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会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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開幕直前シオスペシャル

 「……シオ」


 俺は小声で呼んだ。

 返事はない。


 司会は、まだ気づいていない。

 篠原も、画面の競技映像を見ながら説明を続けている。


 「要救助者の位置、周囲の魔力反応、足場の状態を見ながら進む必要があります。派手な攻撃で障害物を吹き飛ばせばいい、という競技ではありません」


 「これ、探索者の性格が出そうですね」


 「もちろん出ます」


 篠原が司会者の言葉に即答した。

 2人のやり取りの間、俺は視線だけで机の下を見た。

 そして足元にも、タブレットの横にも、資料の陰にもいない。


 (い、いつの間にいなくなってたんだ…)


 さっき、配信開始前にセットの上から呼び戻した。

 シオは俺の肩に戻ってきて本番が開始されたはずだ。


 「前に出る選手、周囲を見る選手、仲間の動きをサポートする選手。チーム競技なので、個人の強さだけでは勝てません」


 篠原が説明を続ける。

 そして3人は横並びで座っており、競技の見どころや解説を進めていた。

 その3人の背景を、白い何かがすっと横切った。


 「……?!」


 カメラマンやAD、配信担当者は思わず身を乗り出しそうになった。

 そして指を3人にむけて指しながら、小声で何かやり取りをしている。


 (……?! どうしたんだ?)


 俺はかなり嫌な予感がしていた。

 そして俺の嫌な予感を、コメント欄だけが先に気づいていた。


 『今なんか通った』

 『後ろ』

 『白いの横切ったぞ』

 『シオ?』

 『シオが横切った!』

 『ターザンしてない?』

 『真壁っー!後ろ後ろ!!』


 俺はコメント欄を見た。

 見て、そしてもう一度見た。

 

