光と加護の開会式⑥
「では、賭けは成立ですね」
神父の声が、割れた窓の向こうから流れ込む歓声に混ざった。
俺は神父から目を離し、ラウンジの窓際へ寄った。
特務隊の隊員が一歩動く。
「真壁さん、窓際は危険です」
「分かっています。でも、ここからじゃないと見えません」
さっき蹴り破られたガラスの端が、床の照明を受けて細かく光っている。
防音の役目をしていた厚いガラスが一部抜けたせいで、アリーナの音がそのまま部屋へ入ってきていた。
音楽と司会の声と観客の拍手が重なり、何万人もの人間が、今もそれを開会式の演出として受け取っている。
俺は割れた窓のそばから、フィールド全体を見下ろした。
「……こわっ」
中央の塔はまだ光を浴びている。
その周囲では、次の演出に入るためのパフォーマーたちが動き始めていた。
衣装の色も、隊列も、動きも、遠目には何も違和感は感じられない。
見た目におかしいものなら、とっくに誰かが止めている。
そして俺は観客席に目を向けた。
「……違和感は…ないか」
全体に薄く違和感だけを引っ掛けるように鑑定をかけてみるものの、何も引っかかってはこない。
「流石にもう少し絞らないと無理、か」
俺は今一度、神父とのやり取りを脳内に引っ張り出す。
そして少しだけ振り返ると神父は両手を軽く手をあげつつ、笑みを浮かべた。
「真壁さん。あなたに与えられた時間はそう残ってはいないですよ」
神父はそう言うと、くくく、と笑った。
挑発には乗らない。
だが、神父の言葉は本当だと思う。
あの神父は適当なことは言わない。
全ての言葉に意味を持たせる、そんなイメージが俺の中にあった。
(……ヒント、か)
神父は俺にヒントはここまで、と言い切った。
ということはあの会話の中にヒントが確実にある、そういうことだ。
話していて分かったことがある。
それはあの神父は、誰にでも公平だ、ということだ。
そして自分が決めた規則は確実に守り、そして筋だけは通す。
だから、さっきの話にたどり着くヒントがある。
(あいつなんて言ってたっけ…計画の修正、規模の縮小、闇属性、そして闇の加護…)
俺はそこで何か引っかかるものを覚える。
(あれ? あの時俺はなにか考えたような……8万人近い人がここに来て…それで…闇の加護がその人たちに届いたら…)
俺は振り向いて神父を睨みつけた。
そしてもう一度観客席に目を向けた、
闇属性そのものではなく、闇の加護。
その時、シオの里帰りの光景が浮かんだ。
横浜の潮魔石母岩の前で、シオが光聖の指揮棒を振った時のことだ。
あの時、シオは聖なる加護を与えた。
邪なものを遠ざける、短い時間の僅かな願い、そして庇護。
人や場所に、守りとして恩恵を付与するものだった。
加護が向かう先は、塔でも、機材でも、照明でもない。
人だ。
俺は振り向いてもう一度神父を睨みつけた。
そして再度、観客席に目を向けた、
加護に狙いを絞って目に見える全域に鑑定スキルを発動した。
そしてある違和感を捉えた。
「…パフォーマーか」
呟いた瞬間、シオが肩の上で殻を小さく鳴らした。
そして俺はパフォーマーたちへ鑑定を通す。
最初の表示は、何もなかった。
名前も所属も、登録情報も、開会式用の演出参加者として何もおかしな箇所はない。
衣装に仕込まれた術式反応も、演出用の範囲内だ。
普通の鑑定士なら、ここで異常なしと判断する。
俺だって、数か月前なら見落としていたかもしれない。
でも、前島の偽装を見た。
WEG有明オフィスで、部屋単位の偽装反応を拾った。
会長に化けた神父の魂魄術式も見た。
この違和感は巧妙なまでに隠されている、そう直感した俺は魂魄情報に狙いを定めて再度鑑定を深く通した。
握っていた手に汗がにじんだ。
「……いた」
俺はもう一段深く見る。
今捉えたのは魂魄偽装であったが、前と比べて薄い膜のように見えた。
ただし、前に見たものよりずっと丁寧に術式が編まれている。
俺は神父を見た。
神父は、こちらを見ていた。
拘束班に囲まれ、銃口を向けられたまま、口角だけを吊り上げる。
「隠し玉は、最後の最後に使うものです」
その一言で、確信した。
俺はパフォーマーたちへ視線を戻す。
偽装層の下へ鑑定を押し込む。
目の奥が痛む。
見たくないものを、無理やり見ている感覚があった。
それでも、俺は止めない。
巧妙に魂魄術式で偽装されたその層の下には、これまで見たことが無い程に黒く、そして澄んだ黒がそこにはあった。
