橋渡し
数か月前、ダンジョン第四十階層:「予言の間」
『黒き吸血鬼の血、異世界より来たりし暴君と混じりて新たな暴君を産む。生み出されし黒き暴君、両親を超え新たなる国を建国する。母は空に散り、父は地下に沈む』
「けけけけけっけけ……け……けけ……け……ガフッ!!」
予言を吐いたクダンは血を吐き倒れ、死んだ。死んだクダンに吸血鬼はそっと手を置く。
「……ふむふむ。ふぅん」
吸血鬼は満足そうに笑うと、鼻歌交じりで四十階層を後にした。
「グオ」
スーが短く鳴いた。すると、ティラノサウルスの真下の地面に巨大な魔法陣が現れた。
「よっと」
スーが魔法を発動させるのとほぼ同時に吸血鬼が転移魔法で、その場に現れた。吸血鬼は面白そうにその光景を眺める。
魔法陣が現れると、ティラノサウルスの体が白く発光し始めた。
光は段々と強くなり、まるで太陽の様にティラノサウルスの体が輝き始めた。スーの口の端が僅かに上がる。
その時、何処からともなく怒号が聞こえた。
「マルス!!!!!!!!!」
スーと吸血鬼が声のした方を向く。凄まじい形相のナノがこちらに向かって飛んで来ていた。
「いやぁ、まぁ、凄いね」
吸血鬼は呆れたように呟く。『竜牙』はまだナノの腹に刺さったままだ。体中に火傷を負い、スーから受けたダメージも残っている。死んでもおかしくないどころか、死んでいないとおかしい。
しかし、ナノは真っ直ぐ向かってくる。執念は時として、『死』を怯ませる。ナノを生かしている力。それは、想像を絶するほどの執念だった。
「……」
スーは、胴体から静かに触手を一本伸ばした。
「!!」
それを見たナノは急停止すると、両手を重ね合せ、掌をスーに向けた。何らかの魔法をナノは使おうとしている。
「グオ」
それを見たスーは魔法を発動させた。発動させた魔法は『オリルバリア』。オリルバリアはスーの体をドーム状に包む。
だが、ナノはスーも吸血鬼も予想しない行動をとる。ナノはスーに向けていた掌をティラノサウルスに向けた。ナノは呪文と共に魔法を発動させる。
「『黒転移』!」
「!!」
「……!」
吸血鬼が驚く。スーですら一瞬、少しだけ目を見開いた。
『黒転移』
それは、吸血鬼が開発した吸血鬼だけが使える転移魔法。その『黒転移』をナノは発動させた。
(まさか、見ただけで……ね)
吸血鬼がナノの前で『黒転移』を発動させたのは二回。ティラノサウルスの前に現れた時と、ナノを黒転移の中に引きずり込んだ時だ。たった二回見ただけで、ナノは吸血鬼の魔法を発動させた。
ティラノサウルスの体を黒い球体が覆う。黒い球体はティラノサウルスの全身を覆うと、パンと弾けた。黒い球体が弾けると、もう其処にティラノサウルスの姿はなかった。
「……グオ」
ティラノサウルスが消えると、スーは発動しかけていた魔法を停止した。ティラノサウルスの下に描かれた巨大な魔法陣が消滅する。
「やってくれたね」
吸血鬼は笑いながら、ナノに近づく。
「こんなことをしても無駄だというのに……」
ナノはキッと吸血鬼を睨む。
「……でなない」
「ん?」
「無駄ではない!」
ナノはきっぱりとした口調で、まくしたてる。
「マルスは生きている!マルスは死なない!マルスは生きている!マルスは死なない、マルスは……マルスは…」
「……」
叫び続けるナノを吸血鬼は黙って見る。ナノの意識は朦朧としている。だが、その目は本気だった。
大量の血を流しながら倒れ、目を閉じ、動かなくなったティラノサウルスを見ても、ナノは主の生存を微塵も疑っていなかった。
だから、ナノはティラノサウルスに『黒転移』を発動させた。ティラノサウルスを逃がすために。
ティラノサウルスには、魔法が届かない。仮にティラノサウルスに回復魔法を発動させても、魔法は届かず、ティラノサウルスの傷を治すことは出来ない。
