第100話 たった一輪の華 その⑦
香蔵さんは、静かに地面に降り立った。
アクゼリュスの肉体がうねって再生しようとする。私たちはつばを飲み、それを見つめる。
言葉すらも飲み込むほど、うねりを見せた……アクゼリュスですらない『それ』は大きくなっていき、鎌を体中から生やす。
香蔵さんは、ふぅと息を吐いてから手を前にした。
「『月魂:日食の剣』」
月の光から現れた剣がくるくると回り、アクゼリュスの鎌を切り落としていく。『七夕戦争』のときとはまるで違う。
あのときは、手加減してたんじゃないかってぐらい……
「さぁ、これは……鶴愛ちゃんの分」
剣が一閃を薙ぎ払う。恐ろしい速度で薙ぎ払われたそれは、アクゼリュスをいとも容易く切り裂いた。
明らかに、これは……
「傷つけられた人の分、被害者の家族の分も、警察の方々の分も!!」
ザシュザシュと塵が飛び散り、コンテナまで巻き込む。
それなのに、私達のところには来ない。塵も、コンテナの破片も……何も来ない。まるで、守られてるかのように。
逆に言えばそれは……
「……それだけ、斬り裂いているということ」
「あそこまでは、さすがの俺でも出来ねぇ」
そこまで、して香蔵さんは……倒したいんだ。こいつを。
しかし、この世にまだしがみつこうとしているのか、アクゼリュスはどれほど切られても、切られても、その体を保とうと、再生しようとしている。
鎌が思いっきり振られるが、それすら香蔵さんには届かない。
鎌が一瞬で消えると、アクゼリュスは後ずさる。それを逃さないように、香蔵さんは、アクゼリュスの足を切り落とした。
その後、手を切り落として、完全に逃げられないようにする。
「あ…………あぁ、あ……………ああぁ、あ、あ!」
もはや言葉にすらなっていなかった。
逃げようとしても逃げれない。再生した瞬間、切り落とされる。転がされる。それだけでも、笑ってしまうほど滑稽なのに。
ただ、私はそれを見て……
「……おかしいよね。鶴愛さんも、快弦ちゃんも殺したやつなのに。なんでか……」
可哀想にも、見えてしまう。
恨むべき相手のはず。殺したいほどに組んでいる相手のはず。それなのに、それなのに。
どうしても、そんな言葉が頭によぎる。
「香蔵さん」
私が香蔵さんの名前を呼ぶと、『月魂:日食の剣』の動きが止まる。
その剣は震えながら空中で止まって、消えた。
「もう、いいや……」
「いいのかよ」
香蔵さんはそうつぶやき、こちらに振り返った。
その眼には、涙がたまっていた。この人は確かに、涙を流していた。
そして、鬼円の言葉に答えるように、口を開いた。
「こんなことしても、二人は、喜ばないよ」
「そう、ですね」
アクゼリュスは、うねり、声を上げていく。
いつの間にかこちらに歩いてきていた金之助くんはそれを見て、大きく息を吐いた。
「じゃあ、俺がやるっす」
金之助君は鉞を持っていた。けれども、腕はだらんと落とされており、ガガガッと地面についていた。
私達はそれを見守ることしか、出来なかった。その眼は、どこか、もの悲しそうで。それでも、確かな敵意を持って。
「……じゃあな」
そう呟いてから、アクゼリュスを叩き切った。
ザラザラ、と塵があふれる。アクゼリュスの体が、塵になっていく。
最後の断末魔すら、人の形を保てていなかった。
「……」
そして、塵が消えた頃、私達の顔が上を向く。きれいな満月が、顔を出していた。
そしてそれは……私達を照らし、香蔵さんと、金之助君を静かに見つめていた。なにもない、静かな風が、吹いた。
「……快弦さん。終わったっすよ」
ただ、金之助君はそういって、それに手を伸ばした。
こうして、この日。
私達は、この戦いを終えたのであった。
確かに、アイツのせいでいろんなものを失った。
これから、鶴愛さんとも、快弦ちゃんとも、楽しい記憶を作ることが出来ない。
それでも、私達は歩いていかなきゃいけない。
どうしても、人に足という概念がある限り、歩き続けなければならないのだから。
私達は、こんなところじゃ止まれないのだ。
ここから先、どんなに辛いことがあっても。




