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こゆるぎさんはゆるがない〜推しと遺伝子マッチングでお見合いすることになりました〜  作者: 水月 灯花
第二章 推しと謎の関係性

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12/15

12.こゆるぎさんはついている③

 

 その後も三人の絆を感じるフォーメーションが見事な曲が続き、Pulseを巻き込んで、会場全体の一体感が増していく。

 SHOがメインでステージ上を走り回り、観客を煽るようなパフォーマンス曲。

 REOの得意なラップを交え、またもや花道を通りセンターステージへ移動しながら、一人ひとりへ目線を送る曲など。


『皆ちゃんと振り付け覚えてきてくれたー!?』

「もちろんー!」


 一緒にサビのダンスを踊ったり、ウェーブのようにペンライトを揺らしたり。


(公開動画で必死に練習した甲斐があった! 皆うまい……)


 楽しい時間は、本当にあっという間で。


 今回のアルバム曲以外にも散りばめられた過去曲を味わいながら、時間は無情にも飛ぶように過ぎていく。


 ふうっと、自然と消えていく照明。

 スポットライトが当てられたS:ync。


『――最後の曲です』


 SHOの言葉に、ファンの悲痛な声が上がる。

 俺達もさみしいよ、と前置きして。


『聴いてください。The Ninth Hour』


 流れ始めたその曲は、9周年を記念した楽曲だった。

 締めに相応しい、壮大なバラード。

 パートごとに歌いながら、センターステージから三人それぞれが足を踏み出した。

 センターの更に向こう側に現れた道へと。


「え……」


 メインステージよりも、センターよりも、近い。

 そして、凪沙の目の前にある通路のすぐ向こう側に、四角い特設ステージがせり上がった。

 今日はないのだろうとばかり思っていた――バックステージだ。


(え、え、え)


 ドキドキと、心臓が早鐘を打った。

 悲鳴が波のように近づき。

 白い光のような人影が少しずつ、こちらへ向かって――来る。


 凪沙は硬直した。

 輪郭が段々と鮮明になり、カメラ越しじゃない顔のパーツがはっきりと見え。

 とうとう、バックステージに三つの人影が揃った。

 アリーナ外周のファン達の歓喜の声が、何故か遠く感じる。

 サビをバックステージで歌う彼らの――AKIの姿が、あまりにも近くて。


「きれい……」


 息の仕方を忘れそうだった。

 汗で額に少し張り付いた髪の毛。

 ライトに縁取られ輝く横顔。

 薄い唇から紡がれる低く甘い歌声。


 ――神聖な印象の衣装も相まって、現実とは信じられない位、幻のように美しい。

 こないだのミニコンサートともまた違う、痺れるような感動だった。


 《九つ重ねた時の中で

 君と出会えた奇跡を 忘れない》


 その瞬間、ふっとAKIの視線が流れ。

 一瞬。……本当に一瞬。


 目が、合った気がした。

 瞳の輝きが増したような。


 けれど、次の瞬間にはもう、彼は反対側のファンへと微笑みを向けていた。


(……さっきと同じ、気のせいだよね……)


