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建国

「流石だね。スー」

 吸血鬼はニコリと優しく微笑む。吸血鬼は黒い霧状の体から、元の人型に戻っていた。吸血鬼の首には、スーの触手が巻き付いている。スーの足元にはナノが倒れていた。倒れているナノには左腕がない。一方のスーは無傷。かすり傷一つ負っていない。

 荒野の地形はすっかり様変わりしていた。地面は、抉れ、いたる土が飛び散っている。

「お褒めにあずかり、光栄です」

 スーの足元に倒れているナノが口を開く。ナノは左腕を失っているにも関わらず、何の表情も見せず口だけを動かす。

「自分の弱点に、気付いたかな?」

「はい、お母様」

「そうか……ならいい」

 吸血鬼は満足そうに目を閉じる。

「後は、好きに生きればいい。何をしても君は自由だ」


 自由。それは、圧倒的強者に与えられた権利。


「分かりました」

 何の感情もなく、スーに操られているナノは淡々と話す。

「では、お母様。さようなら」

「うん、さようなら」


 まるで、遊びに出掛ける娘とそれを見送る母親のような、あっさりとした口調でスーと吸血鬼は別れの挨拶を交わす。挨拶が終わると、スーは吸血鬼を空高く投げ飛ばした。

「グオ」

 スーが魔法を発動させる。発動させたのは『雷魔法』。スー体から巨大な黒い雷がスーから放たれる。放たれた黒い雷は、投げられ、空中を回転している吸血鬼に直撃した。


 バチィイイイイイイイイ!


 黒い雷が直撃した吸血鬼の体は一瞬で消滅し、跡形もなくなる。クダンの予言通りに、吸血鬼は空に散った。




 

 この世界には、大小様々の国が存在している。だが、その国の支配者は人間であるとは限らない。国の中には『人間が支配していない国』も存在している。


『魔王』を自称する魔物とその配下の魔物達が人間を支配している国『マオウ国』、機械人形が支配する国『アシモフ国』、小人が支配する国『スモル国』……。


 そして、『マーストリ国』。



 ペルム国中央。となる田舎町。

「見つけたぞ!」

「こんな所に居やがった!」

「引きずり出せ!」

 多くの金、そして宝石と共に小屋に隠れていた男が、暴徒に引きずり出される。

「ひいいいいい!!」

 男は怯え、蹲る。暴徒達は蹲る男を蹴飛ばし、無理やり仰向けにさせた。

「た、助けてくれ!」

「黙れ!」

 必死に助けを懇願する男の腹を暴徒の一人が蹴り飛ばした。

「うげぇ」

 腹を蹴られた男は悶絶し、のた打ち回る。

「お前のせいで!」

「お前のせいだ!」

 怒り狂った暴徒達は、さらなる暴力を男に振るう。歯が折れ、鼻が潰れ、男の顔はみるみる変形していった。

「も……う……やめ……」

 男は涙を流し、鼻水を垂れ流す。目は腫れ上がり、もう何も見えない。

「おい、もういいだろう。これ以上やったら死んでしまう」

 暴徒の中の一人が、暴力を振るい続ける仲間を止めた。

「死んでしまったら、金が貰えないからな」

 暴徒達は、ボロボロになった男の両手両足を縛ると馬車に放り込んだ。


 捕えられた男の名は、デノ=ニクス。


 元ペルム国中央円卓議会のメンバー五十人の内の一人で、ガリウムと共にクーデターを起こし、ペルム国の政権を奪取した男だ。


 今、ペルム国は内戦状態となっている。

 ペルム国に突如現れた謎の魔物『巨大トカゲ』。圧倒的な力を持つその魔物は、ペルム国中の生き物を喰い荒らした。

 さらに、巨大トカゲは封印されていた『吸血鬼』までも復活させてしまう。

 事態を重く見たペルム国中央円卓議会は、巨大トカゲに十五億という異例の報奨金を掛ける。数多くの冒険者が、報奨金目当てに巨大トカゲに挑んだ。しかし、結果は全て失敗。巨大トカゲに挑んだ者は全員て、返り討ちにされてしまう。

 すると、ペルム国中央円卓議会は一転、ある法律を可決させてしまう。


 その法律の名は『特別災害生物指定法』。


 人間に対処できない生物を『災害』と同等の存在と定義し、積極的な狩りや駆除を取り止め、対象生物による被害拡大を防ぐのを第一とする法律で、指定された生物は『特別災害生物』と呼ばれる。『特別災害生物』に対する研究は、殺すための研究から、行動予測など被害を最小限に抑えるための研究へと切り替えられる。


