もうすぐ夏になりそうです
横浜みなとみらいダンジョンの件から、数週間が過ぎた。
その間、俺は何度か配信で説明をした。
説明、と言っても、言えることはほとんどない。
・シオは色が変わっても元気です。
・横浜で少し(かなり?)反応がありました。
・詳細は管理局と学会で確認中です。
だいたい、その3つで終わる。
あれだけ大騒ぎになったわりに、配信で話せることが少なすぎる。
俺としても申し訳ない気持ちはあるのだが、言えないものは言えない。
シオに出た新しい属性名も、あの指揮棒みたいなものも、本や光の珠も、その他諸々どう繋がっていて、何をすれば動くのかも。
ついでに、鑑定結果に出ていた希少度の表記も。
このあたりの言葉は、全部まとめて非公開扱いになった。
まあ、それはそうだろうなと思う。
俺だって、あれをそのまま配信で喋っていいとは思わない。
ただ、隠せないものもあった。
シオの色だ。
横浜に行く前のシオを見ていた人間は多い。
ダン博の映像もあるし、過去の配信アーカイブもある。
それに比べると、横浜の後のシオは明らかに色が違っていた。
以前は、潮魔石に近い淡い青白さが強かった。
今は殻の色が白をベースに、光の屑がキラキラと動くたびに舞うという謎仕様に変わっている。
本体も透明感が強くなっており、透き通ったスライムがとんがり帽子のような殻をしょっている感じだ。
そして今まであったヤドカリっぽい足も自在に出るように変わっており、むしろ触手感が強い。
最近は俺の真似をするかのように手をもした触手を出して、いろんなことが出来るようになっている。
極めつけは光の当たり方で七色に周囲が煌めき、明らかに強キャラ感が出ていた。
ちなみに俺はバージョンアップなど特になく、弱キャラ感は相変わらずである。
俺からすると、毎日見ているので既にシオの変化にも慣れている。
だが、久しぶりに見た視聴者にはそうはいかなかったらしい。
Zでは、最初に誰かが短い投稿をした。
『シオちゃん、明らかに色変わってない?』
そこから、過去配信のスクショと横浜後の短い映像が並べられた。
別の人間が明度を合わせた比較画像を作った。
さらに別の人間が、ダン博の時のシオと、横浜管理局前で撮られたらしい遠景写真を並べた。
そして、いつの間にか話が大きくなっていた。
『横浜で進化した?』
『正式オープン初日に閉鎖されたの、絶対これ関係あるだろ』
『真壁とシオ、また何かやった説』
『シオちゃん第2形態』
『いや色変わっただけで第2形態とはいかに』
『よく見ろお前ら。足やら色々と変化あるぞ』
『あれだな。強キャラの「俺の変身はあと3回残っている」っていうやつだろ』
『でも真壁が絡んでる時点で何かある』
『やっぱりシオちゃんは尊い…』
『最近シオを神様のように崇めるやつ増えて草』
「何かある」は、実際にあった。
ただし、世間が思っている方向とは少し違う。
少し、ではないかもしれない。
「真壁さん、今日もZの確認ですか?」
ホテルの会議室で、専属支援チームの職員がタブレットを置いた。
7月に入っても、俺の生活はあまり元に戻っていない。
宿泊場所は度々変わり、移動には必ず護衛がつく。
スケジュールは専属支援チームが管理している。
会社をクビになって深夜ダンジョンでゴミを拾っていた頃が、随分と懐かしい。
「いや、確認というか。流れてきたので」
「見ない方がいいですよ」
「そう言われると気になるじゃないですか」
「見ても何も言えませんよ」
「それは本当にそうなんですよね」
俺はタブレットを閉じた。
膝の上では、シオが小さな魔石を両手で持っている。
以前なら魔力水だけでよかったのだが、横浜以降、魔石も食べるようになった。
しかもグレードにかなりうるさい。
『こいあじ』
「はいはい。濃い味な」
俺は横に置かれた管理局支給の小箱から、Eランクの魔石を一つ取り出す。
これでも一般的な幼体用としては十分すぎるらしい。
ただ、シオは進化によって少しだけ贅沢を覚えた。
