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こゆるぎさんはゆるがない〜推しと遺伝子マッチング?!〜  作者: 水月 灯花
第三章 推し活がままならない

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18/19

18.こゆるぎさんはおちつきたい②

 

「――凪姉さん?」


 そう呼びかけられたのは、ステージ裏で放送関連の手伝いを終え、受付側に戻ろうとしていた時のことだった。


「え?」


 その懐かしい呼び方に、つい振り向いて。

 そこに立っていたのは、一人の男性だった。


(うわイケメン)


 二十歳そこそこかというくらいの美形だ。

 すらりとした体躯。

 濡羽色のまっすぐな黒髪と、中性的な整った顔立ち。

 聞き覚えのない、落ち着いた声。

 知らない相手のはずだが――なんとなく、見覚えがあるような気がした。


「あの、」

「やっぱり凪姉さんだ。久しぶり。――わからない? 俺、奏汰かなただよ。石動いするぎ奏汰」

「……え?」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 脳内に弾き出されたのは、もう十年は会っていない――親戚の男の子の姿。


「……かなちゃん?」

「もう二十一だから、その呼び方は少し恥ずかしいかな……」


 見上げた先で、照れ臭そうに笑う顔は、幼い頃一緒に遊んだ、弟のような少年の面影をよく残していた。

 あの、線が細く高めの声の、女の子みたいな少年が。


「えぇ……大人になってる……」

「はは、それはそうでしょ。――あ、おーい! こっち!」


 笑いながら奏汰は誰かに手を振る。

 石動家は古くから続く地主のような名家で、凪沙の小動家の本家とも言える所だった。

 奏汰は長男だが、上に姉が一人、下に弟妹が二人いて、四人兄弟の二番目にあたる。

 幼い頃、両親に連れられて、姉と共に何度か石動家を訪れたことを思い出す。

 親戚の中では凪沙だけが年齢が近かったことから、石動家の兄弟とはよく遊んだものだ。

 すっかり疎遠になってしまったので、一瞬誰かわからなかった。


(私より小さくて可愛かったのに、もう大人に……成長早すぎる……!)


 四つ下なのだから当然と言えば当然だが、凪沙の頭の中の彼は十歳で止まっている。


「――凪姉さん、ここで働いてるの?」


 ちらりと職員証に目をやって言われ、頷いた。


「あ、うん。かなちゃんは……」

「俺、出演者なんだ。あいつらも」

「え――」


 視線を追うと、ステージの方から二つの影が歩いてくる。

 ユニセックスな揃いのステージ衣装を着た、可愛らしい少年……少女? の二人だ。

 遠目でも整った顔立ちで、いかにも芸能人という様子なのがわかった。


「小動家の凪沙姉さんだよ。覚えてないか?」


 奏汰が親しげに声を掛けると、直ぐ側で立ち止まった二人は少し考えて、「ああ!」と納得したように頷いた。


「こんにちは」

「こんにちは!」


 それから、揃って凪沙に挨拶をする。

 同じような黒髪だが、穏やかな口調の方は、長めの前髪を耳に掛けた、ショートボブの切れ長の目が印象的な美少年。

 元気な声を上げたのは、少し長めの髪がゆるく内巻きにカールしている美少女。

 よく似た顔立ちで、誰が見ても双子だとすぐにわかる。


「千景です」

「千紘です!」

「え……ちかちゃんとひーくん!?」

「「お久しぶりです」」


 よく似た声が一緒に言う。

 凪沙は目を白黒させた。


「二人とも……まだ小学生にもなってなかったのに、大きくなったね……!」

「高校生一年生です」

「春からここの芸能科に通ってまーす」

「「Twin Stellaです。よろしくお願いします」」

「ついん……」


 それは確か。

 性別不明アイドルとして、今一世を風靡しているとか聞いた――さっき歌っていた双子ではなかっただろうか。

 思わず開いた口がふさがらない。


「えっ。アイドルとか、よくお家の方が許したね……?」

「あきらめ半分でね。若い頃だけはいいってさ。二人のついでに、俺もここの大学に通ってるんだけど、最近歌手デビューしたんだ」

「え?」


 脳の処理が追いつかない。

 アイドルに歌手? 親戚の子が?

 確かにきれいな顔立ちの兄弟だったけれど、自分の職場で?