 「真壁さん?」


 司会が、俺の視線に気づく。


 「……すみません。ちょっとだけ後ろ、確認してもいいですか?」


 「後ろ、ですか?」


 司会がそう言ったときだった。

 今度は、はっきり見えた。


 白い丸いものが、背後の装飾フレームから伸びた細い触手にぶら下がり、左から右へすいっと横切っていく。


 まるで某ターザンだった。


 「シオ?!」


 俺は思わず声を出した。

 白い丸いものが横切り、そして器用に天井のバトンにぶら下がっていた。


 シオの意思を表すかのように殻が鈍く光った。


 『たのしい』


 「楽しくない。ほらっ! 早く戻ってこい!!」


 『シオwww』

 『シオターザンw』

 『戻ってこいで草』

 『真壁の保護者声』

 『競技紹介どころじゃない』

 『後ろずっと映して』

 『やっぱりシオはかわいすぎる。。。』


 そこへ、配信担当者がカメラの死角からスケッチブック型のカンペを出す。


 【面白いので、そのままで】


 俺は目を疑った。

 その横に、もう一枚出る。


 【危険なら止めてください】


 ………順番が逆ではないか。


 「……今、すごいカンペが出ましたけど」


 「……公式配信の現場判断です」


 司会者は笑顔で取り繕う。


 「では、番組を続けます」


 司会は、そのまま番組を押し戻した。

 篠原も、咳払いして資料に目を戻す。


 「ええと、災害区画救助競技では、予想外の状況に対応する力も重要です」


 「今がまさにそうですね!」


 「司会の言う通り、実例が背後にありますので」


 「……やめてください」


 また、背後をシオが横切った。

 今度は右から左へ。


 白い丸い体が、器用に天井にぶら下がっているバトンに触手を伸ばして別のバトンへ移る。

 動きは危なっかしいようで、実際にはかなり安定している。


 ただし番組としては、もう競技紹介ではない。

 コメント欄は、篠原の説明より背後の白い丸に張りついていた。


 『また来た』

 『往復してる』

 『シオしか見えない』

 『あれが災害区画救助競技の見本か…』

 『篠原さんの説明が耳に入らない』

 『公式、画角そのままにして』

 『むしろ後ろにピント合わせて』


 俺は前を向いたまま、額に手を当てた。


 「シオ。一度戻ってこい」


 『たのしい』


 「たのしい、は分かったから、戻ってこい」


 『もういっかい』


 「もう一回じゃない」


 シオはもう一回やった。

 白い丸いものが、画面の背後を斜めに横切る。

 スタッフ席から、押し殺した笑いが漏れた。

 その時点で、もう負けだった。


 一方の篠原は、どうにか説明を続けていた。


 「この競技では、要救助者を発見するだけでなく、搬送ルートの確保も重要です。上部の崩落物、床面の状態、魔力ノイズの発生源などを確認しながら……」


 『上部の崩落物シオ

 『搬送ルート(ターザン)』

 『魔力ノイズ=シオ』

 『篠原さんがんばれ』

 『真壁、早く救助して』


 俺は深く息を吐いた。

 そして、少しだけ声を低くする。


 「シオ」


 背後の白い丸いものが止まった。


 「いい加減、降りてきなさい」


 スタジオが静かになった。

 コメント欄も、一瞬だけ流れが変わる。


 『怒られた』

 『保護者モード』

 『シオ止まった』

 『これは降りるやつ』

 『親に怒られるシオもかわいい』


 シオは、バトンの上にぶら下がった状態でピタリと止まった。

 殻の光が、少しだけ弱くなる。


 『……はい』


 シオは触手を俺の肩の上に伸ばしてそのまま飛びこんできた。

 だが少し勢いが付き過ぎたのか、机の上に降りてくる。


 ぽす。


 小さな音を立てて、シオが俺の前に着地する。

 殻の光は、さっきよりずっと控えめだった。


 「戻る」


 俺が言うと、シオは机の上で一度だけ小さく身じろぎし、それから俺の腕を伝って肩へ戻ってきた。


 いつもの位置に収まる。

 まるで怒られた子供みたいな戻り方だった。


 それを見ていた視聴者たちのコメント欄は、当然のように湧いた。


 『しょぼくれシオ』

 『かわいい』

 『怒られて戻るのかわいすぎる』

 『肩に戻った』

 『真壁、もう保護者』

 『シオちゃん反省してる』


 「反省してるのか?」


 俺が小声で聞く。


 『してる』


 「本当に?」


 『ちょっと』


 「ちょっとか」


 司会が、そこで自然に笑顔を戻した。


 「シオちゃん、ずいぶん活発になってきましたね」


 「最近、目を離すとすぐどこかに行っちゃうんですよ」


 篠原が、興味半分、困惑半分の顔でこちらを見る。


 「しかし軽快に動きますね。触手、ですか? あれってどこまで伸びるんです?」


 「どこまで…結構長く伸びるんじゃないかなと。前は20メートルは余裕で伸ばしてたような気がします」


 「そういえば真壁さん抱えられて宙を飛んでましたよね」


 「……そうですね。最近は成長著しいので色々と手がかかって大変です」


 肩の上で、シオの殻が小さく揺れた。


 『あそんだ』


 「あそんだ言い切るな」


 コメント欄がまた流れる。


 『あそんだ』

 『真壁さんのシオ通訳草』

 『本人申告』

 『シオ、正直』

 『活発化イベント』

 『競技紹介番組でシオの成長報告』


 「元気があるということで」


 「まぁ元気がないよりかは元気な方が安心しますが…」


 篠原が、ようやく競技資料へ戻ろうとした。


 「では、災害区画救助競技の紹介に戻ります。先ほども申し上げた通り、この競技では予想外の状況に対応する判断力が重要で……」


 肩の上のシオが、ぴくっと動いた。

 俺は嫌な予感がして、すぐ横を見る。

 シオの興味がカメラの方を向いていた。


 さっきまでは背後の装飾フレームに興味を持っていた。

 今度は、正面のカメラが気になるらしい。


 「シオ」


 呼んだ瞬間、シオが触手を伸ばした。


 「待……」


 待たなかった。

 白い丸い体が、俺の肩からカメラの方へ飛びつく。


 スタッフが動く。

 カメラマンが反射的に手を伸ばす。


 ただ、シオの方が少し早かった。

 画面いっぱいに、白い殻が映る。

 殻の表面に淡い光が広がり、その向こうから、こちらを覗き込むような丸い影が近づいた。


 『近い近い近い』

 『ドアップwww』

 『シオカメラ』

 『殻しか見えない』

 『2人そろって放送事故』

 『かわいいから許す』

 『画面いっぱいのシオちゃん…死ねる…』

 『公式、切るな』


 俺は席から立ち上がった。


 「シオ!」


 『みえる』


 「見えなくていい!」


 司会が笑いをこらえきれず、横を向いた。

 篠原は資料で口元を隠している。

 配信担当者が、ついに両手で大きくバツを作った。


 その判断は、明らかに遅かった。

 画面はまだ、シオのドアップだった。


 「一度、映像を切ってください!」


 スタッフの声が飛ぶ。

 次の瞬間、画面がWEG東京のロゴに切り替わった。


 【ただいま事情によりこの映像を流しております】


 公式番組でよく見る、あの待機画面だ。

 ただ、音声だけが遅れて少しの間だけ生きていた。


 「だから言っただろ、今日はおとなしくって」


 『たのしかった』


 「楽しかったじゃない」


 そこで、音声も切れた。

読んでいただきありがとうございます。

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