影というには濃すぎるその黒。
怒り、恐れ、欲、執着。
そういう言葉に分ける前の、もっと根源的に忌避してしまう何かが、人の魂の近くに絡みついていた。
鑑定結果が、遅れて視界に浮かぶ。
――――――――――――――――――――
対象:開会式パフォーマー複数名
分類:演出参加者/魂魄偽装反応保持者
表層:演出参加者登録/異常なし
深層:魂魄偽装層あり
最下層:闇属性加護反応
付帯術式:魂魄反応増幅/感情増幅/集団同期
備考:本人の意思とは別に、感情反応を掘り起こして周囲へ同調させる術式と思われる。
なお、この鑑定結果をもって術式が誓約と制約に則り、発動条件を満たすこととなる。
――――――――――――――――――――
俺は、奥歯を強く嚙みしめた。
「……これが、闇の加護」
声に出した瞬間、特務隊の数人が互いに視線を交わした。
「真壁さん、対象はどこですか」
「フィールド中央周辺のパフォーマーです。複数人います」
「拘束しますか」
「待ってください。たぶん、いや、これはもう……触れられる段階は過ぎている…」
俺はもう一度、鑑定結果を見る。
備考をもう一度見て、反射的に拳を握りしめた。
闇の加護は、ただ付与されているだけではなかった。
人の魂魄反応を燃料にして、強引に出力を引き上げる形になっている。
本人の意思とは関係なく、内側にある感情を掘り起こし、それを増幅し、同じ反応を周囲へ重ねていく。
祝福の形をした、燃焼装置だった。
「人をなんだと思っているんだっ!」
俺は神父を見た。
神父はまばたきもせず、俺を見返した。
「人は、すべて等しく価値があります」
「ならっ! どうしてこんな使い方ができるんだっ!!」
「価値に上下はありません。そして人は、生まれ持って役割を天から授かっている」
神父は、割れた窓の向こうにある光を見た。
「その役割を果たす機会を与えられるなら、それは救いです」
「そんな救いがあってたまるかっ! 俺はそんな天を認めないっ」
役割だの救いだの価値だの、神父はきれいな言葉を並べている。
だが、実際にやっていることは、人を燃料にする術式だ。
俺はアリーナへ視線を戻す。
パフォーマーたちは、予定通りの位置へ進んでいる。
観客席からは拍手が続いている。
誰も気付いていない。
「……だから、お前は賭けにしたかったのか」
「私には時間が必要でしたから」
完全にやられた。
いま、なぜこんな回りくどいやり方をして、俺に探させようとしたのか。
それは確実にこの開会式を行わせたかったからだ。
恐らく日本政府は俺の鑑定による結果がなかったら、最悪この催事自体を中止しただろう。
だから俺が見つけた最後の仕込みも見つけてほしかったのだ。
その結果をもって、開会式を開催させる担保にしたかったのだ。
そして、この賭けの成立をもって、術式を起動させるキーにしたかったのだ。
「しかし…冷や冷やしました。あなたが最後の仕込みを見破ってくれるかどうか。これはある意味、賭けでしたが…本当にあなたは信頼できる」
「信頼、だと?」
「ええ。あなたは間違いなく信頼できる敵です。敵として信頼できるからこそ、私は一見すると不合理にも見える賭けに出ました。……そうそう、私は先に賭けの対価を示しました。しかし、賭けというのは天秤に見合うものを乗せ合うからこそ、釣り合い、そして本当の意味で成立します」
「……何が言いたい」
「この賭けのチップを受け取っていない、ということですよ。……そうですね。この賭けに見合うものは………そうですね、真壁さん。あなたの命を賭けてもらいましょう」
神父の言葉に周囲を囲む特務隊は一斉に構えを取った。
「もうこれ以上は無理です。真壁さん…」
俺は特務隊を見て、そして大きなため息を吐いた。
「みなさん、落ち着いてください。これはただの挑発です」
俺は神父を正面から見据えた。
「…いいだろう」
「真壁さんっ!!」
俺は手を差し出して周囲を制止した。
「あんたがここまで用意周到に事を進めていたように、俺だってまだ切れるカードは残っている」
俺はそう言うと、肩の上でお座りしているシオに視線を向けた。
「シオ」
肩の上で、シオが殻から顔を出す。
殻の白が、アリーナの光を受けて淡く光った。
「やるぞ」
『がってん しょうちのすけ!』
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