ナノは吸血鬼との会話から、異世界から来た主には魔法が届かないことを知った。しかし、ナノは思った。もしかしたら『転移魔法』なら主の体にも効果があるのではないか?と。
吸血鬼が言う様に主が『外』の世界から来たのなら、主は空間を超えて、こちらの世界に来たことになる。ならば、空間を超え、物質を移動させる転移魔法なら、主にも効果があるのではないかと考えたのだ。
ナノが使える魔法に『転移魔法』はない。ナノはとっさに、吸血鬼が使っていた転移魔法を見よう見まねで発動させた。普段のナノなら、発動させることができなかったかもしれない。だが、主の危機を目の前にし、極限まで高まった集中力が、吸血鬼の転移魔法を発動させることを可能とした。
ナノの考えは的中する。ティラノサウルスは転移魔法の効果を受け、転移された。
「面白い」
自分の魔法を二回見ただけで発動させたナノに吸血鬼は、初めて興味を持つ。
「マルスは生きて……生きて……生きて……生きて……ガフッ」
何度も同じ言葉を繰り返していたナノだったが、突然、口から大量の血を吐き出すと、その場に倒れた。
「ぐああ……ああああ……」
倒れたナノは激しく痙攣している。
「まぁ、そうだろうね」
健常な状態でも初めて使う魔法は、身体に大きな負担を掛けることがある。魔法を発動させるための魔力の調整が上手くできないためだ。しかも『黒転移』は吸血鬼オリジナルの魔法。通常の魔法より、遥かに魔力の調整が難しい。
ナノは、死にそうな体にも関わらず、使ったこともない魔法、それも吸血鬼オリジナルの魔法を発動させた。今の状態は当然の結果と言える。
「ぐがああ……あああ……あああああ」
「このままだと死ぬね」
痙攣を続けるナノを見て、吸血鬼は言った。しかし、吸血鬼はナノがこのまま死ぬとは思っていなかった。
ナノには、この後、役割がある。そう『予言』されている。
ならば、此処でナノが死ぬはずがない。そう考えていた吸血鬼に影が差す。
「……」
いつの間にか、近くに来ていたスーがナノを覗くように見いた。
「グオ」
スーが鳴く。すると、ナノの体を黒い霧が覆った。
「があああああああ!!」
霧の中でナノの絶叫が木霊する。絶叫は十数秒程続き、止まった。絶叫が止まると黒い霧が消え、ナノが姿を現す。
黒い霧の中から現れたナノの体は、完全に回復していた。
腹に刺さっていた『竜牙』は抜け、ナノの隣に転がっている。『竜牙』が刺さっていた腹には傷一つない。体中にあった火傷や怪我も綺麗さっぱり消えている。
ナノは気を失っているが、体は元の状態に戻っている。
(やっぱりね)
吸血鬼にはナノを治す気はなかった。しかし、ナノはこのままでは死ぬ。それでは『予言』は実現しない。とすれば、何者かがナノを治すということだ。そして、それはスーしかいない。
スーがナノを治した理由。その理由も吸血鬼は知っている。
スーは、触手をナノの顔ギリギリまで近づけた。その触手の先端に目に見えない程の膨らみが出来る。極小の膨らみは触手の先端から分離するとナノの顔の上に落ちた。
グチュ、グチュ、グチュ、グチュ、グシュ。
切り離された触手の先端に、無数の足と頭が一つ生える。蟲のような姿となったそれは、ナノの顔の上を高速で歩き出す。ダニよりも小さい黒い蟲は真っ直ぐナノの耳を目指す。
ニュルン。
黒い蟲がナノの耳に入る。耳に入った蟲は奥に進んでいく。。
「があああああああ!」
ナノの体がビクンと跳ね上がる。耳の奥の強烈な激痛がナノを襲った。蟲はナノの痛みを無視して進む。外耳道を通り、鼓膜を超え、蝸牛をよじ登り、三半規管を伝ってさらに上へ。
「ぐがあああああああああああ!」
耳の奥を蟲が這いずりまわる感覚に、ナノは絶叫する。何度も叫び声を上げ、地面をのた打ち回った。
「あがあああああ……あああ……あ……ああ…………あああ……」
地獄の苦しみを味わうナノ。だが、その動きが不意にピタリと止まった。
「……」
