探偵・真壁遼①
有明WEGセンターに入ったのは、要請を受けてから2日後だった。
前回より警備が増えており、関係者専用の認証ゲートもかなり厳重な警備に変更されていた。
だが俺ら集団が近づくと、すぐ横にあるドアが開かれ別検査されてから中に入ることが出来た。
シオは俺の肩の上にいたり、頭の上に登ったりと忙しそうに周囲を見ていた。
一応、これでも大人しくしているが、たぶん機嫌はいい。
朝にEランク魔石を3つ食べているからだ。
マイナーチェンジを果たしてから食べる量も一気に増えてる。
鑑定結果からも分かる通り、成長期にはいったようだ。
今までを赤ちゃんだとすると、いまは小学生といったところか。
周囲に随分と興味を示し始め、そしてよく動く。
前までは俺の傍から離れたがらなかったが、今では自分で色んなところにウロウロしている。
それを見てシオ専用の警備チームが増員されたほどだ。
前回来訪したAIC鑑定室に入ると、空気が随分と前回と違っていた。
前回は、俺に対して半信半疑の視線が多かった。
配信者上がりの鑑定士。
特例で呼ばれた人間。
そういう色んな意味を持たされた扱いだったと思う。
今回は明らかに違っていた。
疑いではなく、警戒に近い。
恐らく前回の鑑定結果が、相当内外に影響をもたらしたからだと思う。
鑑定依頼がAICからではなく、政府から直接来たということから考えても、今AICは相当厳しい立場に置かれている。
下手すれば日本全国に影響を及ぼすような事件に発展しそうなものを、このAICは見逃してしまったからだ。
国から存在する意義を疑われてしまっている状況は、彼らの存続意義にもかかわってくるし、何より面白くないだろう。
「真壁さん」
御厨宗一郎が近寄ってくる。
WEG Tokyo AIC鑑定統括で、最近見知った御厨澪の父親。
そして、前回リンクプリズムの件で、今一番苦しい立場に置かれてしまった人でもある。
「本日はよろしくお願いします」
「あ、はい。よろしくお願いします」
御厨は俺の肩元に目を向けた。
「シオも同行ですか」
「はい。事前申請は通っていると聞いてます」
「ええ。接触禁止、能力使用は真壁さんの指示下のみ。学会側の追加観察対象でもあるので、記録班が一名つきます」
「シオ、聞いたか。勝手にやらない」
『みるだけ』
「そう。見るだけ」
俺の通訳を介してのシオの返答に、近くの記録担当らしい職員は、スマホで文字を記録していく。
そんな記録もいちいち取るのか…必要なのか正直疑問は残る。
だが、多分この人たちは必要なのだろう。
「早速本題に入らせていただきます。前回発見された汚染術式についてですが」
御厨が補助魔道具を起動し、3Dモデリングを表示した。
そこには中継器具の立体が表示されており、部屋の中央には前回と同じような鑑定補助魔道具が配置されている。
その奥に、分解されたリンクプリズムの中継核らしきものが固定されていた。
「汚染核そのものは除去済みです。放送同期術式、ノイズ除去術式、中継核の再構成も完了しています」
「はい」
「AIC側の再検査では、現在、呪詛系統の反応は出ていません」
周囲にいる鑑定士たちは黙っている。
だが、誰も安心していない。
前回のことがあるからだろう。
「ただし、我々の検査で見えない層があった以上、最終確認は真壁さんにお願いしたい」
「わかりました」
俺は補助魔道具の先にあるリンクプリズムに近寄った。
前回と姿形は全く変わっておらず、そのまま中継核に視線を向けた。
「いきます」
意識的に鑑定スキルを立ち上げると、即座に脳内へと何かが繋がる感覚が走る。
その時、シオは少しだけ反応した。
最初に見えたのは、基本機能の一覧だった。
放送同期、大型ビジョン連携、ダンジョンTube連携枠、国際放送用の多言語字幕同期術式など。
前回より、ずっと洗練されたように感じる。
恐らく見づらかった術式を見やすく整理したのだろう。
周辺を鑑定で通すも特に汚染術式の反応はない。
呪詛系統や思念波混入もない。
「……表面上は、問題なさそうです」
御厨がわずかに頷いた。
そして更に鑑定スキルで深く確認していく。
術式の流れに違和感がないか、放送中の流れやそこに至る過程を丁寧に見ていき、中継核、その周りの補助回路まで深く見ていく。
いらない情報を弾き、そこから残ったものを注意深く鑑定にかけていく。
しばらくして、違和感が残る箇所が引っかかった。
「……あれ?」
周囲の空気が止まる。
言ってから、しまった、と半ば後悔してしまう。
このつい、口走る癖を直したい…。
「真壁さん」
御厨の声がかなり低く、圧を放っていた。
「……何が見えましたか」
俺はやってしまった感があったものの、言わないとまずいよな、と思い中継核の一部を指した。
「ここです。前回、汚染術式が封入されていたあたりの外側なんですけど」
「ここは…除去済みの領域ですね」
「はい。除去済み、なんですけど」
俺はもう一段だけ鑑定を深く通した。
汚れている感じはない。
呪いの気配もないし、何か今すぐ動き出すような危なさもない。
ただ、術式の配置全体の密度から考えると、ずいぶんと空白があった。
術式の流れが確実にあるのに、そこだけ流れの跡が極端に薄くなっている。
――――――――――――――――――――
