歩く事故配信者(前編)
WEG東京の公式配信に出ることになった。
いや、正確には前から決まっていた。
だが実際に当日を迎えると、やっぱりいつもの配信と違って妙に緊張してしまう。
配信タイトルは、こうだった。
『真壁と見るWEG東京』
俺の名前が入っている。
どう考えても俺がメインで逃げ場が1ミリもない。
「真壁さん、今日は競技紹介の初回です」
WEG東京の配信担当者が、タブレットを見ながら言った。
「競技紹介…ですか」
「はい。視聴者向けに、WEG東京で実施される競技を分かりやすく紹介する企画です。真壁さんには、公式鑑定解説員として、一般視聴者の目線に近いところからコメントしていただきます」
「一般視聴者の目線なら、俺じゃなくてもいい気がします」
「ははは。真壁さんが言うと妙に説得力がありますね」
配信担当者は最近俺に慣れてきているのか、流す技術を覚えている気がする。
今日の現場は、有明WEGセンターの競技別アリーナ群の一つ。
災害区画救助競技の公式練習場だった。
競技場の入口には、国名の入った案内表示が並んでいる。
《アメリカ》
《フランス》
《イギリス》
《カナダ》
《バルトリア共和国》
見慣れた国名もあれば、聞き慣れない国名もある。
「バルトリア共和国って、どこですか」
俺が小声で聞くと、横にいた競技運営担当の水野が答えた。
「欧州の小国です。迷宮資源と魔導薬学が強い国ですね。今回の代表チームは【Blue Hounds】。ここ数年で急に成績を伸ばしているチームです」
「ブルー・ハウンズ、ですか」
「迷宮踏破と災害区画救助で予選突破候補です。メダル最有力ではありませんが、注目度は高いですよ」
なるほど。
知らないことが多く勉強になる。
配信前から、コメント欄は動いていた。
公式配信なので、コメントは遅延とフィルターが入っている。
待機人数はどんどん膨れ上がっていて、既に100万人を超えていた。
今日の配信は結構前に告知済みなので、この配信のために多くの人が集まっていた。
控室の確認モニターには、そのコメントの流れが見えている。
『真壁さん公式きた』
『真壁と見るWEG東京、タイトルがもう不穏』
『普通に競技解説してくれ』
『いや絶対何か見つけるだろ』
『事故配信期待』
『歩く事故配信者の名は伊達じゃない』
『公式で事故待ちされてるの草』
『今日は平和に終わってくれ』
『フラグやめろ』
『配信事故に定評がある鑑定士』
俺はモニターから目を離した。
「コメント欄、見ないほうがいいですね」
「今日は公式配信ですので、いつもよりもきつめに荒れそうなものは弾いています」
配信担当者がそう言うも、これで弾いているのか。
シオが膝の上で殻を揺らした。
『じこ』
「事故じゃない」
『きたい』
「期待はしなくていい」
水野が、笑っていいのか迷った顔をした。
「真壁さん、そろそろ時間になります」
「はい」
カウントが始まる。
そして配信担当者が手で合図した。
「お疲れさまです、真壁です」
自分のチャンネルではないからなのか、声が少しだけ上ずった。
WEG東京公式チャンネルだ。
同じ配信でも、少し声の出方が違うような気もする。
「今日はWEG東京公式企画、『真壁と見るWEG東京』ということで、災害区画救助競技の公式練習を見学させていただきます」
横で水野が頭を下げた。
「競技運営担当の水野です。本日は、災害区画救助競技の基本ルールと、公式練習の様子をご紹介します」
コメント欄が流れる。
『水野さんよろしく』
『真壁さんが公式にいるのまだ慣れない』
『シオちゃん本当に色変わってる!!』
『災害区画救助って何やるの?』
『事故るなよ』
『シオちゃんはついに神の領域に達したのです』
『災害区画救助だから事故っても安心だな』
『事故るなよ、は事故れと同じ意味』
『白色のシオもまた良き』
『公式負けるな!がんばれ』
「…………」
コメントに絶句している俺とは対照的に、競技運営担当の水野は冷静だった。
「災害区画救助競技は、崩落、魔力汚染、視界不良、疑似魔物の妨害などを想定した競技です。選手は制限時間内に区画へ入り、要救助者を発見し、安全地点まで搬送します」
練習場には、人工的に組まれた災害区画が設けられていた。
崩れた壁や傾いた床。
至る所に様々な事象を人工的に発生させる装置など。
区画の中央には、倒れた人形が複数置かれている。
「思ったより本格的ですね」
