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『闇』と私



すみません、予約出来てませんでした。



幾つかの季節が巡り、私は明日15歳の誕生日を迎える。



『リフレシア、お前明日の準備とかないのか?』


リーベルタース。

私の準備は終わっています。

忙しいのは屋敷の皆ですよ。


(ルチアもお庭の飾り付けをしました。リィは気に入ってくれましたか?)


もちろんよ。

季節ではない私の好きな花を沢山咲かせてくれて嬉しいわ。

ありがとう、ルチア。


(良かった〜。リィが嬉しいとルチアも嬉しいです)


『そうか、貴族というのは面倒だな』


ふふっ、それには同感です。



封印された『闇』に自由を意味するリーベルタースという名を付けたのは、ポアロ先生からペンダントに加工された珠を貰って暫くした頃でした。



私が予想した通り、リーベルタースは負の感情しか知りませんでした。


人間の欲望から生み出された負の感情は、偏っています。

欲望を肯定し正当化するために、人間の持つ綺麗な感情を悉く否定し蔑む。

だから負の感情から生まれたリーベルタースは、人間が持つ温かな優しい感情を否定し、知ることを拒みました。

そうしなければ己の存在意義が無くなる、そう思い込んで。


負の感情から生まれたとはいえ、リーベルタースの元となっているのは神力です。

基本ルチアと変わらない存在です。

与えられるものによって育ち方も変わります。


生まれてからずっと、負の感情の中で生きてきたリーベルタース。


長い年月の間に培われた気持ちが変わるとは思いません。

私の自己満足でしかないけれど、人間の持つ温かな優しいものも知って欲しいと思ったのです。

それを知ったリーベルタースが、変わるか変わらないかはわからないけれど、負の感情しか知らないなんて悲しすぎるから。



最初の頃は人間の全てを否定し、絶えず悪態をついていたリーベルタースの変化の切欠はルチアでした。


ルチアはリーベルタースを同種と感じたらしく、根気よく彼の言葉を聞き、気持ちに寄り添おうとしたのです。

ルチアは決してリーベルタースを否定せず、でも時々悲しそうな顔で珠を撫でていました。

そんな日々を過ごしていく中で、ルチアは成長し言葉も感情も豊かになっていきます。


ある日、いつもの様に悪態をついたリーベルタースの言葉にルチアが涙を溢します。

ルチアはすでに実体化出来るようになっていて、小さな女の子の形をとり両手の上に封印の珠をのせ会話していたのです。

ルチアの涙はぽとりと珠に落ち、光となって弾けました。


『……痛い』

(涙が痛かった?ごめんなさいリーベルタース)

『違う……わからない。でも痛い』

(……どうしたら痛くなくなる?)

『……わからない』

(変なの?何で痛いのかわからないの?くすくす)

『…………痛くなくなった。お前もう泣くな。お前が泣くと痛いんだ』

(ルチアが泣くとリーベルタース痛いの?)

『とにかく泣くな』

じゃあリーベルタースが泣かさなければいいのでは?

今ルチアが泣いたのはリーベルタースが酷いこと言ったからだもの。

『私が泣かせた?』

そうよ、リーベルタースが泣かせたの。

(違う!ルチアが泣き虫なの。リーベルタース悪くないよ)

『……もういい』


それからです。


リーベルタースが変わり始めたのは。


辛辣な口調は相変わらずでしたが、ほんの僅かルチアの気持ちを窺う様子を見せたのです。

そしてそれは少しずつ、でも確実にリーベルタースを変えていきました。

ルチアだけでなく、私の心境の変化も感じとり、上から目線ではありますが励ましや慰めの言葉を口にするようになったのです。


……私とルチア以外にはそうとは理解出来ない言い方ではありますが。


その変化に伴い、リーベルタースからの質問攻めも始まりました。



人間の言葉や行動の理由をリーベルタースは知りたがりました。

彼が過去に得た知識では説明出来ないものは全て。


私自身まだ未熟なので全ての質問に答える事が出来ず、悩んだりするとリーベルタースはさらりと会話を変えます。

……言い方は相変わらずでしたが。


いつの間にかリーベルタースは、私やルチアの心の機微に敏感になり、私達が憂うことを避け、時にはさりげなく喜ぶものや人がいる場所へと誘導するまでに至ったのです。


すでにこの時点で、私が知っている『闇』とは別のものとなっていました。


リーベルタースは人の持つ色々な感情をあますことなく受け止め、自分に向き合っていたのだと思います。

何故、ということを自らに問い掛け、導きだした答えに苦悩し、それでも途中で投げ出すことはしませんでした。


封印の珠のひびは、リーベルタースの苦悩する度に増えていきました。


『私は昔、お互いが消滅する瞬間にお前にしがみついたことがある』


ごめんなさい、最期の瞬間の記憶はどれも曖昧にしか覚えていないのです。


『ふっ、それは神の配慮だろう。自分が死んだ瞬間を鮮明に覚えていたら、幼いお前の心は壊れてしまう』


そう、そうですね。

他のことでいっぱいいっぱいだったから、深く考えたことなかったです。


『……お前は繊細なのか、鈍感なのかわからん』


ふふっ、どちらも持っています。


『ったく、お前というやつは。だが矛盾するものを持つからこそ、神はお前を選んだのだろう』


そんな基準でですか?


『ああ、多分な。人は正も負も併せ持つ。そうした矛盾を多く抱えて尚、誘惑に負けず己の信じる道を違わず、心の天秤を平らにするお前でなければならなかったのだろう』


……そんなご立派な人間ではないのですけれど。


『誰がお前を立派だと言った?ポンコツなのは間違いないぞ?』


は?

何さらっと貶してくれてますの?

今は思い付きませんが、後で覚えておいて下さいね?


『本当にお前は……。清く正しくお美しいリフレシアか。それは一体何処の誰なんだろうな』


ねえリーベルタース、私に喧嘩を売ってますの?

貴方知っているでしょう、私は売られた喧嘩は買いますのよ。

宣戦布告と受け取って宜しいかしら?


『……お前仮にも公爵令嬢だろう。ほいほい喧嘩を買うのはいい加減やめろ』


嫌です。

全てを呑み込むことなど出来ない狭量な私は、我慢すればいつかは爆発します。

悩む時間も勿体無いし、大事にもしたくないので随時解決した方が良いのです。


『くくくっ、そうだな。そんなお前だから、ずっと害し続けた私すら最期の瞬間抱き締めたり出来るのだろう』


……抱き締めた?


『ああ、私のせいで消滅する瞬間にな。しかも私に微笑んで』


………………。


『私はそれからお前に執着した。何故執着したのかもわからないまま、お前を執拗に追い続けた。そしてくだらない理由をつけて、あの頃のお前と同じ位になるまで生かした。お前が大切にするものを害し、お前が私のしたことで感情を揺らすのを喜んだ』


リーベルタース……。


『自らに問い掛ければ答えはすぐ出ただろう。だがそれを認めることは、私の存在そのものを否定することと同義だ。だからくだらない理由をつけた。だが、潮時だ』


…………。


『認めよう、リフレシア。私は誰かにもう一度抱き締められたかった。愛されたかった』



リーベルタースが、『闇』が心にある負以外の感情を認めた瞬間でした。




















次回の投稿は9/22(火)です。

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