ああ、母様には敵わない!
リフレシアとレティシアママの長い会話は初めてです。
作中には2人の絡みは少ないですが、リフレシアはレティシアママの信奉者の一人です(笑)
ノックの音に開かれた扉から現れたのは、柔らかに波打つ金髪を緩やかに結い上げ、白磁の肌を彩るアクアマリンの瞳を持つ美女。3人の子を持つ母とは思えない華奢な肢体はほんのりと色香を放っています。貴族女性の模範の様な所作でありながら、おっとりと包み込む優しさを醸し出しており、結婚した今も尚、貴賤、男女を問わず信奉者が後を絶たず、社交界の華と呼ばれています。そのせいか、我が家には母様に贈り物が届かない日はありません。……時々、父様が母様を離さない日もあるくらいです。
ほぅ……
我が母ながら、溜息が零れてしまいます。
「リフレシア、調子はどうかしら?貴女からのご指名なんて小さな頃以来だから、とても嬉しいわ!」
美しい華のかんばせを綻ばせる母様は女神さながらで、本当に血が繋がってるのか不安になるくらいです。嫋やかで儚げなイメージの母様ですがサマーセット家で一番強いです。家から一歩外に出ると鉄壁な淑女の仮面をつけ、魑魅魍魎が跋扈する社交界を時には微笑みで、時には仕草で、時には会話で悪意や妬みをいなし、流して渡り合います。滅多にない事ですが、母様の怒りを買うと容赦なく持てる人脈、財力、そして自分の影響力さえ使い完膚なきまで攻撃し、二度と刃向かえないようにするのです。更に恐ろしいのは攻撃された人の殆んどが母様の信奉者に成り果てる事。
……母様には逆らってはいけません。
この教訓は一生覆る事は無いと思います。
「母様ご機嫌よう、今日も溜息が出る程美しいですね。調子は見ての通りです。心配をかけてしまってごめんなさい」
「ふふっ、誉めてくれてありがとう。顔色も良いし、可愛いアメジストの瞳もきらきらして……良くなって本当に嬉しいわ」
微笑む様子は少女みたいで、清廉、妖艶、可憐にと万華鏡のように変化し目が離せません。
父様が掌中の珠の如く大切にするのが理解出来ます。
はっ!
……母様観察に勤しんでる場合ではありませんでした。
「母様、早速なのですが……」
「旦那様の事ね?」
流石母様、話が早いです。
「はい。父様が心配性なのは昔からですが、今の状態はかなり度を超していると思うのです。後、ポアロ様に対してもあそこまで警戒しなくとも良いと思うのですが」
ポアロ様はこれから密に行動を共にする事になります。今の父様の様子では先が思いやられます。ポアロ様についても早い内に手を打っておきたいです。
「そうねぇ、暫くの間は旦那様の気の済む様にと思っていたけれど、暫く……では収まりそうにないわね」
「……心配を掛けてしまったのはわかっています。しかも今回は1ヶ月も眠ったままで。でも……」
「籠の中の鳥みたいですものね」
「はい……」
私は我儘なんだと思います。
整えられた環境や溢れんばかりの愛情を惜しみ無く与えて貰っていて尚、自分の欲求を止められませんし、止める気がありません。
真綿で包み込む様に守ろうとする優しい籠から出て、飛ぶに足りない翼でも自ら羽ばたきたいと思ってしまうのです。
「……リフレシア、貴女はわたくしに似ているわ。だから、わたくしには貴女の気持ちがわかるし、望む事をさせてあげたいと思える。でもね……旦那様は違うのよ。ねぇ、リフレシア。貴女には旦那様はどんな人に映っているかしら?」
「父様?」
「ええ。貴女にとって、アルヴィス・サマーセットはどんな人?」
私にとっての父様。
月の化身と呼ばれる銀髪に紫紺の瞳を持つ美丈夫様。
腹に一物を抱えた貴族達に一つとして弱みを握らせる事の無い筆頭公爵様。
国王にすら物怖じせず意見を述べ、常に冷静な判断を下せる宰相様。
そして……
懐に入れた者を、家族をひたすらに護ろうとする優しく弱い父様。
ああ!
何て私は浅薄だったんだろう。
父様は……父様は傷付いていたのです。
自分が私を護れなかった事に深く深く、それこそ常識はずれな事をする程に。
だから、今度こそはと体面や外聞をかなぐり捨てて自分の持てる全てを使ってでも私を護ろうとしているのです。
「……貴女は聡すぎるわ、リフレシア。喜べばいいのか哀しめばいいのか……わたくしからも旦那様には言っておくけれど、貴女自身でありのままの想いを伝えてあげて?」
困ったように微笑む母様はぎゅっと私を抱き締めます。
「リフレシア、これだけは覚えておいて。貴女が何をしようとも……誰であろうともわたくし達は貴女を愛している。貴女は貴女だけのものではないわ。貴女を愛している者全てのものなのよ?」
母様は……気付いている?
私がリフレシアになったのに気付いていた?
なのに、それまでと変わりなく慈しんでくれたの?
胸が詰まり滲んだ涙を隠すように、母様の柔らかな胸に顔を埋めて言葉なく何度も頷きます。
母様と父様の子供に産まれて本当に良かった。
父様にこの想いを伝えよう。
全てが伝わらなくてもせめて……
私も父様を、皆を愛している事だけは伝えたい。
優しく撫でてくれる母様の手が、知らずに溜まっていた憂いを晴らしてくれて、ああ、母様には敵わないなぁとしみじみ感じたのでした。




