名取芽衣
会議はそこで終わることはなく、議題はすぐに今後の警備へ移った。
開会式は終わった。
しかし、WEG東京はまだ始まったばかりである。
競技は続く。
そして各国選手団もそれに合わせて動き、観客は競技を観るために会場へ集まる。
配信も、報道も、全てが止まらない。
ならば、神父側が次に仕掛けてくる可能性もある。
「真壁さんには、予定通りのスケジュールをこなしていただきます」
瀬尾が説明を引き継いだ。
「ただし、警備体制は昨日までと変えます。見える護衛に加え、見えない位置で八咫烏の精鋭チームが身辺警護に入ります」
「俺の移動だけで、そこまで人を動かす状況なんですね」
「はい。観客はもちろん、選手や報道関係者に不安を与えない範囲で、既にかなり厚くしています」
支援チームの担当者が補足した。
「表の護衛チームとも連携します。八咫烏から一名、表の護衛班へ入ってもらうことになりました」
「もう普段の護衛というより、国家案件の移動ですね」
俺の言葉に周囲は「何をいまさらこいつは言っているんだ?」的な表情を見せた。
「えー、真壁さん、後ほど競技会場で紹介します」
昨日のことを考えれば、ありがたい話だった。
ありがたい話なのだが、八咫烏という単語が出るだけで、どうしてもあの3人のキャラの濃さが頭をよぎる。
普通の人が来るのだろうか。
いや、そもそも八咫烏に普通の人はいるのだろうか。
俺がそんなことを考えているうちに、会議は終了した。
そこから先は、ほとんど移動だった。
支援チームの車両で、有明WEGセンターから東京ダンジョン・有明臨海ゲートへ向かう。
車窓の外には、まだ開会式の余韻を引きずった人の流れがあった。
駅前の大型ビジョンでは、昨夜の光の屑現象が繰り返し流れている。
俺は、その映像を見るたびに背中がむずむずした。
自分とシオが関わったことであの規模で世界中のニュースになるとは、正直言って実感が追いつかない。
『りょう きらきら』
「俺をお星さま扱いにしないでくれ」
『しおも きらきら』
「たしかに…シオはいつもきらきらだな」
◇
そして俺らは東京ダンジョン・有明臨海ゲートに到着した。
ここから観客ゾーンは遠くだが見渡せており、午前のセッションが終わったのか人が大量に会場から出ていた。
「もう午前中のセッションは終わりなんですね」
「……そうですね。この後の午後セッションに向けた、観客入れ替え中みたいですね」
選手、運営、報道、観客の導線は、それぞれ別の色と案内板で分けられていた。
警備員と誘導スタッフが、入れ替わる人の流れを絶えず整えている。
本日の公式配信枠は、踏破部門。
迷宮踏破・階層降下タイムアタック。
各国代表チームが、WEG用に調整されたダンジョンコースへ入り、指定階層までの到達時間と安全評価を競う。
罠の解除、魔物への対応、分岐判断、魔力霧への対策。
単純な速さだけでなく、探索者としての総合力が見られる競技だった。
真壁が案内された控室には、すでに配信チームが集まっていた。
壁面モニターには、コース全体の簡略図が表示されている。
テーブルの上には、選手名簿、競技ルール、非公開情報の扱いに関する注意書きが並んでいた。
「真壁さん、本日の流れを確認します」
配信チームのスタッフが、端末を操作しながら説明する。
「基本は、公式実況、解説者、真壁さんの鑑定補助コメントの三段構成です。選手の個人情報、非公開スキル、救護導線、競技用の安全装置については、こちらから振らない限り触れないでください」
「分かりました」
「……特になんですけど、鑑定で見えるものがあっても、公開すると選手側の不利益になる情報は絶対に、絶対にですよ? 絶対に控えてください。これはフリじゃないですからね??」
「…………分かりました」
「ただし、罠の構造、判断の良し悪し、素材選択、隊列の動きなど、競技の面白さにつながる情報は歓迎します。が、1ミリでも迷ったら絶対に口走らないでください。あ、とかもダメですよ? いいですね?」
