歩く事故配信者(後編)
水野がこちらを見る。
「どうしました?」
コメント欄が、異変を察知したのか速度を上げた。
『あ』
『今あれって言った』
『はい』
『始まった』
『公式配信だぞ』
『水野さん逃げて』
『ここからが本番』
「いえ、えっと」
言わないほうがいい。
そう思った。
公式配信中だ。
しかも練習中で他国代表だ。
更に今は競技紹介の企画だ。
水野の表情が、急に仕事用の顔に変わった。
「真壁さん。安全に関わる内容ですか」
安全に関わるかと聞かれたら……めっちゃ関わる。
「……関わるかもしれません」
水野は、配信担当者へ視線を送った。
配信卓では、スタッフが音声を落とすかどうかで迷っている。
この状況に水野もどうするか、とこのまま進めてもいいかどうか判断に迷っている。
しかし生配信であるのでここで不自然に間を空けてしまうと、最悪放送事故にも繋がってしまう。
諦めにも似た表情を見せつつ、水野は俺に対して質問をぶつけてきた。
「……どの対象ですか」
俺は、区画の中の前衛を見た。
「バルトリア代表、前衛の13番です」
水野がタブレットへ目を落とす。
「13番。申請補助は……バフ系と魔法薬が中心ですね。筋力強化、反応速度補助、呼吸安定薬、魔力循環安定薬」
「それは見えます」
「それ以外ですか」
「……たぶん」
歯切れの悪さを隠そうと言葉を選ぶ。
だが、コメント欄はもう止まらない。
『たぶん出た』
『それ以外ですか、が怖い』
『公式配信で聞く内容じゃない』
『真壁さん止まって』
『いや安全なら言って』
『事故配信期待してたけどこれはガチでは』
練習区画では、【Blue Hounds】の選手が要救助者の人形を抱え上げていた。
速く、動きが洗練されていて一切の無駄がない。
だが、13番の反応だけが、他の選手と違う。
「魔法バフの上に、薬物由来の反応が重なっています」
水野の手が止まった。
「ん? 薬物由来の効果が重なるということですか?」
「申請されている呼吸安定薬とは違います。筋力強化の反応に合わせて、神経の伝達を上げているように見えます。短時間だけ反応速度を底上げするタイプ、だと思います」
「……断定できますか」
「最終的な断定はそっち系の方たちの判断だと思います。ですが、俺の目にははっきりと結果が映っています」
そこは言い切らない。
俺は医師でも、検査官でもない。
ただ、見えている。
表示を、もう一度拾い直す。
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対象:バルトリア共和国代表【Blue Hounds】前衛/ゼッケン13番
申請補助:筋力強化の魔法バフ/反応速度補助/呼吸安定薬/魔力循環安定薬
追加反応:神経伝達促進系薬物反応(未申請疑い)
反応位置:筋力強化バフの出力上昇時に重複
競技影響:踏み込み、梁の押し上げ、救助対象搬送時の初動反応を短時間底上げ
判定:現場断定不可。検体確認および魔力ログ照合を要する
備考:意図的に魔法薬を体内で反応させることによって、規格外の力を得るやり方。
近年では見ない新しい種類のドーピング隠しと思われる。体内でカクテルさせるのがコツ。
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「鑑定結果からですけど、例えばAという申請が通った薬と同じくBという薬があるとします。それ単体では規定内の効果しか得られませんが、それを同時に服用することによって体内でカクテル反応を引き起こし、その結果の副産物が規格外の効果をもたらすみたいです。」
水野は短くため息をついた後に、配信担当者へ短く言った。
「遅延分を確認。コメント停止。公式映像を競技場全景に切り替えてください」
配信担当者が即座に動く。
コメント欄の流れが、確認モニター上で止まった。
『え』
『止まっ』
『これ本物』
そこで止まった。
公式配信の画面は、練習場全体を映す引きの映像に切り替わる。
「真壁さん、今の内容は以後、配信上では話さないでください」
「……はい」
「13番の反応は、現在も継続していますか」
俺は練習区画を見る。
13番は、要救助者の人形を安全地点へ運び終えたところだった。
呼吸は乱れていなく、汗も少なそうにみえた。
俺の鑑定結果はその細部をまるでリアルタイムで捉えており、そこから強化反応が、少しずつ落ちていく。
「落ちています。かなり短いです。たぶん、練習一本分に合わせています」
水野の顔から、表情が消えた。
「すいませんが、至急DOPの部署に連絡してください」
近くにいたWEG職員が返事をする。
「わかりました。それまでは一時的にバルトリア代表13番を、別室で要検査対象者として扱います。このままDOPと連携して医療監査を実施します」
「この配信はどうしますか?」
配信担当者が聞く。
水野は、ほんの一瞬だけ俺を見る。
「競技紹介は中断します。安全確認のため、公式練習の映像配信を一時停止。理由は設備確認」
「設備確認、ですか…それだと…」
俺が聞くと、水野は小さく頷いた。
「今は、です。とりあえずはこの確認の方が先です。それ以外は全て後回しにします」
それ以上は言わなかった。
シオが殻を小さく揺らして、光の屑を散らした。
『じこはいしん』
「……見つけたくて見つけたわけじゃない」
『あるく じこはいしん』
「……おまっ。どこでそんな言葉を覚えたんだ?」
シオの言葉に否定できないのが、一番つらい。
公式配信の音声が切られ、カメラの赤いランプが消える。
そして水野が、俺の前にタブレットを置いた。
画面には、バルトリア共和国代表【Blue Hounds】の申請補助一覧が表示されている。
「真壁さん」
水野の声は低かった。
「今見えたものを、順番に教えてください。記録に残します」
俺は、少しだけ練習区画へ視線を移す。
バルトリア代表の選手たちは、まだ何も知らない顔で、次の練習準備に入っていた。
公式配信は、競技紹介のはずだった。
たぶん、コメント欄の予想どおりだ。
視聴者は、俺が「あれ?」と漏らした瞬間から、競技紹介では終わらないと察していた。
『歩く事故配信者』
間違いなく、今後はコメントでいじられ続けるだろうなと思うと、ため息もでなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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