シオは魔石を受け取ると、殻の縁をふりふりさせた。
『よい』
「そうか、濃い味でよいですか」
「食事記録に残します」
専属支援チームの職員が、真面目な顔で端末に入力する。
俺はそれを見て、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
シオが魔石を一つ食べるだけで、記録が増える。
学会向けの観察項目が増え、管理局への報告も増える。
本人、いやシオは何も気にしていない。
「それで、今日の確認ですが」
職員がタブレットをこちらに向ける。
画面には、横浜みなとみらいダンジョン関連の報告一覧が並んでいた。
世間に出していいものや、関係者だけで止めるもの、学会に預けるもの、そして管理局の中だけで抱えるもの。
同じ横浜の件なのに、項目が細かく分かれすぎている。
「まず、世間に出ている情報は、あくまで外見変化と一時閉鎖、それから真壁さんとシオが現地にいたという事実までです」
「そこはまあ、隠せないですよね」
「はい。特に色の変化は、過去アーカイブとの比較で広がっています。完全否定は不自然です」
「じゃあ、色が変わったことは認めるんですか?」
「変化があったことまでは認めます。ただし、原因や属性、スキル名、鑑定結果の詳細には触れません」
「だいぶ狭いですね」
「これでも十分に譲歩した結果です」
職員は即答した。
「あとは、シオの健康状態ですね。危険な状態ではない。管理局と学会の確認を受けている。今後も観察を続ける。そこまでは出せます」
俺は膝の上で魔石を食べ終えたシオを見た。
シオは殻の中の光を薄く揺らしている。
以前より、色が明るいしなによりも目立つ。
本体を隠しても、光の屑は広範に広がるため、隠すにはそもそも向いていない。
「シオ、目立つようになったな」
『よいこと』
「よいこと…うーん。悪いことではないんだけどな」
『こいあじ ふえる』
「……なるほど? そこに繋がるのか」
専属支援チームの職員が、また端末に入力した。
「今のも記録するんですか?」
「食事要求と自己認識に関わる発言ですので」
「自己認識……」
シオはただ、魔石の味の話をしているだけなのだが、周囲はそう捉えないんだろうな。
それも今となっては仕方のないことであることは、俺も理解していた。
シオは『こいあじが増えてよいこと』だそうだ。
◇
横浜の件で一番難しかったのは、世間向けの説明ではなかった。
むしろ関係者向けの整理のほうが難しかった。
俺が書き出した鑑定結果は、管理局、ダンジョン庁、日本ダンジョン学会、それから御厨家の確認対象になった。
ただし、それはあくまで俺が見た結果を書いたものだ。
他の人が同じように見られるわけではない。
御厨澪さんは特級鑑定士だ。
他にも、学会側には何人か鑑定士がいた。
AICの鑑定補助魔道具も今回の件で駆り出されたあげく、人員込みでこき使われた。
だが、同じ結果にはならなかった。
・シオに高い属性変化が起きていることは確認できる。
・これまでの潮晶殻獣幼体とは明らかに一線を画す変化である。
・強い光系統の反応がある(※ただしこれまで認識されていた光系統ではない)。
・通常分類では説明できない箇所が多々ある。
そこまでは日本国内の鑑定士を結集した結果、どうにかわかるらしい。
だが、俺の鑑定に出たような名称や段階、発動条件、連動条件、備考までは出ない。
『光聖の指揮棒』『光聖の魔導書』『光聖の宝珠』
それぞれがどんな効果があり、どの段階で、何と連動し、何を補助するのか。
そこは、俺が見たものを紙に書いた結果でしか確認できなかった。
「つまり、真壁さんの記録は資料にはなります。ただし、追試ができません」
職員が、少しだけ困った顔で言った。
「追試ができない資料って、扱いづらそうですね」
「はい。ものすごく扱いづらいです。何せ再現が難しいのですから」
俺は黙って頷いた。
研究とか学会とか、そういう世界のことはよく分からない。
