幻想面従
薄々、嫌な予感はしていた。
皇都から、レーヴァトス・ホール領地までの旅路。毎日のように。追い立てるように、俺や母様達を狙う殺意。
前皇帝や、大一妃カトレアに付き従って、甘い汁を吸っていた貴族や商人もだいぶいることは知っていたんだ。
勿論、報復は来ると思っていた。なので、その全てを毎日排除して、赴任するレーヴァトス・ホールへと辿り着いた。
その後、すぐに皆の安全確保だ。危険な連中が住む『ディープホール』の入り口を占領して閉じ込め、首都レーヴァトス周辺に住む障害も狩り尽くした。正直、疲れた。長旅で疲労も蓄積している。だから、この日の俺はものすごく機嫌が悪かったんだ。
狩り尽くしたというのに、次々に現れる障害に。そして、そんな極限状態で、報告されてくる言葉の数々。
《首都レーヴァトス ヴァイオレット軍襲撃数時間前》
「…………シルヴィア。何人集まっている」
【はい、ヨル様……2000人弱ですわ。大軍ですわ】
シルヴィアも、この気持ち悪い気配に気がついているんだな。
【ピュルルル!!】
母様達は……空を見上げながら、黒い鳥を見ている?なんだ?……リンネさんの頭に止まったぞ。
「あら、珍しい……夜更け前なのに伝承鳥なんて……皇都でなにかあったのかしら?」
「ユキナ様……皇都のクノンさんからお手紙です。どうぞ」
「クノンから?……珍しいわね。旅の時は一度も手紙なんて送って来なかったのに……読ませてもらうわ」
「……はい」
リンネさんが暗い表情になった?……まさか、今集まろうとしている連中となにか関係があるんだろうか?気になるな……
「…………第一妃カトレアに動きあり、ヴァイオレット家を動かしたよう。すぐにお隠れ下さい。ユキナ姫様」
「…………母様。その、クノンさんから手紙。なんて書いてあるんです………はぁ?」
俺は母様に抱き付くと、手紙に書かれた文章を読んで驚愕した。
「あ……こら、ヨル。母さん宛の手紙を横から読むのは駄目………いない?おトイレかしら?」
「大ですかね?ヨル様にいつも引っ付いてる金色子狐も居なくですね」
「なにか悪いものでも食べたのかしら?家の子は」
「…………避難します?それとも、敵の暗殺ですか?」
「ん~……しばらくは傍観かしら。犠牲も出したくないもの。近くに隠れている皆にも、そう伝えなさい」
「了解しました!ユキナ様~!」
◇
「世界一の美女と過ごせるぜ」「久しぶりの人間狩りだな」「子供いたぶっていいとさ。楽しみだな」
遠くへと耳を澄ませば、聞こえてくるのは、下卑た話だった。
どうせ、兵士として集められた連中なんて、金欲しさの辺境を根城とした傭兵達だろうだとは思っていた。
【ヨル様。どうさるのですわ?いくら、ヨル様でも、2000人の人間相手はキツいですわ!ヨルさ……ひぃっ!!】
どんな人間でも、家族が危険にさらされるような状況に陥ったとしよう。
そんな状況になれば、余裕も失くなるし優しさも失くなる……修羅の心にならざるを得ないんじゃないだろうか?
「1度、凄まじい死の体験をしてもらおう。そして、『ディープホール』の入り口に閉じ込めて。全部終わったら解放する。シルヴィアは、奴等に幻覚を見せて撹乱してくれ。その間に全滅させて昏睡させる」
【了解ですわ。ヨル様……(すごく怖い顔付きですわ。逆らったら、ウチがとんでもないことになりますわ)】
1度半殺し……いや、死の体験をさせた後、昏睡状態で1ヶ月ほど悪夢をずっと見せて、完全に彼等の心を折ろう。
そんな経験と、こちらの畏怖を教え込まなければ、また同じようなことが今後も起きるからな。
「とりあえず。彼等を無力化したら1ヶ月で平定して、ヴァイオレット領地を支配下に置こう。侵攻する力を奪って、俺への忠誠を使わせる……俺の家族や関係者に危害を加えなさせないために。だから、いつものように、サボらず、本気でやってくれ。シルヴィア」
【は、はいですわ。殺ってやりますわぁ!!】
「あぁ、期待している」
たしかに、知らない領地に赴任して、すぐに侵攻し支配下に置くのが上策だろう。
それをまさか、名家であるヴァイオレット家がするとは思わなかった。
あっちがやる気なのなば、開戦と行こう。
レーヴァトス・ホール領地とヴァイオレット領地の戦争だ。
「たった1人と1匹の戦争を始める」
【……了解致しました。ヨル様……オオオオオォォオ!!】
その10分後、俺とシルヴィアは、ヴァイオレット軍の《《先遣隊》》の2000人を虐殺し、仮死状態にして、『ディープホール』へと転移で、移動させた。
シエナ・ヴァイオレットと英雄ゲルディナを残して――――
◇◇◇
「…………それで?先遣隊とやらは、俺に負けたが、これからどうする?アルティミス皇国南部の英雄ゲルディナよ」
「…………ひぐぅ………ゲルティナ……いぎでだのぉ!?」
「黙れ。勝手に許可なく敗戦の将が喋るな。シエナ・ヴァイオレット」
「ひぃ………ご、ごめんなさいいぃ」
