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会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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光と加護の開会式⑤

 仕込んだのは、それだけではない。


 神父がそう言った直後、特別ラウンジの外で開会式の音が一段大きくなった。

 フィールド中央の塔だけが、薄い光で浮かび上がっている。


 中央展示物への仕込みはこちらも対処した上で、俺はこの場にやって来た。

 神父もそれを認めたうえで、まだこの物語は終わってはいない、そう告げた。


 「それだけでは、というのはどういうことですか」


 俺が聞くと、神父は窓の外を見たまま、静かに笑った。


 「あなたは、あの本命すら見通してくるのではないか。そう考えていました」


 神父はこちらを見て、口の端を少しだけ吊り上げた。


 「……だから、まだ終わってはいない、そういいたいんですか?」


 俺の言葉に神父は深く頷いた。


 「ええ。正確には、計画の規模を修正したのです」


 「規模の修正?」


 「本来の計画では、今日の開会式を起点に、日本全体へ影響を広げる予定でした。ですが、あなたがいる以上、そこまで広げる前に止められる可能性がある」


 神父は、特別ラウンジのガラス越しに観客席を見下ろした。


 「だから、狙いを絞りました。この場にいる来場者へ、確実に届く形へ」


 「何を、ですか」


 「闇の加護です」


 その言葉を聞いて、俺はすぐには返せなかった。


 俺の頭に、闇属性という言葉が浮かんだ。

 その単語自体は、知らないわけではない。

 探索者向けのスキル解説でも、影を使うスキル、暗視補助、隠密、呪詛耐性の一部に闇属性の分類が出てくる。


 「……闇の加護とは、何ですか」


 神父はようやくこちらを向いた。


 「この世界には、聖属性に対してアンチ属性を持つ闇属性が存在します。闇属性そのものは、人体に悪影響を与えるものではありません。むしろ探索者たちは、闇属性を利用したスキルを広く使っている」


