18.こゆるぎさんはおちつきたい②
「――凪姉さん?」
そう呼びかけられたのは、ステージ裏で放送関連の手伝いを終え、受付側に戻ろうとしていた時のことだった。
「え?」
その懐かしい呼び方に、つい振り向いて。
そこに立っていたのは、一人の男性だった。
(うわイケメン)
二十歳そこそこかというくらいの美形だ。
すらりとした体躯。
濡羽色のまっすぐな黒髪と、中性的な整った顔立ち。
聞き覚えのない、落ち着いた声。
知らない相手のはずだが――なんとなく、見覚えがあるような気がした。
「あの、」
「やっぱり凪姉さんだ。久しぶり。――わからない? 俺、奏汰だよ。石動奏汰」
「……え?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
脳内に弾き出されたのは、もう十年は会っていない――親戚の男の子の姿。
「……かなちゃん?」
「もう二十一だから、その呼び方は少し恥ずかしいかな……」
見上げた先で、照れ臭そうに笑う顔は、幼い頃一緒に遊んだ、弟のような少年の面影をよく残していた。
あの、線が細く高めの声の、女の子みたいな少年が。
「えぇ……大人になってる……」
「はは、それはそうでしょ。――あ、おーい! こっち!」
笑いながら奏汰は誰かに手を振る。
石動家は古くから続く地主のような名家で、凪沙の小動家の本家とも言える所だった。
奏汰は長男だが、上に姉が一人、下に弟妹が二人いて、四人兄弟の二番目にあたる。
幼い頃、両親に連れられて、姉と共に何度か石動家を訪れたことを思い出す。
親戚の中では凪沙だけが年齢が近かったことから、石動家の兄弟とはよく遊んだものだ。
すっかり疎遠になってしまったので、一瞬誰かわからなかった。
(私より小さくて可愛かったのに、もう大人に……成長早すぎる……!)
四つ下なのだから当然と言えば当然だが、凪沙の頭の中の彼は十歳で止まっている。
「――凪姉さん、ここで働いてるの?」
ちらりと職員証に目をやって言われ、頷いた。
「あ、うん。かなちゃんは……」
「俺、出演者なんだ。あいつらも」
「え――」
視線を追うと、ステージの方から二つの影が歩いてくる。
ユニセックスな揃いのステージ衣装を着た、可愛らしい少年……少女? の二人だ。
遠目でも整った顔立ちで、いかにも芸能人という様子なのがわかった。
「小動家の凪沙姉さんだよ。覚えてないか?」
奏汰が親しげに声を掛けると、直ぐ側で立ち止まった二人は少し考えて、「ああ!」と納得したように頷いた。
「こんにちは」
「こんにちは!」
それから、揃って凪沙に挨拶をする。
同じような黒髪だが、穏やかな口調の方は、長めの前髪を耳に掛けた、ショートボブの切れ長の目が印象的な美少年。
元気な声を上げたのは、少し長めの髪がゆるく内巻きにカールしている美少女。
よく似た顔立ちで、誰が見ても双子だとすぐにわかる。
「千景です」
「千紘です!」
「え……ちかちゃんとひーくん!?」
「「お久しぶりです」」
よく似た声が一緒に言う。
凪沙は目を白黒させた。
「二人とも……まだ小学生にもなってなかったのに、大きくなったね……!」
「高校生一年生です」
「春からここの芸能科に通ってまーす」
「「Twin Stellaです。よろしくお願いします」」
「ついん……」
それは確か。
性別不明アイドルとして、今一世を風靡しているとか聞いた――さっき歌っていた双子ではなかっただろうか。
思わず開いた口がふさがらない。
「えっ。アイドルとか、よくお家の方が許したね……?」
「あきらめ半分でね。若い頃だけはいいってさ。二人のついでに、俺もここの大学に通ってるんだけど、最近歌手デビューしたんだ」
「え?」
脳の処理が追いつかない。
アイドルに歌手? 親戚の子が?
確かにきれいな顔立ちの兄弟だったけれど、自分の職場で?