「もうすぐ俺出番だから、良かったら――」

「小動さん! こっちお願いします!」

「あっ、はい!」


 奏汰の言葉の途中だったが、遮るように返事をしてしまった。

 凪沙が中々来ないから迎えに来てくれたのだろう。


「ごめん、仕事中だったね」

「こっちこそごめんね! 何か言いかけてたのに」

「いや。時間があったら聴いていってほしかったんだけど、忙しそうだし。またの機会にでも」

「残念だけどごめんね……! 頑張って!」

「ありがとう。また今度、ゆっくり話そう」

「「またー」」


 にこやかに兄弟三人に見送られ、凪沙はぺこぺこと頭を下げて足早に仕事に向かった。



(はー目が回りそうだけど、ちょっと落ち着いてきた……)


 関係者受付の雑務を手伝い、問い合わせに対応し、控室と本部を往復して。

 ばたばたと慌ただしく働き、束の間の休息とばかりに頂いたお茶を飲みながら、漸く腰を落ち着けて、ぼちぼちチケット整理をしていた時。


『――続いての登場は――今年デビューを――透き通る歌声で注目――新進気鋭のシンガー、Kanataさんです!』


 途切れ途切れ聞こえたスピーカー越しのアナウンスのあと、歓声が届いてきた。

 思わず手を止めて、 見えないステージ側に目をやる。


(もしかして、かなちゃん?)


 この位置だと音も聞こえにくい。

 けれど、つい聞こえてきた前奏に耳を澄ませ、歌声を追った。


(あれ、この曲――聴いたことあるかも)


 柔らかく澄んだ、不思議と耳に残る声だった。

 静かに心へ染み込んでくるようなバラード。

 SNSかどこかで、確かに聞き覚えのある歌。


(かなちゃんの曲だったんだ――)


 会場は人で溢れているはずなのに、誰もが静かに、歌に聞き入っているような気がした。

 気のせいかもしれない。

 けれど、漏れ聞こえる歌声だけでも、心地よく穏やかな気持ちになった凪沙は――歌が終わった瞬間、ずっと手を止めていたことに気づいて慌てて作業を再開した位、気を取られてしまっていたのだった。


(かなちゃんと双子達の曲……今度聴いてみようかな)


 これは推し変とかじゃないので! と何故かアキに内心言い訳しながら、ふと思う。


(あれ……ちかちゃんとひーくんって、どっちがどっちだっけ)


 性別不明アイドルとは言い得て妙というか。

 男女の双子なのは間違いない。

 ただ、石動家には古い風習が残っており、「七歳までは神のうち」という考えから、なんでも病弱だった双子は厄除けのために、どちらも女児として育てられていたのだ。

 凪沙の記憶の中の二人は、日本人形のように髪を伸ばし、揃いの着物を着ていた。

 一番最初に性別を教えられたと思うし、ちゃんとくんだと順当ならそのままだと思うけれど――。


(かなちゃんは、ちゃん呼びだもんな……)


 自分の適当さに呆れる。


(いいや、今度聞こう。その方が早い)


 あっさり切り替えてしまったところは合理的な凪沙らしいが。

 そのまま仕事に打ち込み、夕方になって退勤し、重い体を引きずり明日に備えて早めに休もう――とした所で。


「今日! S:yncの! 特番!!」


 何より楽しみにしていた番組を思い出して飛び起きた。

 冷静に考えれば明日も休日出勤なので、録画や見逃し配信を観ればいいのだが。

 オタクはどうしてもリアタイがしたい。

 推しのことはなかなか合理的にいかない凪沙だった。


「間に合った……!」


 大急ぎでリビングに走り、大型モニターをつけると、ちょうど番組が始まった所だった。

 自室にも小型モニターはあるが、やはり我が家で一番大きな画面で見たくて、謝りつつ姉から強奪したのだ。

 ――画面に写るS:ync、圧倒的に顔がいい。

 特にAKI。

 疲れが軽くなった。推しは栄養剤より効く。


「私の推し、顔面国宝すぎる……」


 ぼそりと呟いた所で、ソファーで晩酌していた姉が呆れたように言った。


「あんたほんっっと、一途ねぇ……」

「うん。たぶん死ぬまで……いや死んでからも推すから」

「ハイハイ、お熱いことで。明日も早いんでしょ、程々にしなさいよ」

「うん……」


 片時も画面から目を離さない凪沙に辟易したのか、いつの間にか姉は自室に戻っていたのだが、凪沙は気付かないほど番組に没頭してしまったのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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