 「隠密系や影系のスキルですか」


 「そうです。光が届かない場所で目を利かせる。魔物の気配を遮る。影を足場にする。そうしたスキルは、あなた方の社会でも広く一般に認められている」


 そこまでは、俺にも分かる。


 闇属性イコール悪、という単純な話ではない。

 それはダンジョン関係者なら常識に近い。


 「ですが、闇属性を利用したスキルと、闇属性の加護は大きく違います」


 「……同じに聞こえますが」


 「そうでしょうね。字面だけでは同じようなものです。ですが各国は、もちろん日本もその情報にかなり強い制限をかけている。理由は分かりますか」


 「…分かりません」


 俺は正直に答えた。

 ここで知っているふりをしても、次の判断を間違えるだけだ。


 「素直ですね」


 神父はそこで、一度だけ頷いた。


 「加護という形になると、それは人の奥底に眠る何かを強調し、増幅します。勇気、信仰、喜び、執着、欲望、恐怖、嫉妬、怒り。人によって表に出るものは違う」


 「それは、スキル強化とは違うんですか」


 「違います。スキルを強めるのではなく、人間の内側にあるものを濃くする。薄い染みを、紙全体へ広げるように」


 俺は観客席を見た。


 このスタジアムには、8万人近い人間がいる。

 選手、観客、スタッフ、ボランティア、各国関係者。


 その全員に、そんなものが届く。

 考えたくないが、考えないわけにはいかなかった。


 「聞きたくないですけど……それで、過去に何が起きたんですか」


 「ろくでもないことです」


 神父は、あっさりそう言った。


 「国や組織が闇属性の加護そのものをなかったことにしたがる程度には」


 「……それと、今回の仕込みに何の関係があるんですか」


 神父は答えなかった。

 代わりに、下のフィールドへ視線を戻す。

 司会の声が響き、パフォーマーたちが中央へ向かう準備を始めていた。


 「ヒントはここまでです」


 「そこで止めるんですか。随分とケチ臭いじゃないですか」


 「真壁さん。あなたはその目で真実を暴き見る探索者だ。なら、最後は自分で、その目で見つけてください」


 その直後だった。

 特別ラウンジの扉が、内側へ吹き飛ぶように開いた。

 同時に、窓側の強化ガラスの一部が白くひび割れ、外側から黒い装備の隊員が蹴り抜いて入ってくる。


 床に散ったガラス片が、照明を拾って細かく光った。


 「両手を見える位置に上げろっ!」


 「真壁遼、保護対象確認!」


 「対象、ヴァイスマン会長偽装体。拘束班、前へ」


 三方向から声が重なった。


 扉側から3人。

 そして窓側から2人。

 さらに隠し通路のような壁面パネルが開き、別の隊員が入ってきた。

 俺の前に、黒い防護服の隊員が一人滑り込む。


 「真壁さん、こちらへ」


 「ちょっと待ってください」


 「退避が先です」


 「待ってくださいっ」


 俺は思ったより強い声で言っていた。

 隊員の動きが、ほんの一瞬だけ止まる。


 神父は包囲の中心で、両手を軽く広げていた。

 まぶたも肩も動かない。


 悔しいことに、ここまで来ることもあの神父は最初から読んでいたのだろう。


 「では、賭けをしませんか」


 神父が言った。

 特務隊の一人が即座に距離を詰めようとする。


 「動くな」


 「私は動いていませんよ」


 神父は笑ったまま、俺だけを見ていた。


 「この状況で、まだそんな話をするんですか」


 「ええ。あなたが、この最後の罠を見破り、そして阻止できるかどうか」


 「……俺がその賭けに乗ったとして、何かメリットがありますか」


 俺はシオがいる肩を少しだけ意識しながら、神父を見る。


 「正直言って、こちらにはデメリットしかないように見えます」


 「でしたら…」


 神父はそう言うと、両手を握りしめた状態で、右手を人差し指だけをあげた。


 「あなたが勝てば、日本から手を引きましょう」


 特務隊の隊員たちが、一斉に神父へ照準を合わせ直した。

 特務隊の一人が、吐き捨てるように言う。


 「そんな言葉を信じると思うか」


 「くくく。信じる者は救われる、そんな話を聞いたことがありませんか?」


 「黙れ」


 隊員の声に、殺気が混じる。

 神父はそれでも、笑みを崩さない。


 「もちろん、信じるかどうかはあなた方の自由です。ですが、真壁さん。あなたなら、私がこの場でただの挑発だけをする人間ではないと分かるはずです」


 「そんなこと分かりませんよ」


 俺は即答した。


 「あなたのことは、まだ何も分かっていません」


 「だからこそ、見極めたいのでしょう」


 それを言われると、返しづらかった。

 実際、俺はこの人を見極めたいと言って、危険な接触を続けることを選んだ。


 中央展示物の呪物は止めた。

 八咫烏も、特務隊も、支援チームも動いている。


 それでも、神父はまだ余裕を残している。


 なら、最後の罠はまだ始まっていない。

 あるいは、もう始まっているのに、俺が見えていない。


 するとシオが小さく身じろぎした。

 殻の奥の光が、一度だけ揺れる。


 『りょう やるぞ』


 急に飛び込んでくる、俺だけが聞き取れる言葉は今まで以上に力強かった。


 「りょうさん、だろ。この…デコ助野郎」


 俺ははにかみつつ、もう一度シオを見ると、光の屑が盛大にまき散らかしていた。

 

 「真壁さん、退避してください。対象との会話は危険です」


 「分かっています」


 「なら」


 「ここは引けませんよ」


 俺は窓の外を見た。

 フィールド中央では、開会式の演出が次へ進もうとしている。

 8万人が、何も知らずに拍手している。


 「俺には戦う力はありません。俺にあるのはこの目だけです」


 俺は神父に向き直った。


 「その賭け、受けましょう」


 神父は、ゆっくりと口元を緩めた。


 「では、賭けは成立ですね」


 その声が開会式の拍手の中で、妙にはっきり聞こえた。

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