When You Wish Upon a Star?②
『おくりもの』
まったく説明になっていない。
だが、シオに問い返す前に、声が届いた。
『……この高みに登りしものよ』
男とも女とも言い切れない声だった。
耳元で聞こえているのに、頭の中に直接響いているようでもある。
『何を願う? 何を望む?』
何を願って、何を望む??
いきなりの問いかけに俺はシオを見た。
だがシオは俺を見るだけで、何も答え無い。
それに今の俺にはそんなもの、考える余裕はなかった。
今、シオに吊られてアリーナの上空にいる。
真下には、闇の加護を仕込まれたパフォーマーがいる。
観客席には、何万人もの人がいる。
俺はどう、したい?
どういう結末を望む?
自然と出た言葉は、とても単純だった。
「……今ここにいる全員に祝福を」
声がうわずる。
「……闇にも負けない、光の祝福を」
白黒の世界で、シオの殻だけが強く光った。
『ならば、願え』
声が告げる。
『星に願いを』
俺はシオを見た。
シオも俺を見ていた。
丸い目が、こっちを向いている。
たぶん、俺が言うのを待っている。
ああ……もう…
こういう大声を出す役は、俺じゃなくて、この世界の主役様だろう?
でも、今は俺とシオしかいない。
白黒の世界が、ほんの少しだけ揺れた。
俺はアリーナの中央上空で、思い切り息を吸いこんだ。
そして、大声で叫ぶ。
「ほ、星に願いを!」
出だしで噛みかけた。
「…闇に負けない、光の祝福を!!」
シオの光聖の指揮棒が、強く光る。
魔導書のページが開き、黄金の文字が高速で流れていく。
宝珠が1つ、2つ、4つへ増え、俺たちの周囲を回った。
「この素晴らしき世界に、大いなる祝福を!!!」
叫んだ瞬間、色が戻った。
音も戻る。
観客の歓声と開会式の音楽、遠くのアナウンスが、一気に押し寄せてきた。
そして、俺たちの周りから光の屑があふれた。
細かい光の粒が、星の欠片みたいに砕けながら、アリーナ上空へ広がっていく。
指揮棒、魔導書、宝珠、そしてシオの殻の奥から、光が次々にこぼれた。
光の屑は、風に流される前に増え続ける。
ひと粒、ひと粒が小さく瞬き、会場の照明を飲み込むように広がっていった。
◇
最初に気付いたのは、フィールドに近い観客だった。
手元に、白い粒が落ちた。
「雪?」
9月の東京で雪が降るわけがない。
それでも、その言葉が一番近かった。
手の甲に落ちた光の粒は、水のようには消えない。
皮膚の上で一度だけ淡く光り、すぐに細かくほどける。
「なにこれ」
「光ってる」
「上、上見て!」
観客席のあちこちで、顔が上がった。
アリーナの上空には、光の屑が濁流のように広がっていた。
天井照明よりも高い位置で生まれ、円を描きながら会場全体へ降っている。
スマホを掲げる人がいた。
隣の人の肩を叩く人がいた。
立ち上がろうとして、係員に止められる人もいた。
それでも、誰も怒鳴らない。
悲鳴も上がらない。
ただ、上を見ていた。
光の屑は、観客の手元、肩、膝の上のパンフレット、ドリンクホルダー、通路の手すりに落ちていく。
落ちた場所が、一瞬だけ淡く光る。
「これ、触れても平気?」
「なんか、安心する光だな」
「すごい。これ開会式の演出?」
『なにこれ』
『雪?』
『光の雪降ってる』
『開会式すごすぎる』
『東京やばい』
『WEG本気出しすぎだろ』
『これCGじゃないよな?』
『現地だけど手に落ちた』
『光ってるんだけど』
『演出どうなってんの?』
公式配信のカメラは、アリーナ上空を追った。
カメラマンの肩にも光の粒が落ち、淡く光る。
「これは…なんだ…なんか温かい」
映像の中では、止まることのない大量の光の屑がフィールドへ降りていく。
パフォーマーたちも、動きを止めかけていた。
