真壁のお仕事訪問③
俺は運営管理第一オフィスフロア内を見渡していた。
働いている人たちは、こちらの会話の中身を知らない。
普通にキーボードを打ち、普通に電話をし、普通に資料を運んでいる。
俺らは数人で遠くから見ているだけで、視線すら向けられていない。
その中に、18人。
言っている俺も、この人数は想定外で少しだけ嫌になってきた。
「真壁さん、その者がどこにいるのか指ささずに、言葉で伝えてください」
「でしたら名前から先に言って、それからその人が今いる場所を伝えます」
「少々お待ちを……はい、お願いします」
俺は窓際の列の奥から二番目、中央島の端、コピー機の近くにある臨時席の順といった感じで、反応のある場所を伝えていく。
伝えるたびに、WEG東京の担当者が端末で照会をかけて、それを共有していく。
警察庁の実務担当が、別の画面へ転送する。
護衛が短く通信を入れて、周囲の人を動かしていく。
そして準備ができたのか、1人ずつWEG東京の職員が声をかけてこのフロアから移動を促していった。
表向きは静かに。だが廊下に出ると黒服や、明らかに部外者と思われるスーツの集団が待機しており、それを目にして「これは何事?」という顔のまま連れていかれていく。
「………すごい画ですね…」
管理局職員もそれには同意のようで短く頷く。
「入れ食い状態、ですね」
全員が想定していた数を遥かに超えるこの数に、関係者たちは護送車や隔離施設を増やしたり、人員を慌てて追加したりしていた。
全ての隔離処置を終えると、全員の脳裏にある思いが浮かぶ。
(これ…まだ最初だぞ……どれだけの工作員が紛れ込んでいるんだ…)
その思いを共有する間もなく、次のフロアに行く準備を進めていく。
「……次のフロアへ行きましょう」
その声は一見すると落ち着いていた。
落ち着いていたが、たぶん内心では落ち着いていない。
次は、配信設備調整オフィスだった。
中継用魔道具、国際放送用の同期資料、競技映像の編集調整など。
それ以外にも権利関係だったり、海外配信向けの権利調整などを行うオフィスだと説明される。
俺は先ほどと同様に出入口を入ってすぐの場所で立ち止まり、同じようにフロアを見渡して鑑定を通した。
――――――――――――――――――――
配信設備調整オフィス
分類:WEG東京配信設備管理区画
状態:通常業務中
鑑定条件:本人情報偽装反応のみ抽出
検出:登録本人情報との不一致反応あり
件数:23
内訳傾向:魂魄術式系偽装層 3/所属情報変造 9/短期権限借用 6/技術情報接触偽装 5
備考:配信設備仕様、国際放送連携資料、中継用魔道具資料への接触履歴あり。
推奨:対象端末の即時封印、資料アクセスログ保全。
――――――――――――――――――――
「……23人です」
「………23人、ですか」
俺はまた同じように名前を伝え、そして端末列の中央や仕様書保管棚の近く、会議用モニターの隣にある臨時入室者用の席を伝えていった。
◇
そんな感じでフロアを回っては、同様に繰り返していく。
そして4つ目のフロアを回った時点で、警察庁の実務担当から声が漏れた。
「合計、76」
「……まだありますか」
俺が聞くと、WEG東京の担当者は言葉を詰まらせた。
この組織委員会はこの有明一帯に、専有の執務用オフィスや会場を新たに作り上げており、
このフロアだけで到底終わるはずがない。
「HQがあるこのオフィス棟は、大半の職員が詰めている場所ですので、何とか…」
「………はい」
そのあとも、見学という名目で部屋を回った。
小さな会議室や資料確認スペース、外部業者の一時作業場や、休憩室など、細かい部屋も見ていくたびに、少しずつ数字が増えていく。
その途中で、集計欄にはこう表示された。
本人情報偽装反応候補:103件。
「……100超えましたね」
俺がそう言うと、誰もすぐには答えなかった。
シオだけが、殻を小さく揺らす。
『おしごと いっぱい』
「そうだな」
いっぱい、という言葉で済ませていい量ではない。
周囲の関係者は乾いた笑いしかできなかった。
◇
俺たちがフロアを回っている間、有明WEGセンター内の一時対応室では別の重い業務が同時進行していた。
部屋の中央には、フロアごとに分けられた一覧が表示されている。
そこへ、俺が口頭で伝えた名前と位置、WEG東京側の登録所属、入館権限、端末番号、当日のアクセス履歴が順番に追加されていく。