 この法律が制定されれば、『特別災害生物』に挑み返り討ちに遭う者はいなくなる。『特別災害生物』に指定された生物の懸賞金は白紙に戻されるため、危険を冒してまで、『特別災害生物』に挑もうとする者がいなくなるからだ。

 しかし、その生物をどんなに研究しようとも、生物の行動を完全に予測することは出来ない。もし、『特別災害生物』が予測と違う行動をとった場合。人々に危険が及ぶことになる。


『特別災害生物指定法』とは、多くの命と引き換えに少数の命を危険に晒す法律なのだ。


『特別災害生物指定法』は賛成多数で制定された。だが、その直後、二人の男がクーデターを起こす。首謀者はガリウムとデノ=ニクス。採決の際に『特別災害生物指定法』の制定に反対した二人だ。


 二人は、兵を率いてペルム国中央円卓議会を占拠し、これを解散すると宣言。全ての国民が選挙権を持つ民主政治を推し進めていくことを発表した。多くの民衆がガリウムとニクスに賛同したことにより、クーデターは成功。ガリウムとニクスは暫定政権を樹立した。これにより数百年間、ペルム国を支配していたペルム国中央円卓議会は完全に崩壊した。


 暫定政権は、これまでの法律の見直し、及び民主化に向けての新しい法律の作成や魔物対策を行った。この時、制定されていた『特別災害生物指定法』も廃案となった。


 勢いに乗る暫定政権は『巨大トカゲ』討伐を発表。莫大な資金と人材を投入して巨大トカゲ討伐のための罠を仕掛ける。


 これで、巨大トカゲを討伐することができれば、暫定政権は解体され、ペルム国初めての国政選挙が行われるはずだった。


 だが、巨大トカゲ討伐作戦は約三万人の犠牲者を出すという最悪の結末を迎えてしまう。犠牲者の中には、暫定政権のリーダーの一人であるガリウムもいた。


『どうなっている!?』

『これから、どうするんだ!?』

『巨大トカゲの討伐を続けるのか?』

『三万人もの犠牲を出してどう責任を取るつもりだ?』

『予定通り、国政選挙は行うのか?』


 多くの国民は、残った暫定政権のリーダーであるニクスに説明を求めた。しかし、ニクスは呆けた様子で国民に対して、こう言った。


『自分は、ここ数か月の出来事をまるで覚えていない』と。


 これを聞いた国民は、そのあまりの無責任な態度に怒り狂った。

『皆、騙されるな!』

『暫定政権は、国民を殺した!』

『奴らは嘘つきだ!』

 一部の国民は暴徒と化し、町の至る場所で火の手が上がった。


 ペルム国中で起こる暴動。これをチャンスと捕えたのが、各地区を統治していた領主達だ。暫定政権が推し進めていた国政選挙。これが行われれば、いずれ、領主制度は廃止され、ペルム国中の村や町でも選挙によって、リーダーを決めることになっていくのは確実だ。その場所を支配してきた領主達は、一瞬にして、その地位を奪われることとなる。

 領主達にとっては、受け入れがたい話だが、暫定政権に対する圧倒的な国民の支持の前に領主達は、沈黙せざるを得なかった。

 

 しかし、今、その支持が大きく揺らいでいる。各地区の領主達この機を逃すまいと、まるで示し合せたかのように、一斉に挙兵した。ある者は手を組んで暫定政権の打倒を目指し、ある者は、ペルム国からの独立を宣言した。

 

 この内乱で最も巨大な力を得たのは『エド=モント』という男だった。エド=モンドは、挙兵するとあっという間に周辺の領主達を倒し、領地を拡大。巨大な力を得た彼は暫定政権を倒すため、ペルム国中央に攻め入った。


 暫定政権にこの反乱を抑える力はなった。武闘派のガリウムを失った上に、もう一人のリーダーであるニクスが戦うことすらせず、多くの金、宝石と共に逃げ出したからだ。リーダーを失った暫定政権は呆気なく崩壊した。

 ペルム国中央を制圧したエド=モンドは政権の掌握を発表。自らが王になると宣言した。国民、そして他の領主の中には反発する者もいたが、エド=モンドは兵を使って、反対する者達を徹底的に弾圧し、沈静化させた。これによって、エド=モンドは名実ともにペルム国の『王』となった。