ただ、同じことを他の人が確認できないと困る、というのは分かる。
俺が例えば「こう見えました」と言う。
周りがそれを書き留める。
でも、周りは同じものを見られない。
それはたしかに面倒であるし、それが本当だとは誰にも確かめられない。
「これ、俺が嘘ついてたらどうするんですか?」
「嘘をつく理由がありません」
「いや、そういう話じゃなくて」
「それに、真壁さんの過去の鑑定結果は、後から現物確認で一致しています。品川、横浜、大阪、ダン博、WEG関連。全部です」
職員は淡々と続けた。
「なので、現在の扱いとしては、真壁さんの鑑定結果は再現可能な技術ではなく、真壁さん本人による観測記録です」
「……観測記録」
「はい。学会側はそういう言い方で一旦整理しています」
「それ、俺が毎回見に行かないと進まないやつでは」
職員は少しだけ目を逸らした。
俺は嫌な予感がした。
最近、この目の逸らし方を見る機会が増えた。
「……まだ何かあります?」
「あります」
「聞きたくないですね」
「聞いてください」
職員はタブレットの画面を切り替えた。
そこに表示されたのは、WEG東京のロゴだった。
WEG東京。
9月に本番が控えている、世界最大の探索者におけるダンジョン競技大会。
そのAIC管理下の区画で、俺は前にリンクプリズムという放送連携魔道具を鑑定した。
そして、その奥に呪詛系統の汚染術式を見つけてしまった。
見つけてしまった、という言い方がだいぶ情けないが、実際そうなのだから仕方ない。
「リンクプリズムの件ですか?」
「はい。AIC側で、隔離後の分解解析と再構築が進んでいます」
「再構築、ですか」
「本番で使用予定だった機材群から、同型の放送連携魔道具が複数確認されています。前回のリンクプリズムはその中核候補でしたが、現在は予備系統も含めて再検査中です」
「あれだけではなかったんですね」
「真壁さんが鑑定したのは全体の魔道具として中心に位置するもので、そこに紐づく魔道具を含めますと結構な量があります」
「それは…大変でしょうね」
「それはかなり。AIC、御厨宗一郎氏、ダンジョン庁、WEG運営側で再検査を行っています。ただ、前回の汚染術式は、鑑定補助魔道具をすり抜けていました」
「そうでしたね」
「真壁さんが見つけるまで、AIC側の通常検査では申請通りの正常品として扱われていました」
「……あまり言わない方がいい話ですよね、それ」
「はい。外部には絶対に出せません」
俺はタブレットに表示された資料を見た。
大きな見出しには、こう書かれている。
放送連携魔道具群再確認計画。
その下に、小さく日程が並んでいた。
・日付は7月上旬
・場所は有明WEGセンターのAIC鑑定室
立会い予定者の欄には、俺の名前が入っていた。
「WEG本番が9月で、公式配信と国際放送に接続される魔道具です。前回、一般視聴者への広域散布を想定した思念波混入術式が見つかっています」
「……行きます」
言うしかなかった。
放送に混ぜ、それを一般視聴者に広げる。
その言葉の重さは、前回の鑑定結果で見ている。
あれを見た以上、知らなかったことにはできない。
「ありがとうございます」
「ただ、シオはどうなります?」
膝の上のシオが、こちらを見上げた。
『いく』
「早いな」
「シオについては、同行可の方向で調整されています。ただし、前回と違って学会側の観察項目が増えていますので、現場での行動制限は細かくなります」
「シオ、勝手に光らない。勝手に触らない。勝手に何か出さない。あと俺の言うことは必ず聞く」
『こいあじ よっつ』
「どこで交渉をおぼえてきたんだ」
職員が端末に入力する音がした。
「だから記録しないでください」
「関係あります。報酬条件の理解に関わる可能性があります」
「シオの報酬条件が濃い味で固定されるの、嫌すぎるんですが」
シオは満足そうに殻をふりふりさせた。
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