「運営管理第一、対象者AからDまで別室誘導完了」
「スマホなど外部端末封印完了」
「配信設備調整オフィス、対象者三名が外部資料サーバに接続履歴あり。ログ保全を優先してください」
声は飛び交っている。
だが、誰も大声では言わない。
粛々と処理を行っていく。
だから、一時対応室の空気は妙に静かだった。
静かなのに、画面だけがものすごい速さで埋まっていく。
警察庁の実務担当は、俺が次の部屋で名前を読み上げるたびに、一覧の行が増えていくのを見ていた。
「本人照会、登録情報一致。ただし出向元照会に未回答」
「国内別部局の可能性。保留扱い」
「魂魄術式系偽装層、前島と類似。優先隔離へ」
「WB関係者の可能性大、特務隊を向かわせろ」
改めて調査を深掘りしていくと、疑惑のオンパレードと化していた。
こんなにも強固なセキュリティを容易く突破してくるものか、と次々に書き込まれていく個人情報に少し眩暈を覚える関係者もいたが、任務は任務、そう切り替えて対応にあたっていた。
警察庁の実務担当は、この状況を見つつも、昨夜のホテル自室での打ち合わせを思い出していた。
◇
昨夜のホテル自室で、俺は自分の考えを説明していた。
「人を一人ずつ見ると、きりがないです」
そう言うと、警察庁の実務担当は頷いた。
「それはこちらも同じ見解です」
「それに、俺もやりたくないです」
「はい」
「なので、部屋ごとに見ます」
「ん?」
そこで、全員の視線が俺に集まった。
WEG東京の担当者が、少し遅れて聞き返す。
「部屋ごと、ですか」
「そうです。部屋ごとです」
「……それは人ではなく、部屋を鑑定するということですか」
「正確には、部屋の中にある偽装反応だけを鑑定で拾う感じです」
自分で言っていて、説明が雑だと思う。
だが、俺の感覚としてはそうだった。
前島を鑑定した時、本人情報の偽装層が見えた。
魂魄術式を使って、生体情報を表層に載せているようなもの。
それは普通の嘘とも、ただの偽名とも違う。
あの違和感を覚えている。
「偽装の感覚を覚えたので、それだけを抽出すれば、視界に入るという前提は付きますが、部屋内の人物限定で見られると思います」
「……真壁さん、そんなことが可能なんですか」
ダンジョン庁の特務担当が聞いた。
俺は少し考える。
できる、と言い切るのは怖いが、一方でできない気もしなかった。
「たぶん、今なら簡単にできます」
「そんな簡単なことではないとは思いますが…」
簡単、という言葉がよくなかったのかもしれない。
ただ、俺の中では、人を一人ずつ見るよりずっとましだった。
「全部の情報を見るわけじゃないです。名前も経歴も、詳しい所属も見ません。前島と同じような本人情報のずれがあるかどうか。簡単な鑑定、そんな風に理解してもらえれば。それだけなら、部屋の中から拾えます」
「先ほど視界に入ると言いましたが、実際にはどのくらいの範囲で?」
「そうですね…広い倉庫みたいな場所だと分かりません。…いや、そのくらいならいけるかも? ……普通のオフィスくらいなら、たぶん」
「なるほど…それができるのなら、むしろそこからどう確保したり、身元を洗ったりするほうを考えるべきか」
「1つだけ注意が必要で、鑑定結果が出ても全部がWBとは限らないと思います」
「なぜそう思うんですか」
「WEGって、世界中から人が来るんですよね」
俺は資料に出ていた大会概要を思い出しながら言った。
「出場者、関係者、企業、放送、警備、国の偉い人も来る。なら、たぶん、WB以外にも紛れ込む理由がある人たちはいると思います」
言ったあと、部屋の中が少し静かになった。
どうやら俺は、あまり言わなくていいことを言ったらしい。
「……真壁さん」
警察庁の実務担当が、ゆっくり口を開いた。
「その点も含めて、現場では徹底して確認します」
「お願いします」
俺は頷いた。
その時、シオが殻をふりふりする。
『みるだけ』
「そう。見るだけ」
その時は、まだそう思っていた。
◇
そして目の前には次々と追加される名前を見て、警察庁の実務担当は軽いため息をついた。
「これが藪蛇ってやつか。とんでもない人につつかせてしまった」
次々と積み上がっていく確認情報に思わず視線を外すのであった。
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