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会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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開幕前日になりました

 WEG東京開幕前日。


 朝のニュースは、どの局もWEG東京ー世界探索者競技大会ーの話をしていた。


 画面には、有明の会場前、品川駅の大型広告、空港に到着する各国代表が次々に映る。

 選手村へ向かうバスの後ろに、代表チームの練習映像が重ねられていた。


 テレビを消しても、スマホを開けばSNSの通知がどんどん飛び込んでくる。


 『明日開幕!』

 『世界の探索者が東京に集結』

 『注目競技は災害区画救助』

 『真壁遼氏、合同鑑定アドバイザーとして開幕前監査に参加』

 『シオちゃんカメラ事故、公式切り抜きまだ?』


 最後の一つだけが明らかに余計だ。

 俺はホテルの部屋でスマホを見ながら、深く息を吐いた。


 「まだ言われてる……」


 肩の上でシオが丸くなっている。


 『たのしかった』


 「楽しかったじゃないんだよ」


 公式番組は、あのあと安全管理上の理由で映像を一時切り替えた、と発表した。

 ただ、視聴者は説明を求めていなかった。


 『シオスペシャル第二弾希望』

 『公式はシオカメラを常設しろ』

 『真壁さんの胃が心配』

 『白いシオちゃんも尊い。。。』

 『WEG開幕前に一番話題を取ったのシオちゃん説』


 競技紹介より、シオのドアップの方が世間をにぎわせていた。

 俺はスマホを伏せる。


 「今日はちゃんと仕事だからな」


 『しごと』


 「そう。仕事」


 この一週間、仕事という言葉の範囲がだいぶ広がった。


 AICでは大会に持ち込まれる魔道具を鑑定して、WEG有明では装備申請書と実物を鑑定照合した。

 医療監査の補助に入った日もあれば、DOP担当に呼ばれて、競技判定側から補助効果と違反の境目を聞かれた日もある。


 俺は基本的に、見えたことを言っているだけだ。


 だが、その結果として、何件ものドーピング違反と申告漏れが出た。


 記録には、魔道薬の使用申告漏れや補助魔道具の出力抑制偽装が並んだ。

 競技前だけ反応が落ちるように調整されたバフ系装具、選手本人が知らなかったサポートスタッフ側の過剰処置、合法だと思われていた組み合わせが競技規定上はアウトになる例もあった。


