真壁のお仕事訪問②
ホテルの自室に戻った時点で、廊下の空気がいつもと違っていた。
見慣れた護衛はいるが明らかに数が違う。
エレベーターを降りたところで、前にいた護衛がこちらへ視線を向けた。
俺の後ろにいた護衛は、位置取りを変えて今までやらなかった半包囲態勢を取る。
そして部屋の前に着くと、ドアを開ける前に中の確認が入った。
もうこの流れにも、多少は慣れてきた。
慣れてきたが…どんどん大袈裟になっていくのは気のせいだろうか。
「真壁さん、室内確認完了です。どうぞお入りください」
「あ、はい。いつもありがとうございます」
部屋の中は、朝に出た時とほとんど変わっていない。
ソファーも、机も、専属支援チームが置いていった資料の山もそのままだ。
それなのに、護衛の人数が増えただけで、自室というより何かの待機所に見える。
むしろここは職場かな? と心の中で呟きながら部屋に入っていく。
シオは机の端に置かれた魔石の小箱へ視線を向けた。
というより、もう半分くらい身を乗り出していた。
「ご飯の時間はまだだぞ」
『こいあじ』
「濃い味は美味しいよな。でも、まだだ」
言いながら、俺はソファーに腰を下ろした。
座ってすぐ、インターホンが鳴る。
護衛が対応し、扉の外で短いやり取りがあった。
それから入ってきたのは、警察庁の実務担当と、ダンジョン庁の特務担当だった。
その後ろに、内閣府の危機管理関係者とWEG東京の運営担当者も続く。
今泊っているホテルは宿泊するには十分のスペースがあるが、ここに支援チームだったりいるので、職場という意味ではかなり狭い方かもしれない。
そこに来客が来ると部屋がパンパンになるのだが、今日の来客は人数も面子も何か濃い気がする。
「真壁さん。お疲れのところ申し訳ありません」
「いえ。大丈夫です」
そう答えたものの、本当に大丈夫かどうかは分からない。
俺の予定表では、今日はもう休むことになっていた。
最近の予定表は、あまり、いやかなり信用できない……。
「前島竜二の件ですが、改めてありがとうございました」
警察庁の実務担当が、机の上にタブレット端末を置いた。
前島竜二。
新藤雄二としてWEG東京に入り込んでいた男。
名前が変わっただけで、俺の中ではまだ新藤の顔の方が先に出てくる。
「関係者への共有もかなり絞っています。ですが、我々は前島1人で終わるとは見ていません」
「……それは、そうだと思います」
口に出してから、俺は少しだけ視線を落とした。
前島のやったことを考えれば、確かに1人で全部済ませたとは思いにくい。
「そこで、真壁さんに相談があります」
その言い方で、だいたい次に来る話は分かった。
「人を順番に見る、という話なら俺はあまりやりたくないです」
俺が先に言うと、部屋の中が一瞬静寂に満ちた。
内閣府の担当者は表情を変えなかった。
WEG東京の担当者は、少しだけ息を詰める。
警察庁の実務担当は、予想していたらしく小さく頷いた。
「そこは承知しています。法的にも、運用上も難しい」
「なら、どういう相談ですか」
「通常の本人確認では拾えない潜入者が、他にもいる可能性があります。前島の例が出た以上、こちらとしては見過ごすことは出来ないし、これを機に徹底的に内部を洗いたいと考えています」
「それは理解できます。でも普通の確認方法で、だとまた通りますよね」
「はい。前島の例がありますので」
その返事だけで、こちらもそれ以上聞く必要はなかった。
前島の例がある以上、顔認証も、魔力反応も、作業記録も、あまり信用できない。
「1人ずつ見ていくと、きりがないですよね。そもそも何人、で終わる話でもないですし、そんなことやってたら恐らく逃げちゃうと思います」
「はい。おっしゃる通りです」
「それに、さっきも言いましたが、俺もあまりやりたくないです」
「承知しています」
俺は少し考えて、前島を鑑定した時の感覚を思い出した。
偽装名と本名の差だけではない。
魂魄術式を使って生体情報を上書きし、表層だけを整えて本人確認を通すための薄い層。
