見付けた
「グオ」
スーは、小さな声で鳴き、魔法を発動させた。スーが発動させた魔法は、『ブルーゲージ』。ドーム状の壁を出現させ、中にいる者を閉じ込める魔法。『ブルーゲージ』は牢獄魔法の中でも、高位の魔法で、広範囲を覆うことが出来るが、スーが発動した『ブルーゲージ』の規模は桁が違った。
青い壁は、『ペルム国』改め『マーストリ国』国土をすっぽりと覆った。スーの思考を代弁するナノが高らかに宣言する。
「これより、マーストリ国の国民は国外への渡航を禁止します」
「放て!!」
「「ファイアボール!」」
指揮官の号令で魔法使い達が、一斉に火球が放つ。何百もの火球が真っ直ぐ標的に向かっていく。
「……グオ」
標的の黒い魔物が一声鳴いた。その直後、火球は標的の黒い魔物に命中する。
「どうだ?」
「攻撃は、全て命中……いえ、違います!」
無数の火球は標的に命中したかに見えた。しかし、火球は標的に命中する数センチ前で見えない何かに当たり反射された。放った火球が魔法使い達に返ってくる。
「魔法、反射!こちらに向かってきます!」
「くそ、防御魔法展開!」
指揮官の号令で魔法使い達が一斉に防御魔法を展開する。反射された火球が防御魔法に当たり、爆発した。魔法使い達はかろうじて火球から守られる。
「『リフレクションバリア』……だと!?」
指揮官は驚いた表情で標的を見る。今のは、まさしく、反射魔法だ。
相手の攻撃魔法を反射させ、そのまま相手に返す高等魔法。相当の魔力がなければ発動することさえできない。
「くそ、何故だ?」
指揮官は、ゴクリと唾を飲み込む。
「何故、巨大トカゲが魔法を使える!?」
突如、ペルム国……元ペルムに現れた黒い魔物。
巨大トカゲと色以外は同じ外観を持つその魔物は、王となったエド=モンドを殺害。黒い巨大トカゲは『スー』と名乗り、自らを王とする『マーストリ国』なる国を建国すると宣言した。
さらに、『スー』は大規模な精神魔法を展開。自身に対する恐怖心を植え付け、その場にいた人間達を支配下に置くと同時に、最大規模の『ブルーゲージ』を発動。マーストリ国と外界とを完全に隔絶させた。
これに対し、その場におらずスーの精神魔法を受けなった者達は討伐隊を集結。スーに戦いを挑む。だが……。
「し、指揮官殿どうしますか?」
「ど、どうすると言われても……。ううむ…こ、このまま、攻撃を続けよ。リフレクションバリアはそう長く発動できないはずだ!」
「いや、このまま攻撃を反射され続ければ、こちらの方が持たない!相手の魔力も未知数だ。どれだけ、リフレクションバリアを発動し続けられるかも分からん」
「で、では、どうするのだ」
「う、ううむ」
経験豊富な兵士や冒険者の大部分は『巨大トカゲ』討伐の際に命を落とした。
現在、スー討伐に集結した者達は、寄せ集めでしかない上に命令系統もあいまいで、指揮官が何人も存在するという状況になっており、現場は大きく混乱していた。
「よ、よし。魔法使い達は下がれ!歩兵、騎馬兵は代わりに前へ出ろ!」
「はっ、はい!」
指揮官達は散々迷った挙句、ようやく命令出す。魔法使い達は後ろに下がり、歩兵、騎馬兵達が前に出た。しかし、前に出た歩兵や騎馬兵達は、皆若く未熟者ばかりだ。戦いの経験すらない者もいる。
「ペルム国を魔物なんぞに渡してなるものか!進めえええええ!」
「うおおおおおお!」
それでも、兵士達は指揮官の合図と同時に、黒い巨大トカゲに突撃する。その数はおよそ数万。寄せ集めとはいえ、皆、自分の国を魔物から取り戻したいと思う気持ちは同じだ。
人間の群れは、巨大な波となって巨大トカゲに襲い掛かる。
「グオ」
突っ込んでくる兵に向かって、スーは小さく鳴いた。すると、数万の歩兵や騎馬兵達がフワリと空中に浮き上がった。
「うわああああ!」
「な、なんだ!?」
兵士は困惑し、馬は必死に足を動かす。しかし、どんなに動いても兵や馬は空中を漂うばかりだった。自分の意思では、何処に行くかもコントロールできない。
「こ、今度は、浮遊魔法だと!?」
スーが使った魔法は『浮遊魔法』。本来、空を飛ぶ際に使う魔法だが、空を飛ぶことのできない生物や、浮遊魔法を会得していない者に対して使えば、相手を浮かせることが出来る。