「実際の災害現場を参考にしています。速さだけでなく、救助対象の状態維持、危険物の見落とし、チーム内の連携も採点対象です」
練習場には、崩れかけた通路、傾いた床、救助用の人形、魔力霧を吐く装置が並んでいる。
本番はダンジョン内で行うそうだが、練習用と聞いて想像するよりずっと作り込まれていた。
「こういう競技なんですね。迫力というか、圧倒されます」
随分と素人並みの感想だと思ったが、実際に目で見ると改めてその凄さを感じる。
人はあまりに凄いものを見ると、語彙が少なくなり、凄いしか言えなくなるというが、まさしくそれだった。
公式練習場には、各国の選手が順番に入っていた。
練習なので本番用の全ギミックは動いていないらしいが、それでも動きは速い。
選手が区画へ入ると、まるで決まっているかのように全員が散っていく。
瓦礫をどかし、その最中で支援役が周辺状況を確認している。
搬送役が要救助者の人形を固定する。
後方の指揮役が、全員の位置を短く伝える。
『普通に面白い』
『練習はこんな感じなのか。新鮮だな』
『災害救助競技いいな』
『真壁さんの感想が一般人』
『すごいですね、かわいい』
『今日もシオちゃんは尊い…』
『このまま平和に終わって』
『いやまだ分からん』
『シオちゃん手を振って!』
『何か見えてない?』
水野がタブレットを確認した。
「次はバルトリア共和国代表、【Blue Hounds】の練習です」
「さっき言っていたチームですね」
「はい。スピード型のチームです。補助系魔道具と短時間強化術式の運用が上手いことで知られています」
「補助系魔道具?」
「競技によっては、認められている補助専用の魔道具があります。装備型だったりポーション類と別れるのですが、使用用途としては疲労軽減、集中維持、魔力循環の安定などですね。この競技はレベル設定はされていますが、使用が認められています。もちろん、事前申請と検査があります」
「装備や飲むタイプもあるんですね。それってドーピングとは違うんですか」
水野は、少しだけ慎重に頷いた。
「違います。申請された範囲内で、競技規定に合っていれば問題ありません。問題になるのは、申請外の薬物や、持続時間をごまかした強化術式、神経系に直接干渉するものです」
「なるほど」
分かったような、分からないような。
【Blue Hounds】の選手たちが練習区画の前に並んだ。
青いラインの入った白いジャケット。
前衛が2人。
支援役が1人。
搬送役が2人。
後方指揮が1人。
選手たちはさっきの選手たちと比べると全員、体の線が細い。
だが、弱そうには見えない。
レベルの恩恵がある以上、見た目のひ弱さとかは関係がなく、俺みたいなタイプでも超人的な身体能力を持っている探索者は世界でそこら中にいる。
練習前にチームで簡単な話し合いを行い、手順通りに練習を開始した。
前衛の2人が、ほとんど同時に区画へ入る。
片方が崩れた梁を持ち上げ、もう片方がその下を滑り込む。
支援役が魔力霧の濃度を測り、指揮役が短く番号を飛ばした。
速い。
「速いですね。それにさっきの見てて思ったんですけど、みんな迷いがないです」
「【Blue Hounds】は全体的に速さに重きを置く、初動に特化したチームです。この競技はスピードに配点の重きを置いているので、どのチームもそれに適したチーム編成をしてますね」
コメント欄も反応している。
『速い』
『動き軽すぎ』
『これ中堅なの?』
『バルトリア知らなかったけど強いな』
『バフ系が総じて強い国なのか』
『真壁さん、変なもの見つけないでね』
『見つけるなよ、絶対見つけるなよ』
俺は、練習区画の中を見た。
ぱっと見だが特に変な何かは何も感じない。
(……いかんいかん。最近鑑定のし過ぎで、つい、違和感チェックをしてしまう。気を付けねば…)
そう思ったところで、前衛の一人が梁を押し上げた。
その動きだけ、少し引っかかった。
簡単に持ち上げるその力は常人を遥かに超えている。
それ自体は何もおかしくない。
探索者なのだから、一般人より遥かに力がある。
そんなのは当たり前だ。
ただ、力の出方に妙な違和感を覚えた。
>筋力強化の魔法バフ。
>反応速度補助。
>呼吸を整える補助薬。
>※※※※※
そこまでは、申請済みの範囲に見える。
だが、その下にもう一つある。
「……あれ」
口に出してから、しまったと思った。
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