When You Wish Upon a Star?③
俺とシオは、スタジアムの上空にいた。
高さは、たぶん50メートルを優に超えている。
アリーナの屋根よりも上で、シオの触手が俺の胴体を固定してはいるが、光の屑を吐き出し始めてから何故か宙に浮いたままだった。
「お、おい……なんで俺は宙に浮いているんだ……」
『きにすんな』
俺はシオを見ると、視界にアリーナの状況が一緒になって飛び込んでくる。
まるで雪のように全面的に振り落ちる光の屑は、積もることはなく、ただただ光り輝いて消える。
そしてその光の屑発生源である俺たちはフィールド中央の真上で、シオの指揮棒と魔導書、宝珠が光をそれぞれ光の屑を生成し、そして吐き出し続けている。
光の屑は最初は雪みたいに見えた。
だが、その量が圧倒的に違う。
上空から大量の紙片をばら撒いた時のように、光が面になって広がり、俺たちの姿まで隠し始めていた。
「……なんか、大量のチラシを上空からばら撒いている気分だな」
『おい』
シオが即、突っ込んできた。
「いつの間につっこみを覚えてきたんだ……」
『ひび せいちょう』
「………」
ただ、冗談を言えるような状況にまでなっているということは、さっきと比べるとかなり状況は改善の方向に進んでいた。
俺は、目の前を流れていく光の屑へ意識を向けた。
ひとつひとつは、爪の先より小さい。
けれど、そこに含まれる反応は薄くない。
鑑定を通す。
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対象:光の屑
分類:世界への祝福
性質:邪を祓う神聖なる光の恩恵
発生源:光聖の指揮棒/光聖の魔導書/光聖の宝珠
効果範囲:接触対象の闇属性反応、呪詛反応、魂魄偽装層への浄化干渉
備考:対象本人の魂魄反応を損傷させず、外部付与された邪性のみを洗い流す
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邪を祓う神聖なる光の恩恵。
字面だけ見ると、大変ありがたいお守りみたいな言葉だ。
光の屑がスタジアム内へ降り注ぐたび、壁や床や座席に残っていた細い呪詛反応が削れていく。
薄い汚れを拭き取るというより、染み込んだものを内側から浮かせて消している。
そして、闇の加護を仕込まれていたパフォーマーたちにも、それは届いていた。
胸の奥に張り付いていた黒い反応が、光に触れた場所からほどける。
強制的に引きはがすのではない。
黒い膜の中へ光が入り、膜そのものを別のものへ変えていく。
目の前で起きているこれは、圧倒的な祝福による力ずくの浄化だった。
「どれだけ聖なる力が込められてるんだ、この光の屑は……」
俺の声は、歓声と音楽に混ざって消えた。
◇
下のアリーナでは、パフォーマーたちが途中で動きを止めかけている。
胸元に浮かんだ紋章を見て、隣のパフォーマーと顔を見合わせ、それから観客席へ向き直った。
観客席の反応は、もっと分かりやすかった。
最初は驚きの声があり、次に、スマホを掲げる人が増える。
そのあと、あちこちから拍手が起きた。
照明が光の屑を拾い、青や赤や白の反射がアリーナ全体へ散る。
上から見ても、スタジアムの内側が丸ごと発光しているように見えた。
これはあとで共有された公式配信ログの話だが、コメント欄もほとんど同じだったらしい。
『なにこれ開会式やばい』
『光の雪きれいすぎる』
『現地民うらやましすぎる』
『一生忘れないな、これは』
『演出なら金かかりすぎだろ』
『WEG東京、開幕から伝説』
『胸のマークまで演出なの?』
『開会式で泣くと思わなかった』
内側へ降り注いでいた光の流れの一部が、いつの間にか今度は上へ向かっていた。
雪が逆流するみたいに光の屑が空へ駆け上がっていき、スタジアムの屋根を越えた光は、空の高いところで広がる。
今日は珍しく雲一つない晴れ渡った夜だった。
