勘弁してもらえませんか?
どうやら前門にいたのは虎ではなく、小型犬だったようです。
「ねえ、ヴェルナー子爵令嬢マリネラ様、トリニード子爵令嬢カノン様?」
いつもロザリア様にくっついて、嫌味を言ってくる取り巻きの二人に話し掛けます。
二人はびくりと震え、驚愕の表情で私を見ました。
「何を驚いていらっしゃるの?お名前くらい存じていますわ。ですが……貴女方に話し掛ける許可を、与えた覚えはありませんわ」
「「!!」」
そうなのです。
上位の相手には、許可なく話し掛けてはいけないのです。内容もさることながら、許可なく話し掛ける事はマナー違反です。
貴族子女が最初に習うマナーです。
「ボードフォール公爵令嬢でしたら、こんな初歩的なマナーくらい当然ご存知ですわよね?」
さてロザリア様、貴女はどうしますか?
私の問いかけは『知らない』と言えば高位貴族としての恥となり、『知っている』と言えば取り巻きの失態の責任がかかります。
「……もちろん、知っていますわ。ですが彼女達の振舞いは、わたくしには関係ない事ですわ!」
「そ、そんなっ!」
「っ、あんまりです、ロザリア様!」
蜥蜴の尻尾を切りますか……
責任は彼女達に押し付けて、自分だけ守るのですね。
子爵令嬢2人は真っ青になり、涙を浮かべています。
まあ、そうなりますよね。
ロザリア様が庇ってくれないとなると、彼女達の行いはお咎めを受ける事必至の内容なのですから。
「お会いする時(一方的にっ!)はいつもご一緒でしたので、てっきりボードフォール公爵令嬢の庇護下の令嬢だと思っていたのですが?」
「っっ、勝手に彼女達が付いてきたのですわ!」
「ひどいですっ、何かあってもロザリア様とボードフォール公爵家がいるからと、仰っていたではありませんか!!」
「そ、そうですっ!ロザリア様がいれば、サマーセット公爵令嬢に対する不敬など問題ないって!」
……同じ公爵位でも権力に違いがあるのは本当ですが、我が家は公爵位の中でも別格です。巷では『第二の王家』(最近知りました!)と呼ばれる程の力と血筋を持っているサマーセット公爵家。
対するロザリア様のボードフォール公爵家は公爵位の中で最も力が弱く、ここ2、3代は王家との結び付きもありません。領地の経営も上手くいっておらず、何か事があれば、侯爵に降格する可能性もあると聞いています。
なのでロザリア様やボードフォール公爵家が、サマーセット公爵家に圧力をかけて、問題を揉み消す事など不可能なのです。
子爵令嬢の二人が、高位貴族のパワーバランスに疎いのはわかりますが、流石に公爵令嬢であるロザリア様は、理解しているはずなのですが。
……まさか知らないなんて事ないよね?
「ああ、何て事かしら!有りもない事でわたくしを責めるなんて!」
……有りもしない事を言うのは、ロザリア様の十八番だと思いますが。
う〜ん、斜め上に無理矢理方向転換しましたね。
「この事はお父様にお伝えしますわ。お父様は必ずサマーセット公爵令嬢に罰を与えて下さいますわ!」
勝ち誇った様に、酷く歪んだ笑みを浮かべるロザリア様。
……やっぱり知らないんですね。
困りました。
親に告げ口されるのが、ではなく大事になりそうな事がです。
間違いなく、我が家は全員が全力で向かっていきます。
私にとって『家族』が地雷なのと同じで、家族にとっても私が地雷だからです。
基本サマーセット公爵家は皆、争いを好みません。逃げ腰だ、臆病だと思っている方もいるようですが、本当は我が家が動けば相手は降爵で済めばましな方で、下手をすれば家ごと潰れてしまいかねないからなのです。なので些末な事は受け流し、口頭注意などで済ましてしいます。
……ただし、私に関わる事は別です。
以前の園遊会のように、社会的報復すら視野に入れるという、大事になってしまうのです。
だから私は今までにされた理不尽な事も、全て家族に黙ってきました。
今回私が反撃したのも、怖がって近寄らなくなれば良い、くらいに考えていたのです。
……若干食べ物の恨みもありましたが。
ですが……もしボードフォール公爵家もロザリア様と同じ考えで、これを口実にサマーセット家に攻撃しようとしたら。
ダメです。
最悪な結末しか浮かびません。
軌道修正したくても、ロザリア様は自分の優位を信じ込んでいて、止めれそうにないですし……
「…フレシアじょ…、リフレシア嬢?」
誰ですか?
今私忙しいんですっ!
と心で文句を言いつつ振り向くと、クロード殿下がいました。
ひぇっ、すっかり忘れていました。
そして、何てややこしい時に(お兄様という盾から)出てくるの?
それでなくても大変なのに。
勘弁してもらえませんか、狼さん……
「あっ、リフレシアがきれた!」
「兄上どうします?」
「……おやつの事でかなり鬱憤が溜まってたしね〜」
「しばらく様子を見ます?」
「だね。タイミングを見て矛先を、僕達にすり替えればいいし」
「はい。たまには姉様も発散しないと」
「最悪、潰しても構わないし」
「ええ。姉様は黙っているからバレてない、と思ってるみたいですが……」
「うん。そろそろ父上や母上も、我慢の限界だって言ってたからね」
「……アリアが一番やば……いえ、何でもありません」
「……うん。僕もそう思うよ……」
リフレシアの背後で交わされた、サマーセット兄弟の会話(怖い)。
……リフレシアに関わる事は全て、サマーセット家全員(+アリア)が把握済みでした。