動きを止めたナノは、やがて、ゆっくりとした動作で立ち上がる。
「……ふぅ」
ナノは深く息を吐くと、自分の手を見た。掌を何度も握ったり、開いたりを繰り返す。自分の顔をペタペタと触り、「あー、あー」と何度も声を出した。
「……うん」
ナノは小さく呟き、静かに吸血鬼に視線を向ける。そして、ニコリとほほ笑んだ。その笑顔は、まるで人形の様にぎこちない。
「やっと、お話しすることができます」
人形のように笑うナノはそう言うと、さらに不気味な笑みを深め、口を開いた。
「お母様」
「うん、僕も嬉しいよ」
吸血鬼はナノではなく、スーに視線を向ける。
「話しているのは君だね?スー」
吸血鬼の問いにナノがコクンと頷く。
「はい、お母様」
「『パラサイト・インセクト』……ではないね」
「はい、違います」
『パラサイト・インセクト』
魔法で造り出した虫型の生物を相手の耳に入れ、相手を操る魔法。相手を操ることは出来るが、複雑な動作はさせることが出来ない上、自殺などもさせることが出来ず、短時間しか操ることが出来ない。
「この娘の脳に、私の肉を直接埋め込みました。もう、この娘は私の一部です」
「どうして、その娘を?」
「この娘は、人間と魔物の両方の言語を操ることが出来ます。私は話すことが出来ませんが、この娘を通せば、私の考えを人間や魔物に伝えることが出来ます」
スーは言葉を話すことが出来ない。スーは触手を伸ばすなど、体の形状をある程度変えることは出来る。しかし、ティラノサウルスの形状から大きく変えることは出来ない。そのため、言葉を話すことが出来ないのだ。
スーはテレパシーを使うことが出来るが、スーがテレパシーを使っても「グオ」や「グウ」といった鳴き声でしか相手に伝わらない。
しかし、言葉を操る生物の脳を支配し、その生物にスーの考えを喋らせれば、スーの意思を相手に伝えることが可能となる。
「なるほど、その娘を君と他の魔物や人間との『橋渡し』にするつもりだね」
「はい、私の考えをこの娘が通訳して、相手に伝えます。今の様に」
スーがナノを選んだ訳は、ナノが人間の言葉と魔物の言葉を使う所を聞いているからだ。
人間と魔物の言葉を操るナノを支配すれば、スーの考えを人間と魔物、両方に伝えることが出来る。人間と魔物の言葉を両方話すことが出来る存在は、滅多にいない。最初にナノを見たあの時から、スーはナノに目を付けていた。
「そんなことをするのだから、これからは、人間や他の魔物とコミュニケーションを取るつもりなんだね?」
「はい、お母様。これからは、積極的に人間や他の魔物ともコミュニケーションを取りたいと考えています」
「そうか。所でスー。君はその娘の記憶を読み取ることはできるのかい?」
「はい、可能です。もう既に、この娘の記憶は全て読みつくしました」
「彼……パパがどこに飛ばされたのかは、分かった?」
「いえ、どうやら、無作為に飛ばしたようです。この娘自身も『お父様』がどこに飛んだのかは分かっていません」
「そう、残念。彼がいれば君の目的も達成されるのにね」
「……」
吸血鬼とナノの―――実際には吸血鬼とスーの―――間に一瞬だけ静寂が訪れた。
「お母様は、私の目的を知っているのですか?」
「うん、大体ね」
「……お母様、私からも質問してよろしいでしょうか?」
「勿論」
「ありがとうございます。お母様……」
「うん」
「『予言』とは何のことですか?」
「……聞こえていたのかい?」
「はい、お母様とこの娘と話している声を聞きました」
「それは、魔法で?」
「いえ、私自身の聴力で、です」
「凄い聴力だね。数キロは離れてたのに」
「ありがとうございます。それで、お母様。『予言』とは何のことでしょうか?」
「気になる?」
「はい、とても」
「まぁ、隠すことでもないか。『予言』とはクダンの予言のことだ」
「クダン?」
「そういう魔物がいるんだ。目の前にいる者に予言を残して死ぬ変な魔物がね」