 エド=モンドが王になった瞬間、ペルム国初となる国政選挙は幻に終わった。


 エド=モンドがペルム国の『王』になった数週間後。逃亡していたニクスはある田舎町に潜伏していた所を発見され、捕えられた。

「や、やめてくれ!お、俺は本当に何も覚えていないんだ!」

 ニクスは、『何も覚えていない』の一点張りだったが、その話に耳を傾ける者はいなかった。ニクスは多くの国民を殺した犯罪者とされ、火あぶりの刑が決まった。


「これより、処刑を開始する」


「や、やめてくれえええええ!」

 ニクスの処刑は大勢の聴衆の面前で実行されることになった。痣だらけの顔でニクスは助命を懇願し続ける。

「は、離せええええ!」

「やめろおおおお!」

「き、貴様ら!私が誰だか分かっているのか!?」

 処刑台で助命を懇願しているのはニクス一人だけではなかった。処刑台の上では何人もの人間が泣き叫び、暴れている。今日ここで処刑されるのはニクス一人ではない。処刑台の上には、ニクスの他にペルム国中央円卓議会に所属していた議員達の姿もあった。


 エド=モンドは、暫定政権のリーダー、ニクスだけではなくクーデター以後、牢獄に入れられていた元ペルム国中央議員達も処刑すると宣言した。

 ニクスとガリウムが起こしたクーデターを止めることが出来ていれば、巨大トカゲによる大量の犠牲者が出ることもなかった。クーデターを止めることが出来なかった他の元ペルム国中央議員達も同罪である。それが処刑の理由だった。


「や、やめてくれ!お、俺は何も……」

「お、俺達は関係ないだろう!」

「俺達は、巨大トカゲに手を出すつもりは……」

 

 元議員達は口々に自分の潔白を主張する。だが、エド=モンドはその主張を無視した。彼ら潔白かどうかなど、関係ない。元議員達を処刑する理由は、彼等を処刑するための建前にしか過ぎないのだから。


 王となったエド=モンドには大きな懸念事項があった。それが元ペルム国中央議員達である。彼らが生きていてはいずれ、彼等を担ぎ上げ、反乱を起こそうとする者が現れるかもしれない。エド=モンドは、反乱の火種を消し、自身の権力を強化なものにするため、強引ながらもニクスと一緒に、他の元議員達も処刑すると決めたのだ。


 助けを求める声を無視し、兵士達は元議員達を柱に縛ると、足元に敷き詰められた藁に油を掛けた。準備が出来た兵士が王を見る。

「始めろ」

 エド=モンドが冷たい声で言い放つと、兵士達は躊躇せず火を点けた。炎はあっという間に大きくなり、元議員達を飲み込む。

「ぎゃああああああああああ!」

「ああああああああああああ!」

「熱いいいいいいいいいいい!」

 炎の中で、何人もの絶叫が木霊する。黒い煙がモクモクと上がり、肉が焦げる臭いが辺りに充満した。絶叫はしばらく続いたがやがて、何も聞こえなくなった。

 炎は全てを焼き尽くすと徐々に小さくなり、消えた。炎が消えた後には黒い灰だけが残った。


 こうして、元ペルム国中央議員達四十七人の処刑が終わった。


「国民の虐殺を行いし者達は死んだ!これより、ペルム国は新たな道を歩む!皆、我に続け!」

 エド=モンドが高らかに宣言すると聴衆は、歓声を上げた。その様子を見たエド=モンドは満足そうに笑う。

(これで、この国は俺のものだ!)

