光と加護の開会式②
特別ラウンジは、スタジアムの上層にあった。
階層で言うとちょうど3F層にあたり、メイン側の中央に位置している。
この周辺は関係者でもかなり上位者しか入れないエリアとなっており、俺はWEG東京の職員と共にセキュリティチェックを受けてから特別ラウンジエリアへと足を踏み入れた。
ラウンジ周辺は全てガラス越しでスタジアム内を一望できる作りになっている。
扉の前にくると、WEG東京の職員が開けて中に入るよう促した。
そのまま部屋に入ると、ラウンジというだけあって、ローソファーやローテーブルが配置されており、壁際にはバーカウンターが併設されていた。
俺を案内してきたWEG側担当者は、部屋内に入ることはない。
「会長はあちらです」
「案内ありがとうございました」
銀髪の男が、窓際に立っていた。
世界探索者競技連盟会長、エドゥアルド・ヴァイスマン。
昨日と同じ穏やかな笑みを浮かべ、フィールドを見下ろしている。
「来ていただきありがとうございます、真壁さん」
「お招きありがとうございます」
扉が閉まった。
開会式開始まで、あと数分。
フィールドでは、最初のパフォーマーたちが位置につき始めている。
会長は窓の外を見たまま言った。
「いい眺めでしょう」
「はい。さすがに8万人入ると、観客の声に圧倒されますね」
「人は、集まると力になります。祝祭も、信仰も、そして……恐怖も」
俺は返事をしなかった。
会長はゆっくり振り返る。
昨日と同じ顔と同じ声。
だが、もう隠す気はあまりなさそうだった。
「どこで見破りましたか」
短い問いだった。
俺は少しだけ息を吐いた。
「昨日です」
「昨日?」
「握手の前です。首からかけていたアクレディテーションカードを見た時に、違和感がありました」
会長の目が、わずかに細くなる。
俺はそれに構わず続けた。
「アクレディテーションカードの方は本物でした。だから最初は本人かと思いました。でも、身体の方の履歴が合わなかった」
「身体の履歴…ですか」
「表層情報は完璧でした。だから最初は違和感はなかったんですが、最近似たような偽装方法をいっぱい見る機会がありまして。魂魄術式を利用した完全偽装です。だから念のため、本人情報の更に先を見たら…疑いたくはなかったですけど、魂魄術式が見えまして。それでわかりました」
会長の笑みが深くなった。
「私はあなたの力量を過小評価してなかったつもりでしたが。それは間違いだったみたいですね」
会長は深い笑みを見せる。
俺は窓の外へ視線を向けた。
18時ちょうど。
開会式の音楽が鳴り始めた。
観客席から歓声が上がる。
その歓声の中で、俺は昨日のことを思い出していた。
◇
会長との挨拶が終わったあと、俺はすぐには動かなかった。
応接室を出て、廊下を曲がり、AICの臨時控室へ戻るまで、普通にしていた。
小森にも、WEG側の担当者にも、何も言わなかった。
無関係な人たちの目の前でそれを言えば大変なことになってしまう。
それに本物の会長がどうなっているのかも分からない。
周囲に誰が混じっているのかも分からない。
だから俺は、控室に入って1人になってから、支援チーム用の連絡端末を出した。
『緊急。世界探索者競技連盟会長エドゥアルド・ヴァイスマンについて、本人確認をお願いします』
送信して、すぐに追記する。
『本物のアクレディテーションカードは確認できました。ただし本人情報と今いる本人と思われる人間の情報が明らかに違っています。おそらく魂魄術式を利用した完全偽装です。そしてその偽物ですが、多分、ダン博のあの神父だと思います』
返信は、思ったより早かった。
『確認します。スマホをそのままの状態で待機してください。すぐに護衛チームを向かわせます』
本当にすぐに護衛チームが慌ただしく控室内に到着した。
「真壁さん、いま緊急の指令がはいりましたが…」
「あ、お疲れ様です。こっちは今の所何もされてませんから安心してください」
そしてすぐにスマホから声が届いた。
画面に名前は出なかった。
ただ、声だけが入る。
『真壁さん。こちら支援チーム統括です。まず状況を確認します。今、話せますか』
「はい」
『会長と名乗った人物に、何を見ましたか』
俺は、さっき起こったことをできるだけ短く説明した。
アクレディテーションカードは本物に見えたこと。
ただし、会長の身体から魂魄術式が確認できたこと。
大阪で見た神父の時と同じ情報であったこと。
そして、相手が俺の反応にもしかすると気づいた可能性があるということ。
端末の向こうは、数秒だけ無音になった。
『分かりました。真壁さん、今すぐホテルへ戻ってください』
「ホテルですか」
『はい。会場内で追加確認はしません。こちらで車両と追加の護衛を回します。移動中は配信、通話、SNS投稿をすべて止めてください』
「分かりました」
『シオも一緒ですね』
「はい。肩にいます」
『では、そのまま離さないでください。準備を整えてきます』
その数分後には追加の護衛チームが来た。
AICの臨時控室から出るとき、俺はただの移動だと説明された。
外から見れば、公式配信後にホテルへ戻るだけに見えたと思う。
実際は違った。
エレベーターに乗る前に前後を固められ、通路の角ごとに別の職員が立っていた。
地下の車寄せには、黒い車が二台待っている。
俺は真ん中の車に乗せられた。
シオは、肩の上でじっとしている。
『しずか』
「ああ。静かにしてよう」
ホテルに着くまで、誰も余計なことを言わなかった。
窓の外では、有明の会場周辺に人の流れが続いていた。
明日の開会式に向けて、街全体が浮かれている。
ホテルの地下駐車場に入ると、そこにも人がいた。
いつもの支援チームだけではない。
スーツ姿の人間が数人、先に到着している。
その中の一人が、俺の顔を見て軽く頭を下げた。
「内閣府特命チームです。真壁さん、お疲れのところ申し訳ありません」
「いえ」
「すぐに上で状況確認を行います」
俺はそのまま、ホテルの会議室へ通された。
部屋には、支援チーム、AIC側の担当者、ダンジョン庁、警察庁、それに内閣府特命チームが揃っていた。
「真壁さん。先ほどの件を、最初からお願いします」
俺はもう一度、説明した。
説明が終わると、会議室が静まり返った。
誰もすぐには口を開かなかった。
内閣府特命チームの一人が、こめかみを押さえる。
AIC側の担当者は、俺をずっと見ている。
警察庁側の人は、天井を見上げたまま何かつぶやいていた。
「……そこまで、見えるんですか」
誰かが、ぽつりと言った。
「最近は色々とありましたから、半ば癖みたいになってきちゃいました」
俺がそう答えると、何人かが同時に息を吐いた。
呆れたような、諦めたような顔だった。
たぶん、今この部屋にいる全員が同じことを思ったのだと思う。
この鑑定スキルの前では、隠し事が成立しない。
もちろん、俺だって何でも見たいわけではない。
ただ、見えてしまう。
そして見えたものがとても大事なことであれば、俺は見なかったことにはできない。
「本物の会長の所在確認を急ぎます」
内閣府特命チームの人が言った。
「同時に、特務隊を動かします。偽装対象がまだ会場周辺にいるなら、即時拘束に踏み切る方向で」
その言葉に、何人かがうなずいた。
そのまま話が進みそうになったので、俺は手を上げた。
「あの、ちょっと待ってください」
全員の視線が、俺に集まる。
俺はシオを一度だけ見た。
シオは静かに、ただ、俺の考えがわかっているような、そんな感じの視線を送っていた。
「俺に案があります」
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