「その魔物から予言を聞いたのですか?」
「そうだよ。ダンジョンっていう古代遺跡の中でね。そこで、今後の僕の運命を聞いた。それと、『ダイイング・メモリー』を使って、死んだクダンの記憶を見てみたんだけど、クダンは、パパと君が支配しているその娘の未来も予言していた。僕は自分のも含め、三つの予言を知っている」
「予言の内容は?」
「『スーの誕生』、『スーがパパを倒す』、『スーがエルフの娘を人間と魔物の橋渡しにする』。予言された内容は大体、実現したね」
「そうですか……」
「あ。でも、まだ実現していない予言があった」
「何でしょう?」
「『スーが僕を殺す』」
「……シャインソード」
ナノの腕から光の剣が伸びる。ナノは吸血鬼にそれを振るった。
「ダークソード」
吸血鬼の腕からも黒い剣が伸びる。その剣で吸血鬼はナノの一撃を止めた。
ナノと吸血鬼は同時に、後方に飛ぶ。奇襲にも驚かず、吸血鬼はスーを見る。
「理由を聞いてもいいかい?クダンは、君が僕を殺そうとする『動機』までは言わなかったからさ」
「その質問に答える前に、聞きたいことがあります」
「なんだい?」
「お母様は、私の目的をどうやって知ったのですか?それも予言されていましたか?」
「いや、クダンは君の目的までは予言しなかった。僕が君の目的が分かったのは、ただの推測だよ」
「推測……ですか」
「そう、カンブリアの森での君の様子。そして、さっき彼に発動させかけていた魔法。これだけで君の目的は大体分かった」
「私の目的はなんでしょう?」
「君の目的は―――だ」
「……正解です」
「よかった」
「では、私もお母様の質問に答えましょう。私がお母様を殺そうとする理由は、お母様が『危険』だからです」
「『危険』……か。それは、買い被りだよ?物理的な力は君とは比べ物にならないし、君の魔力は既に僕を大幅に超えている」
「はい、確かに力はお母様より私の方が強いです」
「うん」
「しかし、お母様にはその『頭脳』があります。私を作り出し、私の目的まで言い当てたお母様のその頭脳は、とても危険だと判断しました」
「……」
「お母様は、私を直接は殺せない。しかし、お母様は、いつか私を殺す道具を作るかもしれない。もしかしたら、私を超える『生物』をまた産み出すかもしれない」
「……」
「お父様を倒した今、お母様さえいなくなれば、私を殺すことが出来る生物はこの世界にいなくなります」
「……」
「お母様、貴方にはとても感謝しています。貴方は私を産み、育て、色々なことを教えてくださいました。しかし……」
「……」
「死んでください」
スーの体から無数の触手が伸び、ナノは反対方向に回りこむ。吸血鬼はスーとナノに挟まれる形となった。
「くっ」
「くっくくくく」
「あはっ」
「あはははははっはあはははははっははははっははっはははははっははっはははははははっははははははっははっはははははははははははははははははっははははははは!」
吸血鬼は腹を抱えて笑い出す。涙目になりながら、吸血鬼はスーを見た。
「『自分の命を危険に晒すかもしれない存在は何であろうと排除する』正解だよ。大正解。流石、僕の子だ!」
吸血鬼の体が黒い霧となっていく。
「ねぇ、スー。気付いているかな?君にはパパにはない『弱点』があるってことを」
一瞬、スーの眉根がピクリと上がる。その様子を見て、吸血鬼はクスリと笑った。
「此処で僕が倒されるのは確定している。だから……最後に教えて上げるよ」
もうそこに、少女の姿はない。吸血鬼の全身は黒い霧へと変わり、目だけが怪しく光っている。
「君の『弱点』を!」
霧状となった吸血鬼が激しく膨張した。何百本ものスーの触手が吸血鬼に迫る。反対の方向にいたナノも光の剣を伸ばしながら、吸血鬼に襲い掛かった。
ティラノサウルスに続き、勝敗の決まった二度目の骨肉の争いが始まった。




