真壁のお仕事訪問①
内閣府の会議室には、普段見ない関係者も多く集められていた。
ダンジョン庁、警察庁、警視庁の上層部の面々がおり、続いて内閣府の危機管理担当やWEG東京組織委員会の上層部が顔を揃えている。
会議室の前方にある大型モニターには、一人の男の情報が表示されていた。
前島竜二。
国際手配対象のテロリストで、複数国の探索者関連施設への不正侵入や、封印指定魔道具への干渉など、専門の知識を持って様々な国々に被害をもたらしており、ビンゴブックでは上位に属している。
そこまで表示されたところで、警察庁上層から低い声が漏れた。
「……本当に、前島なのか」
「真壁遼氏の鑑定結果では、実体照合名は前島竜二。偽装名は新藤雄二。探索者換算でB級相当。ただし魂魄術式の影響で、一時的に戦闘力を落としていたと出ています」
報告役の職員が淡々と読み上げる。
「WEG東京の内部業務に、前島竜二が入り込んでいた、というわけだが…」
「そうです。ですが入館記録や作業記録、本人確認などすべて新藤雄二名義で通っています」
「WEGのセキュリティを堂々と正面突破してきたというわけか」
「WEG東京のセキュリティは、世界探索者連盟からの要望に100%応えたかなり厳しいセキュリティを構築していまして、国内、いや世界的に見ても最高水準です」
WEG側の責任者が、周囲を気にしながら補足する。
「……入館者の身元確認、作業履歴、認証端末、魔力反応ログ、封印区画への入退室記録。すべて手順通りに確認しています」
「それでも、見つけられなかった」
警視庁側の人間が重々しく口を開く。
「問題はそこです」
ダンジョン庁の職員が資料を切り替える。
表示されたのは、真壁が書き残した鑑定結果の写しだった。
氏名・生体認証情報に偽装層あり。
術式性生体情報上書き。
魂魄術式を利用して生体データを魂魄の薄い層に載せている状態。
会議室の数人が、そこで顔をしかめた。
「魂魄術式か」
「ええ。通常の本人確認では、表層の生体情報だけが一致します。名簿照合、顔認証、魔力反応、作業端末の認証。そこを全部くぐり抜けるための偽装です」
「では、WEG側の確認が甘かったわけではない、と」
「甘くなかったからこそ、深刻です」
その言葉に、誰もすぐには返せなかった。
甘かったなら、仕組みを締め直せばいい。
穴があったなら、塞げばいい。
だが、最高水準の網を正面から抜けられていたとなると、話が違う。
「しかし…魂魄術式のような、世界的に禁止されている禁術を持ち出してまで、WEGに潜入しなければならないことなのか…あれだって術者に相当なリスクを負う術式なんだぞ?」
この違和感は確かにその通りだと、この場にいる人間は同意する。
するとこの流れを断ち切るかのように、内閣府関係者から声が発せられた。
「前島竜二は、WBと接続していた可能性が高いと考えています」
その言葉が出た瞬間、会議室の空気が一段変わった。
WEG側の数人は、すぐには反応できなかった。
一方で警察関係者の一部は、苦々しい表情を見せる。
「ここから先は、機密扱いです」
内閣府側の男が続ける。
「WB。内部呼称としては、World Breaker。全世界的な混乱を目的とした、妨害工作組織です」
資料が切り替わる。
そこには国内の呪術汚染についてや、ダン博について詳細に記載されていた。
「彼らの目的は、単純な破壊ではありません。信用の破壊です」
「信用?」
「ダンジョン管理体制への信用。国際大会への信用。鑑定士制度への信用。配信される映像への信用。それに伴う国家の信用…そういうものを、少しずつ壊していく」
誰かが小さく息を吐いた。
「世界を壊す、ですか」
「ええ。だからWorld Breaker。そう呼ばれています」
会議室に沈黙が落ちた。
だがその沈黙を破ったのは、ダンジョン庁の職員だった。
「問題は、真壁遼氏です」
モニターに、別の資料が表示される。
「国内の呪術汚染問題や、大阪湾岸での呪物の一件。ダン博。そして今回のリンクプリズム。真壁氏は、WB側が隠した痕跡を複数回拾い、そして未然に防いでいます」
「……冗談みたいな話だが…これだけ並べられると驚異的な成果、だな」
「世界が対応に苦慮しているWBに対して、いわば特効薬みたいなものでは」