「数万の兵士達に対して、同時に……」
「こ、こんなことが……」
「信じられない……」」
スーが発動させた浮遊魔法の規模に、魔法使い達は騒然とする。その時、黒い巨大トカゲの隣で何かが光った。
次の瞬間、無数の光の弾丸が黒い巨大トカゲの隣から放たれた。光の弾丸は空に漂う数万の人間の頭を正確に貫いた。
それは、一瞬の出来事だった。だが、その一瞬で数万の命が呆気なく消えた。
頭を撃ち抜かれた者達は、死んでも地面に落ちることはなく、空中を漂っている。
黒い巨大トカゲは頭を撃ち抜かれ、漂う人間達をじっと見る。だが、やがて首を小さく横に振ると、触手を伸ばし、空中に浮かんでいる人間の死体と生きている馬を食べ始めた。
バリ、バリ、バリ、バリ……。
猛烈な勢いで、数万の兵や馬が食べられていく。
「……」
それを見ていた指揮官達や、魔法使い達は呆然とその光景を見ていた。あまりの出来事に脳が追いつかず、思考が停止している。
やがて、指揮官の一人が、はっと我に返る。
『な、何をぼんやり見ている!あいつらを助けるぞ、攻撃準備!』
『は、は、はい!』
指揮官が魔法使い達に攻撃を命ずる。あの場にもう生きている人間は一人もいない。しかし、指揮官達や魔法使い達にはそれが分からない。
だが、指揮官達や魔法使い達は、その現実を受け入れることが出来ない。
(もしかしたら、何人かは生きている者がいるかもしれない)
という儚い希望を胸に、魔法使い達は攻撃を放とうと身構えた。だが、その攻撃が放たれることはなかった。
「ぎゃあ!」
どこからともなく悲鳴が聞こえた。皆、何事かとそちらに目を向ける。
いつの間にか、そこには腕からは光の剣を伸ばしたエルフの女がいた。
エルフの腕から伸びている光の剣の先には魔法使いが串刺しになっている。エルフが腕を振ると、光りの剣から魔法使いの体が抜け、地面に転がった。
「い、いつの間に!?」
驚く、指揮官を尻目にエルフが動き出した。凄まじい速さで、エルフは魔法使い達を殺していく。
「違う、違う、違う、違う、違う……」
エルフは光の剣で魔法使いを一人斬る度に「違う」と唱えながら、魔法使い達の間を駆け抜けていく。
「くそ!距離を取れ!体勢を立て直……ぐわあ」
指示を飛ばそうとした指揮官の一人が光の弾丸で頭を撃ち抜かれる。
「ひいいいい!」
指揮官の一人が殺されたことで、魔法使い達はますます混乱していく。
「ファ、ファイアボール!」
魔法使い達は個々にエルフを攻撃するが、エルフには全く当たらない。高速で動くエルフを誰も捕えることが出来なかった。
「は、早い!」
魔法使い達は、激しい混乱に陥り、まともに統率がとれない。生き残った指揮官の一人は大声で指示を出す。
「てっ、撤退!撤退しろ!」
「うわあああああ!」
撤退の指示を聞くや否や、魔法使い達は蜘蛛の子を散らす様に一斉に逃げ出した。だが、さらなる絶望が彼らを襲う。
「……グオ」
いつの間にか、黒い巨大トカゲが魔法使い達の逃げる先にいたのだ。
「な、なんで!」
「嘘だろ?」
黒い巨大トカゲの体から、無数の触手が伸びる。触手は魔法使い達に絡みつき、締め上げていく。
「あああああ」
「離せ、は、離してエエエエ!」
魔法使い達は触手から逃れようと暴れる。しかし、どんなに暴れようと、どんな魔法を使おうと、触手から逃れることは出来ない。
黒い巨大トカゲの隣に、そっとエルフが立った。触手に捕らわれている魔法使いに向けてエルフが人差し指を向ける。
「シャインブレット」
エルフの人差し指から、光りの弾丸が放たれる。光の弾丸は分岐し、触手に捕らわれている魔法使い全員の頭を貫通した。
「……」
黒い巨大トカゲは頭を撃ち抜かれた魔法使い達を見る。生きている者は誰もいない。エルフが小さく呟いた。
「いませんね」
黒い巨大トカゲは魔法使い達の死体を喰っていく。鮮血が飛び散り、辺りが紅く染まっていった。
最後の魔法使いを飲み込むと、スーは一人の人間に冷たい眼を向けた。
「ひいいいいいい」
スーの視線の先には腰を抜かした男がいる。兵士達に突撃を命令した指揮官だ。
他の指揮官達は魔法使いと一緒に喰われてしまった。歩兵も騎馬兵も魔法使いも皆喰われた。最後の一人となった指揮官は怯えながら、後ずさる。怯える司令官にゆっくりとスーとナノが近づいて来る。
