今宵はこれにて…
作者よりお知らせです。
カクヨムの方でサポーター専用のSSS第10話目『御厨澪は、真壁遼を測れない』を近況ノート更新しました!
カクヨムの方ではストーリー進行が遅いですが、専用エピソードを近況ノートの方に掲載していますので、興味ありましたら是非のぞいてみてください(サポーターズパスポート加入などが必要になります)
スタジアムの屋根上では、別の空気が血の匂いに混じって流れていた。
花火の音が下から響いている。
観客の歓声も聞こえる。
だが、屋根の上にいる者たちは、誰もそちらを見ていなかった。
神父は、屋根の中央に立っている。
右腕は戻っており、肘から先を切り落とされたはずの腕は、何事もなかったように祭服の袖から伸びていた。
ただ、袖口には薄い切れ目が残っている。
時間を巻き戻しても、布地の一部には変な歪みが残っていた。
服部が長刀を構える。
ことねが少し離れた位置で拳を握る。
東雲は魔導書を開いたまま、神父の退路を塞ごうと周辺に指示を出す。
周囲には八咫烏の封鎖拘束班もいる。
屋根の端、設備塔の陰、照明架台の上。
逃げ道は、ほとんど潰されていた。
「おい神父、もう逃げられないぞ?」
ことねが高らかに宣言するかのように言い放つ。
「ふふふ。そう見えるでしょうね」
「そう見えるじゃなくて、そうしてんだよ」
服部が一歩前へ出る。
東雲が魔法起動に入る。
「拘束します。封鎖班、拘束術式展開。三方固定でいいです。後は私がカバーに入り…」
東雲の指示が終わる直前だった。
空から、言い知れぬ重い圧が周辺に降りかかる。
その場にいる全員は上空に視線を向けた。
「なんだっ?!」
「何か…いるぞ」
「………出現しますっ!」
夜の暗がりの中でもはっきりとわかる位に空間が歪む。
そしてそこから巨大な影が浮かび上がった。
最初は、鮫に見えた。
ただ、海にいる鮫のサイズではない。
胴体は大型バスより大きく、背びれの周囲には黒い星屑のような魔力光がまとわりついている。
尾びれが空を打つたび、屋根上の魔力が波のように揺れた。
その背に、男が立っていた。
無精髭を生やした、黒系の袖無しコートを着て、背中には細長い金属ケースを携えている。
神父が、ようやく少しだけ顔を上げた。
「ようやくですか。迎えが遅いですね」
「パイセンすいませんっす。ちょっと道が混んでて……」
「……お仕置きが足りませんでしたかね」
神父はおどけるように首を傾げる。
「……勘弁してください。この警戒の中で、さらにあんなよく分からん加護を振りまかれたっすよ? こっちは隠れるだけで精一杯っす」
「まあいいでしょう。状況が状況でしたからね」
服部が舌打ちした。
「なんだあの魔物は……深層種か」
東雲の表情が硬くなる。
「あれは……一度だけ見たことがあります。おそらく…【星喰航鮫】、深層遊泳種です」
魔導書を持つ手に力がかかる。
「深層の高濃度魔力層を泳ぐ個体で、通常は地上に出られる魔物ではありません」
「だが、東雲…現にこうして地上の空を泳いでるぞ…」
「そこは…わかりません。少なくとも幻術の類ではないことだけは確かです」
ことねが顔をしかめた。
「…あんな魔物を地上でタクシー代わりかよ」
星喰航鮫が屋根の上を旋回する。
そのたび、封鎖拘束班が準備していた結界が軋む。
結界はまだ発動前だが、この旋回する魔力の余波で起動が覚束なくなっていた。
その時、ことねが踏み込もうとする。
「…ことね」
東雲が静止させた。
「……逃がす気かよ」
「そんな気はさらさらありません。ですが…場所が悪すぎる」
東雲はそう言うと、観客席に目を向けた。
「8万人規模の観客席の真上です。あれが暴れれば、屋根だけでは到底済みません」
神父が、一歩下がる。
星喰航鮫の背から伸びた黒い魔力で出来たロープ状の何かが、神父の足元へ届いていた。
「ここで戦うのもいいですが、お互いただではすみませんよ」
「……お互い、ね。だがここで大きな被害が出てもお前を拘束できるのなら、それはコスパ的に優れている、そうは思わんか?」
服部の言葉に神父は笑みを浮かべた。
「そこまで高く評価していただけるとは、まさに光栄の極み」
「パイセン、早く掴んでくださいっす。こいつ暴れたくってうずうずしてて制御厳しいっすよ」
神父は魔力で出来たロープを掴んだ。
「……ですが、今宵はこれにて失礼します」
「……ちっ」
服部は舌打ちした。
「あ、そうそう。真壁さんに伝言をお願いできますか?」
「あぁ?!」
ことねはイラついた表情を見せる。
「次回はもっと入念に準備してから伺います、と」
星喰航鮫の尾びれが、夜の空を打った。
屋根上の魔力が大きくうねる。
次の瞬間、巨大な影は、夜の陰へ沈むように離れていった。
服部は見送るだけで追わなかった。
東雲も魔導書を閉じていない。
ことねも、拳を握ったまま黙っている。
数秒後、東雲が小さく息を吐いた。
「さすがに開会式の観客を人質に取られた状況では無理でしょう」
「あいつら、あんな隠し玉もってたんか…くそっ」
服部は納刀して、ようやく警戒を解いた。
「そう不貞腐れるな、ことね。まあ、今回はこちらもやられっぱなし、というわけじゃないしな」
「そうですね。今回も真壁さんに感謝、ってことでしょうかね」
「小僧が半分、残りはあの女だろ?」
ことねはそう言うと、スタジアムの下へ視線を向けた。
ちょうど、グランドフィナーレの花火が上がったところだった。
夜空に大きな花が開く。
観客席から、最後の歓声が沸き上がる。
ことねはそれを見て、そして闇夜を見上げた。
「ウチらはしつこいぞ、くそ神父」
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