 どれも、特定の国だけの話ではない。

 どの国にも、似たようなグレー運用があった。


 そして今、それを俺がひとつずつ報告している。


 「……俺、別に検査官じゃないんだけどな」


 『けんさ だいすき』


 「別に検査が好きっていうわけじゃないぞ?」


 シオは、納得したのかしていないのか分からないまま、俺の肩で少し揺れた。


 その日の午前、俺は有明WEGセンターの練習競技施設へ向かった。


 同行はAICの監査担当者が一人と、小森千尋だった。

 小森はAICに出入りしている若手の上位鑑定士だ。

 ここ最近、俺が鑑定結果に要確認と付けた理由や、断言しなかった反応の差を見たがるので、自然と同行が増えている。


 「真壁さん、今日は練習施設の運用確認だけです。選手の装備を開けたり、その場で競技判定を止めたりはしません」


 練習施設へ向かう通路で、AICの監査担当者が言った。


 「分かってます」


 「一応、念のためです。昨日の装備ケースの件も、その前の補助薬の件も、最初は手順確認だけの予定でしたので」


 「……はい」


 否定できなかった。


 小森が横で小さく笑う。


 「真壁さんの見るだけは、周りからすると検査ですから」


 「俺は普通に見てるだけなんですけど」


 「普通の範囲が広いんです」


 そんな会話をしているうちに、練習競技施設の入口へ着いた。


 扉の向こうから、声が聞こえてくる。

 扉の向こうでは、タイムを読み上げる声に通訳の声が重なり、魔道具の起動音と床を蹴る音が混じっていた。

 救助用ダミーを持ち上げる重い音も聞こえる。


 中に入る前から、熱気があった。

 受付でIDを確認され、入場記録とシオの帯同許可も照合された。


 「真壁遼氏、AIC監査同行。シオ帯同、確認済みです」


 そして中に入ると練習競技施設の中は思いのほか広かった。


 奥には災害区画救助競技の練習用セットがあり、崩れた壁を模した障害物と煙を出す装置が置かれていた。

 熱反応を再現する魔道具の足元には、魔力ログ取得用のラインが引かれている。


 別の区画では、迷宮踏破用の簡易コースが組まれていた。

 壁が低く、上から全体を見られる。

 だが中を進む選手には、曲がり角と罠と魔力ノイズがある。


 壁際には装備ケースが並び、その横に補助薬管理箱、魔道具充電台、翻訳端末が置かれていた。

 各国チームのスタッフに混じって、医療担当、DOP担当、WEG側の監査員が行き来している。


 「今日は迷宮踏破のコースがくまれているんですね」


 俺が言葉を発した瞬間、周囲の視線が遅れて集まった。

 そして俺ら以外の全員が、僅かだが一瞬止まったような気がした。

 

 近くにいた選手がこちらを見ていたが、視線が合うとすぐに外す。

 装備ケースを開けていたスタッフが、蓋をそっと閉めた。


 別のトレーナーが、補助薬のボトルを机の奥へ下げかける。

 

 「みなさん、本日は、確認のみですので、そのまま調整続けてください」


 AIC監査担当者はそう周囲に伝えるも、何か全体の動き自体がぎこちない。

 