「た、助けて!こ、殺さないで!」
指揮官からは先程の威勢がすっかり消え失せている。指揮官は持っていた剣を捨て、スーとナノに跪き、命乞いをする。
「すみません。お願いがあるのですが」
綺麗な発音の人語でナノは指揮官に話し掛ける。指揮官は「はっ」としてナノを見る。
「は、はい。はい!な、なんでしょうか?」
ナノはニコリと微笑む。
「立ち上がってもらってもいいですか?」
「えっ?」
「お願いします」
「は、はい。分かりました!」
指揮官はナノの言う通り、立ち上がる。
「シャインブレッド」
立ち上がった指揮官の足を光の弾丸が貫いた。
「ぎゃあああああ!」
血が噴き出す足を抑え、指揮官はのた打ち回る。それを見たナノの口から軽いため息が漏れた。
「やはり『道標』は、そう簡単には見付かりませんか……」
ナノは、淡々とした口調で呟く。
「グオ」
隣にいたスーが小さな声で鳴いた。すると、指揮官の真下の地面に魔法陣が現れる。魔法陣が現れると、指揮官の体が白く発光し始めた。
「ぐぷああああああああ!」
発光し始めた指揮官の体は、まるで風船のように膨張し始める。
「くぷえおおおおおおおお!」
指揮官の膨張は止まることなく、二倍、三倍と膨らんでいく。
「ぱやああ」
限界まで司令官の体は、空気を入れ過ぎた風船のようにパンと破裂した。破裂した肉片をスーが触手で拾い集め、口に運ぶ。
スーの思考が独り言のように、ナノの口から零れた。
「やはり、『道標』でないと駄目ですね」
目的を叶えるために、必要なものは二つ。
『道標』と『莫大なエネルギー』だ。
スーの口の端が僅かに上がる。それに合わせて、ナノの口の端も上がった。
「では、まず『道標』を見付けるとしましょう」
反乱者を全て喰い尽くし、この国でスーに逆らう者はもういない。この瞬間、スーは『マーストリ国』の完全な『王』となった。
そして、『王』は次の命令を人間達に下す。
「一体、何なんでしょうね?」
「分からん。でも、行くしかない」
二人の男が並んで歩いている。男達の顔は、暗く蒼ざめている。すると、そこに別の男が合流した。
「よう」
「久しぶり」
「お久しぶりです」
合流した男達はしばしの間、久しぶりの再会を喜ぶ。だが、その表情は直ぐに暗いもの変わった。
「なぁ、何があるか知っているか?」
「いや、知らん」
「……俺も知りません」
「だよな……」
男達が会話をしている間も、次々と人が合流してくる。山頂から湧き出た一滴の水滴が、やがて大河となるように、一人、また一人と合流していき、やがて、大規模な集団となっていった。
彼等が目指している目的地は『チクシュルーブ』。ペルム国中央の次に巨大な都市で、かつて、大勢の人間が暮らしていた。
だが、現在『チクシュルーブ』に元の住人は一人もいない。新たな王、スーの命令で、『チクシュルーブ』に元々いた人間は全員退去させられていた。
代わりに今、『チクシュルーブ』にいる人間は、スーによる命令で集められている者達だ。
スーの命令により集められる彼等は、何故『チクシュルーブ』行かなければならないのか、その理由を知らない。
集められる者達にはある共通点があった。それは、全員同じ職業についているということだ。
彼等は全員『武器屋』で働いている者、もしくは武器屋で働いていたことのある者達だった。
数週間前、突然、スーの命令が人々の頭の中に響いた。
「『マーストリ国』にある全ての武器屋の従業員、または従業員だった者は全員二か月以内にチクシュルーブに集合してください」
さらに、命令はこう続いた。
「来なかった場合、来なかった人間と、その者の家族を全員喰い殺します」
スーの命令が頭に届くのと同時に人々の頭の中に映像が流れた。それは、スーの命令に背いた自分と家族全員がスーに喰われる光景だった。
スーがこの国に来て最初に使ったものと同じ精神魔法。そして、あの時と同じく、精神魔法に抗うことが出来る者は誰もいなかった。
チクシュルーブに到着した者には、それぞれに指定の宿が指示され、そこで指定の時刻まで待機するように命じられた。
そして、二カ月後。この国の武器屋で働いている者、または働いていたほとんどの者達がチクシュルーブに集結した。
