みんなが踏んで通り過ぎた石が、40万円だった
翌朝から業者回りを始めた。
最初に馴染みの魔石専門店に紅魔石を持ち込んだ。
担当者が受け取るなりルーペを取り出して、しばらく無言で見ていた。
「どこで手に入れましたか」
「ダンジョンで拾った袋の中に入っていました」
「……袋の中に」
少し間があった。
「268,000円でいかがでしょうか。純度と保存状態が揃っている上位種は滅多に出ないので」
「お願いします」
続いて銀魔合金製の腕輪を装備買取の業者へ、旧式術式書を古物商へ持ち込んだ。
腕輪が65,000円、術式書が18,000円だった。
3点合わせて351,000円になった。
ボロ袋の中身が35万円を超えた。
次元収納袋そのものは劣化が進んでいて売却は難しかったが、入っていたものだけでこの数字である。
◇
近所のコンビニに寄って、缶コーヒーを1本買うと外のベンチに座って、特に何もせずに飲んだ。
最近、動き続けていた気がする。
管理局の手続き、依頼の初仕事、配信、業者回り。
立ち止まる間がなかった。
缶が空になるまでの五分くらい、何も考えない。
それだけでいい時間だった。
◇
夜、19回目の配信を始めた。
登録者は11,430人になっていた。
入口に近づいたとき、入口の外に人が数人いるのに気がついた。
探索者の装備をしていない。
スマホを出して、こちらに向けているような動きがある。
フードを深めに被り直して、入口に入った。
受付で手続きを済ませていると、中年スタッフが通り過ぎるさいに小声で語りかける。
「さっきから2、3人うろついてる。配信ファンか正体特定かは分からんが」
「見えてました」
「まあ、今のところ中には入れてない」
それだけで足を止めずに立ち去った。
そして俺は配信準備を済まし、配信を開始する。
「お疲れ様です。今日はB4Fを丁寧に回ります」
『いつもありがとう』
『今日も楽しみにしてた』
『外に人いた?』
「少しいましたね。配信見てくれてる人かもしれないので、問題ないと思います」
B4Fに入った。
今夜は確認ペースを落として、一区画ずつ丁寧に見ていく。
照明の届きにくい壁際、通路の折れ曲がり、段差の下。
探索者の多い上層では、こういう場所に素通りされたものが残っている。
40分ほど進んだとき、通路の真ん中に石が落ちていた。
拳よりひとまわり大きい、灰色の石だ。
つるっとしていて、表面に凹凸がない。
一見すると何の変哲もなく、実際に何人かが踏んで通り過ぎた跡がついている。
だがほんの少しだけ違和感があり立ち止まった。
これまでの経験上、こういうものが意外と化けたりすることが多い。
「拾ってみます」
手に取ると、ずしりとした重みがあった。
見た目のわりに密度が高い。
【鑑定】を向けた。
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魔力自然結晶(完全体)
希少度:A
推定価値:32万〜40万円
備考:ダンジョン内の魔力環境が長期間かけて自然に結晶化したもの
人工的な精製や加工の工程を経ておらず、完全体に達した状態
外見から価値を判断することは困難で、発見されずに踏まれ続けるケースが多い
完全体は数年に一度の発生頻度とされる希少素材
推奨:魔石専門業者または高額取引可能な買取業者への持ち込み
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「……32万〜40万円です」
コメントが止まった。
「見た目はただの石ですが、ダンジョンの魔力が何年もかけて固まったものらしいです。人工で作れないので、自然に出てくるのを待つしかない素材みたいです」
『踏んでた石が40万?』
『何年もかけて?』
『それ全員踏んで通り過ぎてた』
「足跡がついてますね。何人かに踏まれてます」
『普通の人間にはぜったいに分からないぞそれ』
『回収屋の目がないと一生発見されなかった』
『拾ってくれてありがとうって石が思ってる』
最後のコメントで笑いそうになった。
こらえながら袋にしまう。
◇
配信を閉じると視聴者は12,900人を超えていた。
登録者も配信中に300人近く増えていた。最近のどの回よりも伸びが大きい。
ダンジョンの外に出ると、さっきの人影はいなくなっていた。
深夜になって引き上げたのか、別の目的だったのか。
帰り道、榊からメッセージが届いていた。
『ずっと前から言ってたコラボの件なんですが、そろそろどうでしょうか。条件は何でもいいです。顔出しなし、音声だけ、フードのまま、テーマも自由です。一緒に配信するというより、俺の配信にゲストで来てもらうイメージで』
少し考えた。
今まで断り続けていたのは、注目が広がるほど正体特定が早まると思っていたからだ。
ただ、業界メディアに記事が出て民間鑑定士の登録もした今、注目はもう勝手に動き出している。
顔を出さず声だけ、内容も事前に確認できるなら、これ以上崩れる範囲は限られる。
俺は榊にスマホで返信した。
『声だけ、フードのまま、事前に内容を確認できるなら』
少し待つと、返信が来た。
『もちろんです。日程調整しましょう』
次回、あの榊さんと初コラボ!(作者注:決して忘れていたわけではない。決して…)