 そう思っても、高鳴る心臓で顔は熱く、手も震えている。


「はぁ……」


 ただの演出だとわかっていても、やっぱり自分に気付いてくれたのではという期待が消えてくれなくて、深く息を吐く。息もどこか熱い。


 思わず頬を押さえたままで見守る中、最後の大サビに入った。

 三人が横並びになり、バックステージの端に立つ。

 ドーム全体が、金色に染まった。


 《この先も針は進む

 君と刻もう The Ninth Hour》


 伸びやかなハーモニーが空へと溶けていく。

 後奏が消える間際に、三人が深く、深く頭を下げた。

 そして。

 何も言わずに、背を向ける。


 ほんの一拍の静寂。

 それを破るように、万雷の拍手が巻き起こった。

 涙混じりの「ありがとう」「終わらないで」が、ドーム中から溢れる。

 三人は振り返らない。

 それでも拍手は止まらなかった。

 そのまま、彼らは闇に溶けていった。

 メインステージだけが、仄かに明るい。



 やがて、拍手がぱらぱらと細切れになり、ドーム内が控えめにさざめき。


「――アンコール!」


 ぽつりと、誰かの声が言った。


「アンコール! アンコール!」


 それは重なり合い、大きな波となり、会場を埋め尽くしていく。

 ペンライトも夜光虫のように波間を漂う。

 皆、声を限りに叫んでいる。

 凪沙も、気付けば声を出していた。

 ――どこか、心ここにあらずのまま。

 無心でペンライトを振り、再演を望む声をあげていた。



 声が枯れてきた頃、突然、客席後方が明るくなる。

 悲鳴。

 振り向いた瞬間、凪沙のすぐ下の通路の端に――ツアーTシャツ姿の三人がいた。


「わ……っ!」


 S:yncのロゴが大きく描かれたトロッコに一人ずつ乗り、観客に大きく手を振っている。

 ライトに照らされた三人は、嬉しそうに笑っていた。


『アンコールありがとうー!』


 SHOの声にPulseの歓声が応える。

 皆声帯が悲鳴をあげているだろうに、声を出さずにはいられない。ペンライトの光が激しく瞬く。

 ゆっくり、ゆっくり。

 二番目のトロッコに揺られて、大好きな推しが目の前にやってくる。

 特等席で見られるなんて、本当についているとしかいいようがない。


 ほんの、数メートルの距離。

 AKIが、ふっと顔を上げる。

 ――今度は。

 はっきりと、凪沙のいるスタンド側を見た。

 にこ、と。

 力の抜けた、優しい笑顔。

 ――時間が、止まったようだった。


(ああもう、死ぬなら今がいい)


 それぐらい、完璧な瞬間だった。

 何一つ忘れないように記憶に焼き付けて、果てたい。


(好き。――アキが、好き)


 ――実のところ、はじめて彼を画面越しに見た時から、凪沙は恋に堕ちていた。

 でも、決して叶わない恋だとわかっていたから、芸能人としてしか想わないようにしていたのだ。

 月や星に手を伸ばしても、届きはしないのだからと。


 いっそ、本当に手の届かない場所にいてくれたほうが良かった。

 だって自分には何もない。釣り合うわけがない。

 今の状況の理由が一つもわからないほどに。

 遺伝子の相性が良いからと言われても、どうして自分が? としか思えない。


 あっという間に目の前を通り過ぎるアイドルと、ただの平凡なファンという、現在。

 これが彼と私の正しい距離感。

 それがいい。そうでなくてはいけない。

 ――でも。

 正しくファンとして推したい自分と、もっと彼の特別でありたい自分がいることにも……気づいてしまった。


(……いや、むり)


 凪沙はそれこそ、死ぬまでAKIをファンとして推していたい。

 それが、幸せだから。

 推し活をしない人生なんてあり得ない。

 仮に、恋人とか……結婚相手とか。

 そんな立場で他のファンに混じる度胸はないし、失礼だと思う。

 どうしたって自重せざるを得ず、今みたいに推せなくなるだろう。

 けれど推し活を取り上げられたら、陸に打ち上げられた魚のように、呼吸ができなくなってしまう。

 だから――ファンとして恋することしか、凪沙は自分に許せない。

 今の、『友達』という立場が本当にギリギリの所だろう。

 だからこそ、いっそ完璧なこの瞬間のまま、永遠に留まっていたかった。


 遠ざかるトロッコをじっと見つめながら、凪沙の頬を一雫の涙が伝う。

 ぐいっとそれを拭って、奥歯を噛みしめる。


(――私は、アキのファンだ)


 それが、誇りだ。

 なのに、どうしてもファンを逸脱した気持ちが出て来そうになる。

 そんなのは、きっとファン失格だ。


 メインステージに辿り着いた彼らが軽快に話し、アンコールで歌い始める姿をひたすら脳裏に焼き付けながら、凪沙は揺るがぬ推し愛を再確認していた。

 それしか許すまいと。


 アンコールは本当に、瞬きの間に過ぎた。

 本当の本当に最後となったのは、定番の明るい曲。

 眩い光と紙吹雪が乱れ舞う。銀テープが高くに飛び散る。

 ギリギリ、一本だけ手に入れた。


『9年目も、よろしくな!』


 AKIの声が響く。

 三人が手を繋いで頭を下げる。

 巨大スクリーンに浮かぶ文字。


 “See you next time.”


 歓声と割れんばかりの拍手と、悲鳴と。

 爆発するような歓喜で満たされたドームの中、彼らは笑顔で退場していった。


 スクリーンの時計の針が、ひとつ進む。

 カチ。

 そうしてドームが明るくなった時。

 凪沙は、動けなかった。


 押し寄せてくる感情の波と、非現実的な感覚が抜けない。

 周りのざわめきも入ってこない。

 いつ誘導に合わせて退席したのか、いつ帰宅したのかも覚えていない。


 ――いつの間にか、家にいて。

 推しの祭壇を前に、正座していた。


 あまりにも素晴らしいライブだった。

 現実に戻りたくなかった。


 じいっと推しの写真を眺めながら――ファンとして推しを愛する気持ちを改めて守ろう。

 そう心に決めた。



 深夜に届いたメッセージ。


『最終日来てくれてありがとう。真ん中で応援してくれて嬉しかった』


 そんな言葉に、ひどく動揺しながら。

お読みいただきありがとうございます。

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