無数の星屑が空に広がり、そこからまた細かい光の屑がまるで帯のように、四方八方へと拡散されていく。
光の屑は、もうスタジアムの中だけに降っていなかった。
屋根の外へあふれた光が、海側と都心側へ細く伸びていく。
「この光の屑がスタジアム外にも流れていくぞ」
俺は、屋根の向こうへ伸びる光の筋を追った。
シオから立ち昇る膨大な光の屑は速度を増して、そして勢いよく拡散されていく様子を見て、俺は生唾を思わず飲み込んだ。
「……これ、どこまで拡散していくんだ」
『せかいじゅう?』
「……マジで?? 嘘だろ?」
俺の願いが世界に届く。
あまりにも現実感のないこの光景に、俺は言葉を失っていく。
シオの殻がいつにも増して激しく輝いている。
指揮棒はまだ光っており、魔導書も開いたままだ。
宝珠からは、脈打つような光が出ている。
そしてその光から大量の聖なる属性を帯びた光の屑を、世界中にばら撒いて行く。
シオも恐らく止める方法が分からないんだと思う。
ただ、あの願いに従ってスキル発動されているようなものだと思う。
「……世界に幸あれ、か」
眼下のスタジアムでは、観客が光へ手を伸ばしている。
子どもも、大人も、各国の関係者も、スタッフも、パフォーマーも。
光の屑が手のひらに触れるたび、そこだけ淡く光る。
胸の前に、薄い紋章が浮かぶ人もいた。
誰も、紋章が何を示すのかは知らない。
ただ、怖がってはいなかった。
むしろ喜んで受け入れていた。
『きれい』
「そうだな。とても美しい光景だ…」
◇
特別ラウンジの中では、誰も動いていなかった。
特務隊員は銃口を向けた姿勢のまま止まっている。
支援チーム職員は端末へ手を伸ばしたところで固まっていた。
割れた窓から入り込んだ光の屑だけが、室内を漂っている。
その中で、神父だけが床につけていた片膝を上げた。
さっきまで両手を上げていた男が動いているのに、誰も反応しない。
止めようともしない。
室内の時間だけが、外と切り離されていた。
神父は、窓の外を見る。
アリーナの上空は、光の屑で埋まっている。
真壁とシオの姿は、もう直接は見えない。
それでも、そこにいることは分かるのだろう。
神父の顔は、光の奥へ向いたままだった。
「………賭けは真壁さん、あなたの勝ちです」
神父はこの光景を落ち着いて見ていた。
「宣言通り、日本からは手を引きます。ですが……」
神父は、黒い祭服の内側へ手を入れた。
取り出したのは、黒一色のリボルバー拳銃だった。
金属の黒ではない。
塗装の黒でもない。
光を吸うような純然たる黒をその身に宿していた。
銃身、グリップ、撃鉄、そのすべてに細い呪詛の線が巻き付いている。
光の屑が近づくと、銃の表面だけが拒むように反応した。
リボルバー拳銃の外装には、何重にも細い布製のテープが巻きつけられており、その表面には何か刻印が刻まれていた。
それを雑に取り払うと、リボルバー拳銃表面に刻んでいる呪詛が活発に動き始めた。
神父の指が触れている部分から、皮膚へ黒い筋が伸びる。
普通の人間なら、持っているだけで呪詛侵食される。
それでも神父は、表情を変えなかった。
シリンダーを開く。
弾は6発。
どれも異常なまでに黒い。
弾頭の先に、文字のような細い傷が入っている。
祈りの文にも見えるし、呪いの刻印にも見えた。
神父は、1発ずつ確認してから、シリンダーを戻した。
光の屑が何度も銃へ触れる。
そのたび、白い火花が散った。
だが、黒い銃はその黒さを維持したままだった。
「特級呪物、天罰装填【黒禍六葬】」
神父は右手で銃を構えた。
狙いは、窓の外。
厚く覆われた光の屑のさらに奥。
そう、真壁がいる場所だった。
「……ですが、真壁さん」
神父の指が、引き金へかかる。
「あなたの命だけはここで回収させて頂きます」
時が止まった室内で、光の屑だけが漂っていた。
「あなたは……世界にとって危険すぎる」
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