。
◇
自宅に戻ったのは夕方だった。
机に保護容器を下ろして容器の中をまじまじと見る。
幼体は容器の中でほとんど動かない。
殻の内側には一定した間隔で薄い光の揺らぎがある。
呼吸しているのか、それとも代謝の働きなのか、判断するための情報が今は手元にない。
翌週から月次報告の義務が始まり、飼育環境の記録もある。
「ちゃんと成長してくれよ…」
俺の言葉に反応したのか、容器の中の幼体がごくわずかに動いた気がした。
だが、次の瞬間には止まっていた。
真壁「こいつ何食べるんだろ…野菜とかかな…」