絶対にこいつやらかすぞ、そういう意図をもって念入りに釘を刺されて、俺は黙って頷いた。
(俺が絶対にやらかすと思っている…解せぬ…)
『わくわく フラグ たった』
「……立ってません」
俺はシオの熱い期待にはぜったいに応えないぞ、と心に決めて資料をもう一度見直した。
そしてモニターなどを使って会場内を見て行くと、ちょうど会場からは観客が全員退場しており、次の準備にスタッフが取り掛かっていた。
昨日の開会式とは、違った緊張がここを含めて張り詰めている。
「…気を入れ直すぞ」
俺は配信本番を無事に事故なく終える、そう心に決めて再度本日の流れを確認する。
「……台本の密度がぜんぜん違うな…これ俺にできるのだろうか…」
普段の配信と言えば、落ちているごみを拾って鑑定にかけるしかしてこなかった俺だ。
いつの間にか台本というものを渡されて、そして生配信を世界中に届けるようになるとは誰が想像していただろうか。
「……随分と遠くに来たもんだなぁ」
あの時の配信が無性に恋しくなる。
(このWEG東京終わったら、鑑定配信再開しようかな)
俺がそんなことを考えていた時、控室のドアが開いた。
「ご無沙汰してます、真壁さん」
入ってきたのは、あの相馬だった。
ダンジョンTube所属のディレクターで、何度か現場を一緒にしている。
WEG東京の公式配信チームにも、今日から合流するらしい。
「こちらこそご無沙汰しています、相馬さん」
「本当は7月から合流する予定だったんですけど、色々あってちょっと遅れました。すいません」
「そうなんですね。でも初日に間に合ったんですし、良かったじゃないですか」
「本当にその通りですよ。真壁さんの刺激的な配信に携われて嬉しいです!」
「……今日は普通に、何事もなく行きますよ?」
「ははは」
(絶対に信じてないな、こいつ)
『ははは』
「おまっ! シオまでっ!」
「しかし開会式の映像、真壁さんも現地で見たんですよね? あれ世界中で回っていますよ。うちの社内チャットも朝から光の屑対応でてんてこ舞いです」
「………たしかにすごかったです」
「まさかあれも真壁さんたちが?」
相馬が冗談っぽく聞いてくる。
「……そんなわけないじゃないですか」
俺の返答に何か異変を察知したのか、相馬の顔がスンっと表情が抜けていった。
「……えっ? マジですか?? いやぁ…確かにあれは間違いなく真壁案件でしょうけど……」
「真壁案件って……俺は何も言ってないですけど…」
相馬は資料を抱えたまま、苦笑した。
「ま、まぁ、今日は何事もなく進めましょう」
それから控室では、最後の確認が続いた。
◇
競技開始まで、まだ少し時間がある。
シオを見ると午前よりも大分回復しているせいか、動きが出てきていた。
俺はシオ用の小さなゼリーを開けた。
シオはそれを見るや触手でゼリーを包み、ゆっくり吸い込む。
『しお じゅうでん』
「本当に充電みたいだな」
『りょうも じゅうでん』
「俺は水でいい」
そう言ったところで、控室のドアがノックされた。
支援チームの担当者が応じる。
入ってきたのは、見慣れない女性だった。
年齢は20代後半くらい。
黒髪を高い位置でポニーテールにまとめ、すっとした目元と整った姿勢が印象に残る。
華やかな雰囲気があるのに、何となく探索者の雰囲気を俺は無意識に感じ取っていた。
(ただのスタッフじゃない?)
タイトなジャケットから、胸元だけ少し窮屈そうに見えた。
俺はいかん、いかん、と慌てて視線をアクレディテーションカードの位置へ戻す。
そんな俺にお構いなく、その女性は俺の前まで来て足を止めた。
「真壁さんですね、初めまして」
柔らかい雰囲気を見せているのに、俺は何故か針で刺されたかのような鋭さを体で感じていた。
「八咫烏所属、名取芽依です。本日から、真壁さんの近接護衛に入ります」
読んでいただきありがとうございます。
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