見ていて気持ち悪かった。
だから、まだ覚えている。
「……いい方法なら、あると思います」
俺がそう言うと、全員の視線がこちらへ向いた。
「いい方法、ですか」
「はい。たぶんですけど」
たぶん、と付けた時点で、俺としてはかなり慎重に言っているつもりだった。
だが、周囲の受け取り方は違ったらしい。
「その方法を聞かせてもらってもよいでしょうか?」
俺は頷いた。
「そんなに難しいことじゃないんですよ。例えば………」
話し終わった後、周囲を取り囲んでいる全員が難しい顔をした。
「……いや…まぁ確かに難しいことじゃないとは思いますが…」
警察庁の担当者は隣に視線を送る。
「……今はそれに頼るしかない、か。真壁さん、その方法で明日から動けますか」
「それは問題なく。スケジュール調整は支援チームの皆さんとしてもらえたら」
管理局職員は頷いた。
「具体案が決まりましたら、真壁さんに報告します」
「では、こちらも準備に入るので、後ほど」
席を立ち、そのまま部屋を出ていった。
そして夜のミーティングに入り、翌日を迎えた。
◇
翌朝。
俺は有明WEGセンターにいた。
表向きには、公式鑑定解説員としての業務確認。
WEG東京の各部署が、今後どのように俺と連携するのかを確認するための見学。
だが、周囲の導線は明らかに昨日までと違う。
関係者用のゲートへ向かう途中、少し離れた場所にいた警備員の視線が何度も動いた。
護衛は何も言わない。
だが、俺が見ても分かるくらいに、周りが気を張っている。
前島の情報は、まだ外へ出ていない。
まだ出ていないうちに動く。
「真壁さん、本日はまず運営管理第一オフィスからご案内します」
WEG東京の運営担当者が、スマホ片手に言った。
「分かりました」
俺は頷いた。
運営管理第一オフィス。
名前だけ聞くと、普通の事務所だ。
実際に入ってみても、見た目はかなり普通だった。
机が並び、ノートパソコンが置かれ、壁には大会スケジュールと会場図が表示されている。
職員たちは電話を取り、資料を運び、モニターに表示された予定表を見ながら話している。
世界最大級の大会を動かす場所と言われても、見た目だけなら一般オフィスの大きなフロアと変わらない。
「では、始めます」
俺がそう言うと、WEG東京の担当者が小さく頷いた。
警察庁の実務担当は、インカムで周囲に作戦行動開始を告げる。
ダンジョン庁の特務担当は、出入口を封鎖するようなポジション取りを行う。
俺は部屋の入口近くに立ち、少しだけ意識を広げた。
一人ずつ見るわけではない。
名前を見るわけでもない。
誰が怪しいかを、顔で判断するわけでもない。
昨日の夜に思いついた通り、見るものはひとつに絞る。
前島を見た時に覚えた、本人情報のずれ。
表層だけを整えて、登録情報として通している感覚。
そこだけを拾う。
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運営管理第一オフィス
分類:WEG東京運営管理区画
状態:通常業務中
鑑定条件:本人情報偽装反応のみ抽出
検出:登録本人情報との不一致反応あり
件数:18
内訳傾向:魂魄術式系偽装層 2/短期権限借用 5/所属情報変造 7/判定保留 4
備考:通常の入館認証上は全員正規登録者として処理済み。
推奨:対象席の一時隔離、端末封印、別室照会。
――――――――――――――――――――
「……18人います」
俺が言った瞬間、隣にいた護衛の空気が変わった。
「は?」
「えっ? 18人、ですか。えっ???」
警察庁の実務担当が、困惑気味で確認するように再度聞き返した。
「はい。この部屋だけで」
「………この部屋だけで」
「大至急、運営管理第一オフィスに人員追加を!」
管理局職員が遠目で「あぁ…またか…」と呟き、護衛は深くため息をついた。
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