 エド=モンドは心の中で、ほくそ笑えむ。その時だ。


 バチバチ。


 突然、昼間だというのに周囲が暗くなった。不審に思ったエド=モンドは空を見上げる。


 空に黒い球体が宙に浮かんでいた。


 黒い球体はバリバリと音を立てた後、パンという音と共に弾けた。黒い球体が弾けると、何かが落ちてきた。

「……えっ?」 

 エド=モンドが、間抜けな声上げる。エド=モンドは、それが何なのか理解する間もなく、落ちてきた黒く巨大なものに押しつぶされた。


「うわっ!」

「きゃあ!」

 黒く巨大なものが落ちてきた衝撃で、周囲の物が吹き飛ぶ。焼かれた元ペルム国中央議員達四十七人の死体もどこかに飛んで行ってしまった。


 衝撃で舞い上がった土煙が風で飛ばされると、人々は落ちてきた黒く巨大な物体が何であるのかを理解した。


 落ちてきたものは、黒く、巨大な生物だった。その生物の足元から潰されたエド=モンドのものと思われる血が広がっている。その生物の姿を見た兵士の一人が呟いた。


「巨大トカゲ?」


 その姿は色こそ違えど、まさしく巨大トカゲそのものだった。

「……え?」

「……何で?」

「どうして、巨大トカゲが?」

 潰された王のことを心配する者は誰一人としていない。『何故、巨大トカゲが此処にいるのか?』皆、そのことで頭が一杯だった。


 黒い巨大トカゲが動く。黒い巨大トカゲは足を退け、その下で潰れていた肉塊を咥えると、そのままゴクンと丸ごと飲み込んだ。


「……あっ」

「……えっ、あっ」

 潰れた王だった物が喰われたのを見て、人々はようやく我に返る。

「きゃああああああああ!」

 一人の女性が叫び声を上げる。その悲鳴をきっかけに人々は一斉に逃げ出そうとした。


『お静かに』


 その場にいた全ての人間の頭の中に突然、声が響いた。その声は、まるで耳元で言われたかのようにはっきりと聞こえた。悲鳴を上げていた者や逃げ出そうとしていた者は、その声に思わず動きを止めると、黒い巨大トカゲを見た。


 黒い巨大トカゲの横にいつの間にか一人の女がいた。いや、元からいたのだが、皆、黒い巨大トカゲに注目していたため、気が付かなかったのだ。一見すると、人間に見えるが、その女は人間ではない。女は長く尖った耳が特徴の人間に似た魔物……エルフだった。

 頭の中で響いた声の主はそのエルフだと皆、一目で理解した。黒い巨大トカゲの隣に立つそのエルフは、まるで、人形の様に無表情だった。


『跪きなさい』


 人々の頭に再び声が響いた。すると、その場にいた何千、何万人という聴衆、さらには兵士までもが一斉に黒い巨大トカゲに跪いた。


「……ひっ」

「はぁ、はぁ」

 跪いている人間達は皆、一様に顔がゆがみ、大量の汗をかいている。声が聞こえるのと同時に、人間達の脳にある映像が浮かんだ。それは、跪かなかった者が黒い巨大トカゲに喰われる光景だった。


 映像の中では、逃げようとした者、叫び声を上げた者、立ち向かった者。跪かなかった者はどんなに距離が離れていようとも老若男女なく一瞬で黒い巨大トカゲから伸びた触手に捕えられ、喰われた。

 映像には、自分自身も喰われる光景も映っていた。しかも、自分が喰われる時には、喰われる際の強烈な痛みまでも感じた。


 誰もがその映像を現実のものと思い、自分は喰われたと錯覚した。


 頭の中の映像が消え、自分が喰われていないことを知った時、人々は自然に黒い巨大トカゲに跪いていた。現実では一秒にも満たない短い時間だったが、頭の中に浮かんだ映像は人々の心を一瞬で折った。


『このエルフは、私の考えを皆様に伝える翻訳機の様なものです。このエルフの言葉は全て、私の言葉と思って聞いてください』

 エルフの言葉が脳内に響く。人間達は、最初、その言葉の意味が分からなかった。しかし、次のエルフの言葉で皆、『私』とは誰のことを指しているかを理解した。


『“私”とは、このエルフの隣にいる“私”のことです』


 人間達は驚き、目を丸くする。今、エルフの隣にいるのは『黒い巨大トカゲ』だけだ。ということは……エルフの言葉をそのまま受け取ると、頭の中の声の主は、エルフではなく『黒い巨大トカゲ』ということになる。

(巨大トカゲが……俺達に話している?)

(嘘だろ?)

(巨大トカゲが人語を?)

 混乱する人々を無視して、声は続く。その内容は人々を更なる混乱に陥れた。


『この国の王は死にました。同時にこの国も死にました。私が殺しました』


『私の名は、スー』


『私は、この地に新たな国を建国します』


『新たな国の名は“マーストリ国”』


『私の名は、スー』


『スー・レピタリ』


『私は、“マーストリ国”の王となることを宣言します』



 長い歴史を誇る『ペルム国』は突如現れた黒く巨大な魔物『スー』によってあまりにも呆気なく滅びた。その『スー』が造った新たなる国『マーストリ』。その名は魔物の言語で『永遠の支配』を意味する。


『マドウ国』、『アシモフ国』、『スモル国』……これらの国に並ぶ新たな『人間が支配していない国』が此処に誕生した。




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