「もうすぐ俺出番だから、良かったら――」
「小動さん! こっちお願いします!」
「あっ、はい!」
奏汰の言葉の途中だったが、遮るように返事をしてしまった。
凪沙が中々来ないから迎えに来てくれたのだろう。
「ごめん、仕事中だったね」
「こっちこそごめんね! 何か言いかけてたのに」
「いや。時間があったら聴いていってほしかったんだけど、忙しそうだし。またの機会にでも」
「残念だけどごめんね……! 頑張って!」
「ありがとう。また今度、ゆっくり話そう」
「「またー」」
にこやかに兄弟三人に見送られ、凪沙はぺこぺこと頭を下げて足早に仕事に向かった。
(はー目が回りそうだけど、ちょっと落ち着いてきた……)
関係者受付の雑務を手伝い、問い合わせに対応し、控室と本部を往復して。
ばたばたと慌ただしく働き、束の間の休息とばかりに頂いたお茶を飲みながら、漸く腰を落ち着けて、ぼちぼちチケット整理をしていた時。
『――続いての登場は――今年デビューを――透き通る歌声で注目――新進気鋭のシンガー、Kanataさんです!』
途切れ途切れ聞こえたスピーカー越しのアナウンスのあと、歓声が届いてきた。
思わず手を止めて、 見えないステージ側に目をやる。
(もしかして、かなちゃん?)
この位置だと音も聞こえにくい。
けれど、つい聞こえてきた前奏に耳を澄ませ、歌声を追った。
(あれ、この曲――聴いたことあるかも)
柔らかく澄んだ、不思議と耳に残る声だった。
静かに心へ染み込んでくるようなバラード。
SNSかどこかで、確かに聞き覚えのある歌。
(かなちゃんの曲だったんだ――)
会場は人で溢れているはずなのに、誰もが静かに、歌に聞き入っているような気がした。
気のせいかもしれない。
けれど、漏れ聞こえる歌声だけでも、心地よく穏やかな気持ちになった凪沙は――歌が終わった瞬間、ずっと手を止めていたことに気づいて慌てて作業を再開した位、気を取られてしまっていたのだった。
(かなちゃんと双子達の曲……今度聴いてみようかな)
これは推し変とかじゃないので! と何故かアキに内心言い訳しながら、ふと思う。
(あれ……ちかちゃんとひーくんって、どっちがどっちだっけ)
性別不明アイドルとは言い得て妙というか。
男女の双子なのは間違いない。
ただ、石動家には古い風習が残っており、「七歳までは神のうち」という考えから、なんでも病弱だった双子は厄除けのために、どちらも女児として育てられていたのだ。
凪沙の記憶の中の二人は、日本人形のように髪を伸ばし、揃いの着物を着ていた。
一番最初に性別を教えられたと思うし、ちゃんとくんだと順当ならそのままだと思うけれど――。
(かなちゃんは、ちゃん呼びだもんな……)
自分の適当さに呆れる。
(いいや、今度聞こう。その方が早い)
あっさり切り替えてしまったところは合理的な凪沙らしいが。
そのまま仕事に打ち込み、夕方になって退勤し、重い体を引きずり明日に備えて早めに休もう――とした所で。
「今日! S:yncの! 特番!!」
何より楽しみにしていた番組を思い出して飛び起きた。
冷静に考えれば明日も休日出勤なので、録画や見逃し配信を観ればいいのだが。
オタクはどうしてもリアタイがしたい。
推しのことはなかなか合理的にいかない凪沙だった。
「間に合った……!」
大急ぎでリビングに走り、大型モニターをつけると、ちょうど番組が始まった所だった。
自室にも小型モニターはあるが、やはり我が家で一番大きな画面で見たくて、謝りつつ姉から強奪したのだ。
――画面に写るS:ync、圧倒的に顔がいい。
特にAKI。
疲れが軽くなった。推しは栄養剤より効く。
「私の推し、顔面国宝すぎる……」
ぼそりと呟いた所で、ソファーで晩酌していた姉が呆れたように言った。
「あんたほんっっと、一途ねぇ……」
「うん。たぶん死ぬまで……いや死んでからも推すから」
「ハイハイ、お熱いことで。明日も早いんでしょ、程々にしなさいよ」
「うん……」
片時も画面から目を離さない凪沙に辟易したのか、いつの間にか姉は自室に戻っていたのだが、凪沙は気付かないほど番組に没頭してしまったのだった。
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