『集まった人達は、三十分以内に全員屋外に出てください』
再び、頭の中に声がする。チクシュルーブに集合した武器屋で屋内にいた人間は慌てて、外に出る。
「おい、お前の所の従業員はどうした?」
「あっ?あの馬鹿!なんで、外に出てない!?」
「早く呼んで来いよ!」
「チィ!」
とある武器屋の主人が慌てて、宿泊していた建物の中に入る。すると、そこに彼の店で働いている青年がいた。
「おい!何やってる!?」
「えっ?どうかしたんですか?」
「声が聞こえただろ!?」
「声?」
「このっ!いいから来い!」
武器屋の主人は不思議そうに首を傾げる青年を無理やり外に引きずり出す。そして、青年を力いっぱい殴りつけた。
「てめぇのせいで俺達まで死ぬかも知れないんだぞ!分かってるのか?」
「……すみません。でも、声なんて何も……」
武器屋の主人は青年を再び殴る。
「大体てめぇ。なんで、声が聞こえ何だよ!最初の時だって、俺が言ってやらなきゃ、お前のせいで俺が死んでたかもしれないんだぞ。分かってるのか!」
「……すみません」
「大体、てめえは……」
武器屋の主人がなおも青年を罵倒しかけた時、彼らの頭上に突然、黒い球体が現れた。
黒い球体はバリバリと音を立てた後、パンという音と共に弾けた。黒い球体が弾けると、そこに、二体の生物が浮かんでいた。
一体は、黒い巨大トカゲ。もう一体はエルフの女。
スーとナノ。王とその人形だ。
『皆さん、よくお集まりくださいました』
ナノの声が一人を除き、チクシュルーブに集まった人間全員の頭に響く。
『それでは、皆さん。上を向いてください』
集まった人間達は、言われるがまま上を見る。ナノは人差し指を地面に向けた。
「シャインブレッド」
ナノが呪文を唱える。すると、指から光の弾丸が発射された。光の弾丸は無数に分裂し、地面に降り注ぐ。
そして、光の弾丸は下にいた人間達の頭に正確に命中した
「がっ!」
「ぐっ!」
「ぎゃあ!」
光の弾丸は下にいた全ての人間の頭を貫通する。頭を撃ち抜かれた人間達が一斉に倒れた。
この国の武器屋の総数は、約一万。武器屋で働いている者の数は、優に十万を超える。
その中には、怪我をしていた者や病気を患って動けない者もいる。
そういった事情がある者の中にはどうしても此処まで来ることができない者もいた。しかし、動けない者達の中には他の人間の手を借りるなどして死にそうになりながらも、命がけで此処まで来た者もいる。
自分の命。そして、大切な家族の命を守るために武器屋で働く者達、または働いていた者達はこの場所まで来た。
そんな、想いを踏みにじるように、ナノの放った光の弾丸はこの場に来た十万以上の命を簡単に奪った。
ただ、一人を除いて。
「え?」
最初、青年は何が起きたのか理解できなかった。周りには、先程まで生きていた者達が頭から血を流し倒れている。
年老いた者も、自分とそんなに年齢の変わらない者も、自分より年下の子供も、男も、女も、屈強な者も、華奢な者も、商売上手な者も、商売下手な者も、優しい者も、あくどい者も……皆が死体となり、地面に倒れている。
死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体……。
気付けば、見渡す限り、死体だらけとなっていた。
「う、うええええええええええええ!」
我に返った青年を猛烈な吐き気が襲う。青年はしゃがみこみ、その場に嘔吐した。
空からそれを見ていたスーとナノ。
ナノが発射した光の弾丸は、この場にいた全ての武器商人の頭に命中した。当然、今生きている青年の頭にも確実に命中している。それにも関わらず、青年は生きている。
青年の頭には、傷一つ付いていない。
スーとナノが静かに降り立つ。
死体を踏みつけながら、スーとナノは青年に近づいた。普段から青年に仕事を押し付け、先程も暴力と罵倒を青年に浴びせていた武器屋の主人の死体も、スーの足元でグシャリと潰れた。
スーが青年の顔をじっと覗き込む。スーの唇の端が僅かに上がった。スーの思考がナノの口から洩れる。
「見付けた」
唯一生き残った青年の名は、岡野響。武器屋『マクガフィン』の従業員である。