誰かが、半ば冗談のように言った。
だが誰も笑わなかった。
「現時点で彼だけが、あらゆる監視や検査をすり抜けたものを確実に見つけ出しています」
周囲は再び黙り込む。
「……だがそれは、逆に危険でもあるな」
「WB側から見れば、真壁遼氏はかなり邪魔な存在です。前島竜二の偽装を破ったとなれば、なおさら」
「確かに。まだ前島が捕まった情報は流れてはいないだろうが、これも時間の問題だ」
「保護レベルを上げるべきです」
「今の真壁氏の警備体制は?」
「準国家元首クラスの警備体制を敷いています」
「一段階引き上げる必要があるな」
ダンジョン庁職員は別資料を映し出した。
「そう思いまして草案をつくっております。まずは…」
会議室の中では今後について話し合いが進んでいった。
◇
場所は変わり、警察庁内の小さな会議室。
さっきのような上層部の会議ではない。
机の上には、印刷された資料とタブレット端末。
壁際にはホワイトボード。
出席しているのは、警察庁の実務担当、警視庁の捜査担当、ダンジョン庁の特務担当。
いわゆる現場側の打ち合わせだった。
「…で、これからどう動く」
警察庁の担当者が、開口一番そう言った。
「前島の身柄は深層事案特務室が移送中です。警視庁側には、移送経路と拘束状況だけ後ほど共有します」
「こっちは前島名義と新藤名義の両方で照会をかける。外部保守会社、協力業者、派遣元、経理経路。全部洗う」
「問題は、そこだけじゃないでしょう」
ダンジョン庁の特務担当が言った。
「真壁氏が言っていました。こいつだけか、と」
その一言で、ホワイトボードの前にいた警視庁の担当が手を止めた。
「実際、あり得るのか」
「あり得る、ではなく、前提にすべきです」
「前島一人で、リンクプリズムの修復工程、認証、作業記録、逃走準備まで全部組んだとは見ていない?」
「見ていません。前島は実行役です。少なくとも認証を通した者、外部保守会社に混ぜた者、作業工程を意図的に変えた者がいます」
警察庁の担当者が、持っていたペンのトリガーをカチカチと鳴らせた。
「なら関係者を再検査する。WEG施設内の外部業者、運営、AIC、技術部門。全員だ」
「普通なら、それでいいと思います。ですが、前島の例があります。ここを避けては通れない」
資料の一枚が机の中央へ押し出される。
「この魂魄術式を使われると、通常の本人確認は通ります」
「顔認証は」
「通ります」
「魔力反応ログは」
「表層は一致します」
「…入館認証は」
「前島は通っていました」
「つまり、いくら歴を洗っても、綺麗な歴が出てくるだけか」
「そうです」
「現場で聞き込みをしても…無駄だな」
「そうですね。新藤雄二として働いていた人間の証言が出ます」
「本人確認をやり直しても、同じ偽装層を見て終わる可能性が高い」
警視庁の担当者が、低く舌打ちした。
「こんなの、現場でどう見つけろっていうんだ」
誰もすぐには答えなかった。
「……前島を見抜いたのは、真壁氏です」
「真壁氏に人間を一人ずつ鑑定しろという依頼は通しにくいだろう。本人も嫌がるだろうし、そもそもだが仮に鑑定を実施したとして、全体的な実施の根拠や法的に扱いが難しい」
「ではどうする」
全員が顔を見合わせた。
「……相談してみます?」
「誰にだ? まさかそのまま真壁氏に??」
「はい」
警察庁の担当者は、少しだけ苦い顔をした。
「また民間人頼みか」
「あの人を民間人の一括りにはもう出来ないでしょう。もはやそれを突き抜けた存在です」
そこで少しだけ沈黙が落ちた。
だが、現場寄りの者が集うこの会議に長い沈黙は似合わない。
「……分かった、相談しろ。ただし、現場側の要望としてやりたいことは明確に伝える。前島だけでは終わらない可能性が高いし、何よりも時間が惜しい。WEG有明周辺に逃げる工作員が出る前に、内部を洗いたい」
「ちなみに捕獲網は」
「敷く。警視庁、ダンジョン庁、WEG警備で分担する。ただし表には出さない。前島確保の情報が出回る前の数日が勝負だ」
それでいいな? と周囲を見回すと、全員が頷いた。
そしてダンジョン庁の職員がタブレット端末を閉じる。
「では、真壁氏へ相談を入れます」
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