光と加護の開会式③
作者よりお知らせです。
カクヨムの方でサポーター専用のSSS第8話目『榊健司は見逃さない②(前編)』を近況ノート更新しました!
カクヨムの方ではストーリー進行が遅いですが、専用エピソードを近況ノートの方に掲載していますので、興味ありましたら是非のぞいてみてください(サポーターズパスポート加入などが必要になります)
開会式の音楽が、盛大に鳴らされており、会場は熱狂の渦を形成していた。
それとは対照的に特別ラウンジの中は、不思議なほど静かだった。
下では8万人近い観客が歓声を上げている。フィールドには各国の旗を持ったパフォーマーが入り、照明がゆっくりと色を変えていた。
一方のラウンジは薄暗く、間接照明だけが配置されており、たまに外からの照明が差し込んでくると部屋が仄かに明るくなる程度だった。
俺の前にいる男は、世界探索者競技連盟会長エドゥアルド・ヴァイスマンその者の顔で、穏やかに笑っていた。
ただ、もう目の前にいる男は会長ではない。
「真壁さん」
神父は、窓の外を見たまま言った。
「少し、話しませんか」
俺はすぐには答えなかった。
シオが、殻の奥で小さく身じろぎする。
『しずか』
「ああ」
俺はシオに短く返してから、神父を見る。
「…いいですよ」
神父は満足したようにうなずいた。
◇
フィールドでは、国旗入場が終わりかけていた。大型スクリーンには各国代表団の名前が流れ、観客席の一角ずつに歓声が起きている。
このあと、大会役員の挨拶が入り、選手が国ごとに続々と入ってくる。
そして開会式の後半に、中央フィールドへ置かれた塔型の演出装置を使った光のセレモニーが始まる予定だった。
それが、公式プログラム上の流れだ。
何も知らない人間から見れば、完璧な国際大会の開幕だった。
「良い大会です」
神父が言った。
「選手、観客、国家、企業、配信、信仰。これだけ多くの熱が、一つの場所に集まっている。世界を動かすには、こういう場が一番いい」
「大会を壊す側の人間が言うと、あまり褒め言葉には聞こえませんね」
「壊す、ですか」
神父は少し笑った。
「我々は、壊すためだけに動いているわけではありません。少なくとも、私たちはそう考えている」
……私たち。
俺は黙って続きを待った。
「WorldBreakers」
神父は、英語の発音でその名を言った。
「通称はWB。あなた方も、もう名前は把握しているでしょう」
「……ええ。何度か聞いています」
「世界と異世界の境界を壊す者たち。そういう意味で名付けられた組織です。中核は主席と十二席。私はそのうちの第三席にいます」
十二席というのは、あの組織の中核にいる12人ということだ。
その中で3番目にいる人間が、世界探索者競技連盟会長の肩書きと認証を使い、更に魂魄術式を使用してこの特別ラウンジまで普通に入り込んでいる。
それをわざわざ俺に教える意味を、考えずにはいられなかった。
「……あなたの名前は?」
「私は、Hagalazと呼ばれています」
神父は、まるで最初からそう聞かれると分かっていたように答えた。
「古いルーンの名です。雹、破壊、天罰。私の本名ではありませんが、今の私を指す名前としては、こちらの方が正しい」
「そこまで俺に教えるのは、そちらにとって損じゃないですか」
「本来であれば、損でしかありません」
神父は、あっさり認めた。
「あなたに我々の組織のことを教えることは、リスクしかない。汚染護符も、ダン博の中継核も、有明の偽装者も、あなたは一度引っかかれば必ず記録に残し、誰かが動ける形にしてしまう」
「褒められている気は、あまりしませんけど」
「警戒も評価も、私の中ではそう変わりません。あなたの場合は特に」
警戒と評価が同軸線にならぶこの違和感に、俺は気持ちの悪さを覚えてしまう。
「これは誠意です」
神父は言った。
「真壁遼。あなたをただの敵として扱うには、大変惜しい。こちらへ来ませんか」
開会式の音が一段大きくなった。
スタジアムを見ると選手が続々と入場し始めていた。
8万人の中には、選手、ボランティアや、スタッフ、警備員も、何も知らずに今日の開幕を楽しみに来た人たちが殆どだ。
俺は息を深く吐いた。
その上で、もう一度神父を見る。
「行きません」
「即答ですね」
「行く理由がそもそもないでしょう」
神父はその言葉を聞いて苦笑した。
「ふふふ。確かにそうかもしれませんね。ですが、行く理由は作ることが出来ます。我々なら、あなたの目を縛りません。組織の都合であなたを縛ることは有り得ない」
「都合で縛らなくても、その厄介な思想で縛るじゃないですか」
「……なるほど。それは確かにその通りですね」
「その思想は俺にとって受け入れられない、危険な思想だ」
「危険かどうかはその人の立場次第です。我々はそれを必要な過程、そう考えているだけです」
「人を巻き込むことを必要な過程と言うなら、俺はそちらには行けません」
俺は、そちらへ行かない。
それだけで十分だった。
神父はしばらく俺を見ていた。
やがて、ほんの少しだけ目元を緩める。
「残念です。ですが、その返答もあなたらしい」
「俺らしさを知っているみたいに言わないでください」
「これはまた随分と嫌われてしまいましたね」
神父は笑みを浮かべる。
そして窓の外へ視線を向けた。
フィールド中央では、塔型の演出装置が照明に照らされていた。
白と銀の装飾をまとった、大会の象徴として作られたセレモニー用の塔。
そこから光が立ち上がる。
「では、少し話を変えますか」
神父は窓の外から視線を戻さず、そのまま見つめていた。
「今回の我々がやったことについて、どこまで見えていますか」
俺はセレモニー用の塔を見た。
「中央のあの展示物の塔です」
神父は表情を変えなかった。
「わかりづらい位置に呪物が仕込まれていました。ダン博の時に使われた技術と似た呪術汚染の核。開会式の後半であの塔が演出の一環として先頭部分が開いた時、スタジアム内に汚染をばら撒く予定だった」
8万人の観客席へ向けて、高濃度の呪術汚染をばら撒く。
それが成立していれば、今日の開会式は祝祭ではなく、大災害になっていた。
「だけど」
俺は続けた。
「それは、もう対応済みです」
神父の目が、初めてわずかに細くなった。
「あそこに仕込んだ呪物は、そこら辺の除染師程度では払えるものではありません。よくこの短い時間で……そうか。お前もいたな。シオ」
シオは触手を手のように伸ばしてドヤポーズを見せる。
「ウチの頼りになる相棒ですから」
「あなたたちは対呪いに特化し過ぎてますね。つくづく惜しいです」
そして神父は足を組み替えた。
「……お見事です」
「こちらも準備して待っていたので」
ラウンジの外では、司会の声が響いていた。
選手入場も終わりが見え、観客席から拍手が起きる。
神父は、その拍手を聞きながら、笑った。
「一本取られましたね」
「いつまでも取られっぱなしではないですから」
「正直言うと、あなた…たちならそこまで読んでくる可能性は考えていました。何せ中央展示物の方は、本命の一つでしたから」
「本命……の一つ?」
神父は俺の反応を見て、満足そうに口元を緩める。
「残念ですが、真壁さん」
開会式の照明が、一斉に落ちた。
スタジアム中央の塔だけが、薄い光で浮かび上がる。
神父の声は、その暗転の中でもよく聞こえた。
「仕込んだのは、それだけではありません」
読んでいただきありがとうございます。
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