演目の途中であり、本来ならここで中央へ向かって次のフォーメーションを作るはずだった。
だが、頭上から降る光に、何人かが上を見た。
振り付けとして用意された動きではない。
それでも、観客席からは演出の一部に見えている。
光の屑は、彼らの肩にも、腕にも、衣装にも落ちた。
そして、その中で闇の加護に侵された者たちの周囲で、光が一段強くなった。
本人たちは、まだ何も知らない。
自分の魂魄の近くに、闇属性の加護が侵食していることも。
それが開会式の進行に合わせて出力を上げようとしていることも。
何も知らないまま、光を浴びた。
闇の加護は急に反応を見せる。
魂魄へ絡んでいた呪いに近い線が、光の屑がパフォーマーの体に落ちる度に、一本ずつほどけていく。
闇の加護が、人から剥がれていく。
光の屑は、闇の加護だけに狙いを定め、そして中和していった。
そして完了とばかりにパフォーマーの胸の前に、淡い紋章が浮かぶ。
続いて、観客席にも同じ紋章が浮かび始めた。
シオが前に加護として与えた、あの光聖の紋章。
邪を祓いのけ、大いなる祝福を与える偉大な力。
もちろん、観客はそんなことを知らない。
「胸の前、なんか出てる!」
「え、俺も?」
「これ全員?」
「すごい。消えない」
紋章は、数秒だけ胸の前で淡く光った。
その後、光の粒になってほどけ、服の上に薄い残光だけを残す。
観客席の波が、ざわめきに変わっていく。
ざわめきは、すぐに歓声へ変わった。
開会式の音楽に、観客の拍手が重なる。
誰かが立ち上がって手を振った。
隣の人も、前の列の人も、同じように手を伸ばす。
空から降る光の屑を、受け止めようとしていた。
◇
開会式運営本部では、誰もすぐには声を出せなかった。
モニターには、アリーナ上空から降る光の屑が映っている。
別の画面には、観客席の紋章反応。
さらに別の画面には、公式配信のコメント数が跳ね上がっているグラフが出ていた。
「……こんなの、台本にないぞ」
男性スタッフが、手元の進行台本を見た。
ページには、次の照明切り替えと音楽キューが書かれている。
光の屑も、胸の前に浮かぶ紋章も、どこにもない。
「…どうしますか? ここで停止は難しいかと」
別のスタッフが確認する。
だが、誰も即答しない。
観客は混乱どころか盛り上がる一方だ。
そして演出自体も滞っているわけでは無い。
たしかにパフォーマーも、ボランティアも戸惑ってはいるものの、進行自体は進んでいる。
女性スタッフが、モニターから目を外し、窓ガラス越しに見上げた。
「とても、とても、素敵な光景です」
その声は小さかった。
だが、周囲の何人かがそれを聞くと同時に窓ガラス越しにアリーナを見た。
観客席で手を伸ばす子ども。
光を受けて立ち尽くす海外チームの関係者。
胸元の紋章を見て、笑っている観客。
「……各所に連絡を。これは大会演出である、開会式を予定通り続行せよ、と」
その言葉に部屋内にいる全スタッフが振り向いた。
「……わかりました。各局に伝達します!」
その言葉に周囲のスタッフは慌てて、インカム後して指示を発信していく。
『開会式運営本部より、これは予定の演出である。繰り返す…』
『映像チームはそのまま進行台本通りに進めてください!』
『次のキューで音楽いきます!!』
『アリーナチーム、聞こえますか?!』
「公式配信は、そのまま引きで撮ってください。実況には、大会演出です、とだけ」
「了解」
「忙しくなるぞ!! みんな、巻きでいくぞっ!」
スタッフたちが一斉に動き始める。
手元の端末を操作しながらも、何度もモニターを確認していた。
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