トラウマになるほどの光景を見せたんだ。シエナ・ヴァイオレットの心は、当分は立ち直れないだろう。
以前、倒した死神の大鎌には、切り裂いた者を仮死状態にする能力がある。
……そして、生殺与奪。いつでもどこでも、切り裂いた者の魂と身体を消せる。俺には、その判断がいつでもできるようになる。
「は、はい!………シエナお嬢様」
「おっと。下手なことは考えるな。俺の領地に侵攻しようとしたんだ。下手に動くならば、それ相応の報いは受けさせる……なんなら、貴様が治めるルジュブランの街に飛び、皇族に逆らったら反逆者達の始末もできるぞ」
「そ、それだけは、ご勘弁を……私は、シエナ様と、ルジュブランの街さえ、無事でならばそれでよいのです」
ゲーム『アルティミス・オーブ』で、ゲルティナはシエナ・ヴァイオレットの執事兼戦術の師匠だったか。そして、実の孫のように、シエナを大切にしている。
……その関係性が、今回のヴァイオレット領地攻略の肝になるな。
「…………お前達は、要求ばかりしてくれるのだな」
「い、いえ、そんなことはございません」
「そ、そうよ。私は、お母様に頼まれて初陣を飾……」
「黙っていろ。シエナ・ヴァイオレット!」
「はぃ……ごめんなさいぃぃ」
シエナ・ヴァイオレット。強気な少女でヒロインの1人だ。成長すれば、とある学園で主人公のティファニーと出会い、結ばれる。
「現皇帝の第ニ妃と第二皇子の暗殺。他領地への侵攻未遂。アルティミス皇国の民2000人の死者を出した。短時間でよくもまあ、罪を犯せたものだな。主犯シエナよ」
「わ、私がやったわけじゃないわっ!お母様に頼まれてやったのよ!この、ちんちくりんのクソガキ!」
…………こいつ。いい度胸しているな。まぁ、シエナはゲームでもアホの子だったから、聞き流すか。
「シエナ様!第二皇子ヨル様へ、なんたる心得違いな口の利き方を……も、申し訳ございません。シエナ様は、まだお若く礼儀作法も学んでおりませんので」
「よい。俺はシエナ・ヴァイオレットが馬鹿なのは知っている」
「馬鹿とはなによ!ちんちくりん!!」
………あれだけの光景を見て、怯えていたのに、もう精神が立ち直ってる?不屈の心でも持ち合わせているのか?こいつ。
「レーヴァトス・ホール領地を侵そうとした、お前達が許されるには、どうすればいいか分かるな?ゲルティナよ」
「黙りなさいよ!おバカ悪皇子」
「お前が黙れ!アホ!俺は、今、ゲルティナと喋っているんだ。お飾りは黙ってろ!」
「おか、ざり?」
…………くそ。お飾りという言葉すら分からないのか。本物のアホ子が。ティファでも、これくらいは分かるぞ。
「……第二皇子ヨル様へと従います」
「2000人の部下の命が握られているものな。従うしかあるまい」
「返しなさいよ。馬鹿皇子!」
「黙れ!アホ令嬢。」
「アホ……れいじょう?」
シエナ・ヴァイオレットと喋っていると、調子が狂うな。
「……第二皇子ヨル様。敗戦の我々に、なにをご所望でしょうか?」
「あぁ、色々とある………調べ尽くしてあるのだろう?ヴァイオレット家の闇をそれを全て、俺に渡せ」
「嫌よ!」
「うるさい!そうしなければ、お前が死ぬことになるだぞ。シエナ・ヴァイオレット!」
こいつ……俺の髪の毛を引っ張る……力が強いだと?
「…………反乱を起こせということですかな?」
「どのみち、お前達は今回の任務に失敗したんだ。それしかあるまい?むざむざ、あの朱き殺人趣味の領主の元に報告に行き、殺されに行くのか?奴は罪人だぞ」
「いえ、それは………シエナ様はどうなるのですか?」
「全てのことが運べば、俺の手足として動く傀儡に据えてやることを約束してやる。このアホが成人し、ヴァイオレット領地が《《真》》に安定したら、実権を譲渡してやる。書面が必要なら書いてやろう」
「そんな難しい説明されたって理解できないわ。もっと分かりやすく説明しなさいよ。馬鹿皇子!」
「黙れ!アホの子!」
「…………畏まりました。すぐに行動に移します」
「あぁ、迅速に動くように」
「なんで、偉そうなのよ。馬鹿皇子!」
「貴様に勝ったからだ。アホの子よ!」
「なんですってええぇ!!」
「お、お止め下さい。シエナ様!相手は、皇族……ヨル様なんですぞ」
◇◇◇
皇歴2222年2月某日。深夜、ヴァイオレット領の南部ルジュブランの街内に、ヴァイオレット侯爵家への謀反が突如として始まり。英雄ゲルティナを中心に占領戦が勃発。
同時刻、ヴァイオレット領地の北部リースレァへの大都市に、上空から七大厄災・金色神楽が飛来。アルティミス皇都へと繋がる、大脈動の道を封鎖及びに、リースレァ大都市内にあるヴァイオレット家が所有する屋敷を狙い破壊活動を始めた。
この数時間後、北部及び南部に呼応するように、ヴァイオレット領地の東部、西部でもヴァイオレット家に対しての反乱行為が起こり始めた。
『ヴァイオレット領地内戦の記録より抜粋』