放送連携魔道具中継核外周部
分類:放送同期系中核補助層
状態:再構築済み/表層正常
異常:除去済み領域外周に不自然な空白あり
汚染反応:なし
呪詛反応:なし
残留術式:検出不可
作業痕:人為的な整流処理あり
備考:汚染核除去後の自然な修復痕とは一致しない。何かしらの意図を感じる。
術式流路の一部が、正常な修復跡に見えるよう薄く均されている。
推奨:修復工程記録、入退室記録、封印ケース開閉ログとの照合。
――――――――――――――――――――
削ったというより、上から均して再度何かを混入出来そうな下地を整えている意図を感じる。
悪質性を感じるのが、修復作業の跡に見せているが、次の混入のための下準備であるという点だ。
「一言で言うと、次の仕込みの準備、です。そのために見えないように整地した跡があります」
御厨の目が、中継核から俺へ移る。
「次の…仕込み??」
「はい。正常に直したなら、術式の流れは別の形で繋がるはずです。でもここだけ流れを綺麗に見せるために、表面に必要のない加工をしてまして、実際には別の術式を入れられるだけの空白を確保しています」
「……その層は、我々の検査では」
「そうですね。ここだけだと正直、なんでそんな無駄なことを、と思うくらいで多分わからないのかなと」
正直言うと、この話はとても言い辛い。
別にここの鑑定士がぼんくらの集まりだ、そんなことは1ミリも思っていない。
だが、結果だけを見せてしまうと周囲にそういう違う認識を与えてしまうからだ。
相当言葉を選んで話してはいるが、今回の依頼主である政府は、そう捉えてしまうだろう。
御厨は怒りもせず、ただ、近くの職員に短く指示を出した。
「再表示。中継核外周、除去済み領域の補助層を拡大」
鑑定補助魔道具の上に、術式の立体図が浮かぶ。
だが、俺が指摘した周囲はただの術式ラインしか表示されない。
だれがどう見ても画面上では、綺麗に修復された術式ラインにしか見えない。
「……至って普通の術式ラインしか見えません」
「真壁さん。そこをもう一度言葉で具体的に示してください」
「わかりました」
俺は中継核の端を指す。
「ここから、ここまで。流れは正常に見えます。ですが、ここをよく見てください。術式ラインが周囲と比べて流れる術式量と、ラインの太さが少しだけおかしいです。この太さだけ見ると特に、まぁそんなもんか、で済むと思うんですが、ここが巧妙で別の術式を仕込んで空白を意図的に作り出しています」
「………先ほどもおっしゃっていましたが、目的は具体的になんだと思われますか」
「あくまでも推論、というか術式に残った思念からなのですが、どこかのタイミングで再度、汚染術式を組み込もうとしているんだと思います。今回はバレると問題になるので、あくまでも自然に出来た空白に見せようとした、いわば下準備だと思います」
俺は続けて話す。
「そしてですが、ここが一番重要だと思ってまして、前回の発覚後に『どこを見られたか』をかなり正確に理解していると思います。その上で仕込んでいます」
言い終えると、御厨は俺をじっと見ていた。
近くにいた職員も、鑑定補助魔道具の画面を見たまま動かない。
「……9月、本番ですよね」
俺がそう言うと、御厨は短く頷いた。
「はい」
「……これ、間に合いますか?」
御厨はすぐには答えなかった。
その沈黙だけで、だいたい察した。
そして御厨が、ようやく口を開いた。
「本日以降、放送連携魔道具群の再確認計画を組み直します」
「……俺が、全部見る流れですか」
リンクプリズムと同型機材の一覧が並んでいる。
数は思っていたよりも多く、正直見ただけで少し嫌になった。
ただ、俺はその一覧よりも、中継核のほうが気になっていた。
「全部見る前に、先に確認した方がいいことがあります」
「何でしょうか」
「この中継核に触った人の記録です。分解、除去、再構築。どの工程で誰が関わったのか」
「人を追う、ということですか」
「はい。そっちが先です。これ、鑑定を通してみる感じだと、作業の癖が残ってます。術式その物というより、手順の跡です。ただ、前回の偽装層と同じ人間かどうかまでは、まだ断定はできません。でも、何も知らない人が普通に直した物ではないです」
「作業者を絞れると?」
「鑑定を通して癖など見ましたから。本人見れば、たぶん」
御厨はすぐに近くの職員へ目を向けた。
「修復工程の担当者一覧、入退室記録、封印ケースの開閉ログ、外部業者の搬入記録。全部出してください」
職員の一人が、短く返事をして部屋を出た。
さっきまで画面を見ていた職員たちが、端末や記録簿の方へ手を伸ばす。
魔道具を調べる流れから、人を追う流れへ。
たぶん、そう切り替わった。
俺は護衛の方に視線を向けると、最初は何の用か? と言った表情を見せた。
だが、すぐに意図を理解すると周囲の護衛に耳打ちを行う。
そして数人がその場を離れていった。
「真壁さん」
「…はい」
「犯人探しにはあなたの鑑定が必要です。それに立ち会っていただけますか」
シオが、小さく殻をふりふりした。
『こいあじ ひつよう』
俺はその意見に、今回はかなり同意した。
読んでいただきありがとうございます。
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