クロード・ヴェル・グラナード side 3
な、長いです。
ごめんなさい。
……しかも、もう少しクロード殿下の視点が続きます。
僕は創造神を父に持つ神の中では若い神の一人だった。
母たる女神の美貌を余すところなく受け継いだ為か、周りには大層可愛いがられた。僕自身はそこまで美醜に拘りは無かったけれど、周りが喜ぶのでそれに合わせて振る舞う事が多かった。そのせいか天真爛漫で自由奔放だと周りに思われていたようだけれど、僕からすれば全ての評価は本来の性格とはかけ離れていた。だけどそれを正す事にさえ興味がなかった。
そんな風に悠久の時を無為に過ごしていると、唐突に全てが煩わしくなる時がある。そんな時は神らしからぬ真面目過ぎる兄の所を訪ねるのが常だった。
この兄は人の世に時々現れるイレギュラーな歪みに対処する役目を負っていたいたが、それ以外にも細々と人の祈りに応えたり、神からすれば些細な悪事に相応の罰を与えたりと、細やかに人の世を見守り慈しんでいた。自身の欲望に忠実な神らしさは欠片も無く、甘い噂も聞かない無愛想で朴訥な神だけど、周りを気遣う優しい兄が大好きだった。それに兄は僕に何かを求めたりしない。ただ静かに其処に居てくれる。時々お小言は言われるけれど……。だから僕は兄の前では息をするのが楽だった。
ある時いつもの様に兄の元を訪れると、兄は泣きそうな顔で食い入る様に地上の様子を見詰めていた。表情が乏しい兄の何時に無い様子に驚き声を掛ける。
「兄さん、どうかしたの?」
「……私は無力だ。たった一人の幼子を救う事さえ出来ない」
「神の理に触れる事なんだね?」
兄は優秀だ。口数は多くないけれど、任された役目だけでなく、父である創造神の補佐もする程だ。その兄が助けられないという事は、人に課せられた宿命絡みか天界の理に触れる事しか無い。『幼子』と言っていたから宿命の線ではないと踏んでそう聞いたのだけど、返ってきた答えは予想外のものだった。
「幼子には重すぎる宿命を背負い、助けたくとも理に触れる。私に為す術はないんだ」
「はっ?何それ?聞いた事もないよ。何かの間違いじゃないの?」
「……全て確認したが間違いない」
「僕にも教えてくれる?遊びで聞いてるわけじゃないよ?」
「ふっ、そんな風に思わないよ。お前は優しい子だって知ってる」
「…………なら早く教えてよ」
……兄は多分、人いや神誑しの素質がある。
いや、今はそれは置いておこう。
人が抱える負の感情の均衡を保つ為に取り込み浄化していた神が堕ち、闇となった。その闇をどうにかするという宿命を負った魂が創造神に創られるも、想定外に幼い内に闇から狙われ、足りない力を生命で補うという奇跡を起こし相討ちとなる。それが転生を繰り返す度に起こっているというのだ。その魂を宿した幼子の周りの人間達の嘆きは激しく忘却の術を使わねばならぬ程。
「……有り得ないでしょう、父上には?」
「基本、一度与えた宿命には何人たりとも関与出来ない。それは与えた本人の父上でも、だ」
「…………」
「……見守るしか出来ないんだ」
僕は辛そうに小さく呟く兄を見て決意した。
都合の良い事に僕は地上の負の溜まり場を浄化する役目を担っている。地上にいる時間は兄より遥かに多い。兄の代わりにその魂を持つ子を見守り、成長して力が強くなるまで襲ってくる負を浄化しよう、役目の一端として。まあ、かなり無理矢理なこじつけにはなるから多少のペナルティはあるかもしれないけれど兄の為だ。
後々、僕のこの決意が事態を更に複雑にしてしまうなんて思いもしなかった。
早速地上に下りた僕は早々に役目を終わらせ、兄の所で見た少女を探した。大体の場所はわかっていたけれど、例え知らなかったとしてもわかっただろう。何故なら、少女を基点として聖なる輝きと夥しい負のの闇が混ざり合うという異常な事態が起こっていたからだ。
兄の所で見た少女は4〜5歳位に見えたし、闇に呑み込まれてはいないけれど、この量と濃度の闇の浄化など人間の手に余る代物だ。兄が加護を与えた聖女や聖人と呼ばれる人間でも無理だろう。そう、それはこの世界の歪みすらも凌駕するものだった。
一刻の猶予も無いに違いないと僕は慌てて少女を探した。程無く見つけた光景に僕は息をのむ。
黒く大きな瞳は神々しい程に澄んだ光を宿し、その小さな身体からは神である僕でさえ心地好いと感じる程の慈愛の輝きを放っていた。
しかし少女の目の前には悪意や憎悪のみで出来たおぞましい闇があり、黒い靄を生み出し続けている。
だが少女は一歩も引く事無く、強い意志を瞳にのせ、その小さな両腕を広げて立っている。僕でさえ、その禍々しさに鳥肌がたっているのに。兎に角、今はこれを何とかしなくてはと浄化を始めると、少女が驚いた様に僕を見る。
いや、驚くのは僕の方だ。だって人間に僕が見えるはずが無いのだから。
浄化を始めて、初めて僕に気付いたらしい闇が蜥蜴の尻尾を切る様に浄化の光の手前でぶつりと絶ち切った。そして素早く細かい靄となり空気に溶けるように霧散する。
しまった、逃げられた。
しかし、こじつけではアレを全て浄化する訳にもいかなったし、仕方ないかと一人で納得していると、視線を感じる。
そうだ、見えてたんだった。
けれど掛ける言葉も見つからず、お互い無言で見詰め合う事少し。
僕が何も言わない事に話すのを諦めたらしく、少女は後ろを向きしゃがみこんだ。
良く見れば少女の後ろに一人の女性が倒れている。生命の光は消えておらず、見えるところに怪我も無い。気を失っているだけだろう。
「おかあさん、おかあさん。おきて。めをあけて」
たどたどしい言葉に心細さを感じた僕は少女に近寄り様子を伺う。
少女は毅然としていた先程とは違い、大きな瞳が不安を宿し、みるみる内に瞳を潤ませる。
「お、おかあさぁん、め、めぇあけて〜ふぇっっ、あぁん」
潤んだ瞳からきらきらと涙が零れ出す。
待って、待ってよ。
この世の終わりみたいに悲痛な声で泣かないでよ。
焦った僕は思わず声を掛ける。
「大丈夫だよ、気を失っているだけだから。すぐに目を覚ますよ」
僕の声に反応した少女は僕を見た。
「っく、ほんとう?お、おかあさん、め、さめる?」
「うん、本当に大丈夫だよ。だけど悪くなったらいけないから揺らしたりしない方が良いよ。我慢出来る?」
「ふっっ、っうっく、が、がまん、するっ」
「っっ、偉いね。心細いなら目が覚めるまで一緒に居ようか?」
「っく、い、いいの、おにいちゃん?」
うるうるとした輝く大きな瞳が縋る様に僕を見る。
何だ!
何なんだ、この可愛い生き物は!
天界でも見た事無い位のこの可愛さは!
胸中で盛大に悶えながらも頷くと、少女は花が咲いた様に笑った。
その笑顔は僕の心を鷲掴み、激しく揺さぶったのだ。
これが、僕と彼女の出逢いだった。
次回の投稿は明日8/5です。