 「これ、完全に真壁さんのせいですよね」


 「えぇ…風評被害も甚だしいですよ。今日そこまで見る予定じゃないんですけど」


 「その予定が信じられてないんだと思います」


 俺は何も言えなかった。


 たしかに、この1週間でいろいろ見つけた。

 だが、見つけようとして歩いていたわけではない。


 見えたものを報告すると手続きが止まり、調査になって、その調査中にまた別のものが見えた。

 結果として、抜き打ち検査官みたいになっている。


 だからこの状況もあながち否定しきれない。


 「真壁さん、こちらです」


 AICの監査担当者に案内され、俺は装備確認エリアへ向かった。


 今日は本番前の最終練習だ。

 練習設備のログ、装備申請との一致、補助効果の登録番号を確認するだけである。


 そのはずだった。


 「この装備ケースです」


 監査担当者が、銀色のケースを示した。


 持ち主は、ある代表チームの控え選手だった。

 選手本人は緊張した顔で立っている。

 横にトレーナーと通訳がいる。


 俺はケースの外装を見た。

 外装の登録番号と封印シールを見て、開封ログと補助層の魔力跡を順に追う。


 「登録番号は合ってます」


 周囲の雰囲気が僅かに和らいだ。

 だがそんな緩んだ空気を俺は容赦なく壊してしまう。


 「ただ、補助層だけ昨日の記録と違います」


 「補助層、ですか」


 監査担当者が聞く。


 「はい。外装と本体は同じです。でも内側の負荷分散用の補助板が変わってます。昨日の記録と照らし合わせると、明らかに別物を入れ替えてますよね」


 通訳が選手へ伝える。

 選手は目を丸くし、トレーナーが顔を青くする。


 すぐに確認が入った。

 結果は、交換用部品の申告漏れだった。


 悪質な仕込みではない。

 練習中に一部の補助板が割れ、同型の予備と交換した。

 チーム内では記録していたが、大会側の申請更新がまだだった。


 「競技前で良かったですね」


 俺がそう言うと、選手は深く頭を下げた。

 トレーナーも頭を下げた。


 周囲の選手たちが、さらに自分の装備ケースを見直し始めた。


 「真壁さん」


 小森が、また小声で言う。


 「はい」


 「今ので、たぶん全員が自分の申請書を今一度確認します」


 「……それはいいことでは?」


 「いいことですけど、これ、多分時間だいぶ押しますよ?」


 俺はもう一度、施設内を見た。


 魔道具の起動確認が、一つずつ慎重になっている。

 補助薬の申告番号を読み上げる声が、やけにはっきりしている。

 選手が装備を持ち上げる前に、スタッフが申請書を見直している。


 誰かが装備に触るたび、別のスタッフが申請書へ目を戻していた。


 俺は別に、誰かを失格にしたいわけではない。

 競技が無事に進めば、それが一番いい。


 ただ、見えてしまう。

 そして見えたものを、見なかったことにはできない。


 練習施設での確認を終えたのは、それから2時間後だった。

 予定の時間を大幅に過ぎており、いつの間にか昼が過ぎていた。



 ◇



 俺たちは施設内の応接室へ案内された。

 水と簡単な軽食が置かれている。

 シオは俺の肩の上で、透明なカップの水滴をじっと見ていた。


 「触るなよ」


 『みず』


 「水だけど、触らない」


 そんなやり取りをしていると、WEG側の担当者が入ってきた。


 「真壁さん。少しよろしいでしょうか」


 「はい」


 「世界探索者競技連盟の会長が、真壁さんにご挨拶をしたいと」


 AICの監査担当者が姿勢を正す。

 小森も、少しだけ目を見開いた。


 「会長、ですか」


 「はい。エドゥアルド・ヴァイスマン会長です」


 名前は知っている。

 エドゥアルド・ヴァイスマンは世界探索者競技連盟の会長で、探索者競技の国際標準化を進めてきた人物だ。

 WEG東京でも最高幹部の一人として扱われている。


 俺が立ち上がる前に、扉がノックされた。


 入ってきた銀髪の男性は、整ったスーツを着て、穏やかな笑みを崩さなかった。

 握手のために差し出される手の角度まで、自然だった。


 通訳が一歩横につく。


 「真壁遼さん」


 会長は、ゆっくりした日本語で俺の名前を呼んだ。


 「初めまして。世界探索者競技連盟のエドゥアルド・ヴァイスマンです」


 その瞬間、シオが少しだけ動きを止めた。

 俺は、ほんの少しだけ眉根が動くのを自覚した。


 「……初めまして。真壁遼です」


 俺は頭を下げた。

 会長は微笑んだままだった。


 「WEG東京へのご協力に感謝します。あなたの鑑定は、競技の公正性を守るうえで非常に重要です」


 「ありがとうございます。ただ、お…私は見える範囲で報告しているだけです。最終判断は、連盟や運営の方にお願いしています」


 「それでよいのです。見える者が見えたものを報告し、判断すべき者が判断する。大会には、その分担が必要です」


 落ち着いた声だった。


 俺は会長の手元ではなく、胸元のあたりを一瞬だけ見た。

 すぐに視線を戻す。


 会長の笑みは変わらなかった。


 「一つだけ、お願いがあります」


 「はい」


 「選手たちは、あなたを少し恐れています」


 応接室の中で、誰も否定しなかった。

 会長は続ける。


 「公正性は重要です。しかし、選手が萎縮しすぎれば、競技そのものが成り立たなくなる。監査と競技、その両方のバランスを大事にしたい」


 「分かります。私も、選手を怖がらせたいわけではありません」


 「ええ。そうでしょう」


 会長はうなずいた。


 「開幕後も、必要に応じてご協力をお願いします」


 「できる範囲で対応します」


 「それで十分です」


 挨拶は短かった。

 会長は、AICの監査担当者、小森、WEG側担当者にも軽く挨拶し、応接室を出ていった。


 扉が閉まる。

 数秒遅れて、WEG側担当者が止めていた息を吐いた。


 「連盟会長が直接来るとは……」


 WEG側担当者が、小さくつぶやいた。


 小森は、俺を見た。


 「真壁さん?」


 「…はい」


 「…いえ。何でもありません」


 「そうですか」


 俺はそう返して、シオを指先で一度だけ撫でた。


 シオは、いつもより静かだった。


 窓の外には、有明の会場が見える。

 旗が並び、スタッフが走り、遠くでリハーサルの音がしていた。


 WEG東京の開幕は、明日。

 会場前の仮設看板には、明日の入場開始時刻が灯っていた。

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