探偵・真壁遼③
「くそっ!! まずい、まずい、まずいぞ…」
出勤してしばらくすると、TEC局の部長から直接声がかかり、そのまま待機室まで連れて来られていた。
そこは普段、外来の客だったり、たまに会議室が空いていない時に使う部屋で、1人でそこにいるように、と告げられていた。
いきなりのことだったのでスマホも何も持ってきていない。
一旦状況を確認するべく、部屋を出ようとすると、外にいた職員に止められた。
「そのまま室内で待機してください。これは局長命令です」
局長命令…新藤は待機室に戻るも、この状況に違和感どころか、危なさを感じていた。
「まさか…バレたのか?? いや、こんな短期間でか??」
新藤は室内をウロウロと落ち着かない挙動を見せていた。
「……なんにしてもこのままだとまずいな」
ドアに耳をあてると、外からなにか声が聞こえてくる。
ハッキリとは聞こえて無いが、人が集まりつつあるような気がする。
「スマホを持って来なかったのはかなりまずい…あれは確実に処分しないと」
大きなため息をついた新藤は、袖をまくって左腕に手を当てる。
そこには何かテープが張り付いており、そのテープを勢いよく剥がした。
テープの裏には何か術式が刻まれている。
「ちっ。これを発動することになるとは…」
嫌々ながらも新藤はその術式を発動した。
「……よし、俺の中のラインは切れたな」
テープは術式発動と共に塵と化して宙に消えていった。
「確認できないのはちょっと問題だが、スマホも確実に中身は消えたはずだ…あとは…」
ドアに寄り、少しだけドアを開けるとさっきの職員がスマホで何か通話をしている。
それ以外には人の気配はなく、出るには障害なく出られそうな状況であった。
「まぁ、多少荒事になったとしても、だな」
魔力を研ぎ澄ませ、そして準備を終えるとドアを開けた。
「すいません、ちょっと気分が悪くて…救護室に行きたいんですが」
スマホで通話していた職員は新藤を見ると、慌ててこちらに寄ってくる。
「ちょっと待ってください! 緊急性がない限りは認められません」
「いや結構気分悪くて…」
新藤はよろめくような素振りを見せ、それを見た職員は通話でこの状況を通話相手に伝えていた。
(ちっ! 状況が周囲に伝わるのは怠いな…)
「うっ…吐きそう…」
えずく様な素振りを見せると、流石にここで吐かれるのはまずいと思ったのか、「大丈夫ですか?」とこちらに歩み寄ってくる。
「もう…ダメそう…なんてね」
新藤は表情を一変して、職員に近づくと当身を放ち、一撃で意識を刈り取った。
「手回しがやけに早いな…さっさと出るか」
職員を目立たせない場所に置くと、非常階段の方へ走る。
そしてドアノブに手をかけたところで声がかかった。
「もう退勤か?」
すぐに声の方を振り向くと、そこには黒服が立っていた。
「ははは、ちょっと休憩ですよ」
新藤は手でタバコを持つジェスチャーを見せるも、黒服は遠慮なく間合いを詰めて来た。
(……っ! こいつ…かなりやるっ!)
慌ててドアノブを捻ろうとした時であった。
本来外側に向かって開くはずの扉が内側に、それも吹っ飛んで来る。
「っ!!!」
間一髪、鉄製の非常ドアをかわしたものの、かわした方向がまずかった。
「残念」
黒服の拳が迫ってくるところで新藤の意識は途絶えた。
「あー護衛リーダー、身柄を確保しました」
短くスマホで伝えると、「了解」と返って来た。
◇
「真壁さん、確保しました」
「ありがとうございます」
俺と護衛のやり取りに御厨は「…えっ?」と交互に顔を見合わせた。
「……いつから出口を押さえていたんですか」
「この鑑定をする前にです。つい最近、苦い経験をしたばかりですから」
俺の言葉に御厨は「…なるほど」とだけ答えた。
「ダン博の件と同じやつならば、ここで逃げようとする人がいるかもしれないと思ったので」
「それで、先に護衛へ?」
「はい。ちょうど俺の周りには優秀な護衛がいるので、ちょうどいいかなと思って」
「ウチのボスはほんとに人使いが荒いので」
護衛は軽口混じりでジェスチャーを取った。
「ほんと頼りにしてます」
「………WEG東京のセキュリティには今連絡しています。それまではそちらで容疑者を確保してもらっても問題ないですか?」
「それには及びません。容疑者は国が責任をもって確保しますので」
護衛の言葉に御厨の顔色が変わる。
「……それは越権行為なのでは?」
「既に状況は変わっています。ここから先の領域は我々の管轄です」
御厨と護衛がバチバチとやり合っている中、俺はまたしても不穏な言葉を口にする。
「……まだ他にもいるんじゃないんですかね」
俺の言葉に同時に二人は振り向いた。
「いや、ちょっとまだ分からないですけど。ただ、見破られたあとの処理が的確過ぎるなぁと思って」
「……結果的にその後のフォローを見抜けたからいいものの、次の手が早すぎるな…」
護衛はそう言うと「少しだけ席を外します」とだけ告げ、別の護衛が交代として入った。
◇
その後、新藤雄二の身柄は移送された。
本人への取り調べは、俺の仕事ではない。
貴重な証人なので手厚く保護します、とのことだが、意味合いが俺と違っているような気もする。
だが、これは政府の管轄として移った以上、俺が出来ることは何もない。
この捜査が進展することを願うばかりだ。
しばらくすると、さっき部屋を出た護衛が戻ってきた。
「真壁さん」
「はい」
「政府対策室から、正式な依頼です」
俺はその言葉に表情を曇らせる。
「新藤雄二本人の鑑定協力をお願いします」
部屋の中が急に静かになった。
御厨も、近くの職員も、すぐには口を挟まなかった。
「本人を、ですか」
「はい。取り調べではありません。ですが、彼が何に触れたのか、何を持ち込んだのか。そこに残っている痕跡を、あなたの鑑定で確認していただきたい」
言っていることは分かる。
だが、人を鑑定する。
その言葉の響きは、物を見る時とはまったく違った。
「…知りたいことが、鑑定結果に現れるかどうかはわかりませんよ」
護衛は頷いた。
「もちろんそこは理解しています。確認していただきたいのは、接触痕、持ち込み痕、残留反応です」
「それなら……たぶん」
言い切れなかった。
たぶん、できる。
いや、むしろその程度であれば、恐らくはあっさりとできると思う。
でも、できるからやる、で済ませていい話ではない。
護衛が言いたいのは、どこまでの影響を与えていたのか、それが知りたいのだろう。
新藤が触れたのは、リンクプリズムの中継核だけではないかもしれない。
所持品にも、まだ何かが残っているかもしれない。
そしてそれは本人にも。
「分かりました。ただ何回も言いますが、見たい物が鑑定結果に出る保証はどこにもないですよ?」
「もちろんです」
護衛が短く答える。
そして御厨は黙ったまま、俺を見ていた。
その沈黙の中で、シオが殻を小さく揺らした。
『たんてい』
「………違うぞ」
『たんてい まかべ』
「……探偵じゃなくて、言うなら鑑定士だろ」
『たんてい まかべ りょう』
そして殻をふりふりとして、周囲に光の屑をまき散らした。
「………どこで覚えてくるんだよ」
ご機嫌なシオを肩に乗せて、俺は政府の護衛について部屋を出た。
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