人狼会議
カンブリアの森を分け入った奥地に天然の洞窟がある。カンブリアの森にやって来た人狼達はこの洞窟を住処としていた。
「ケケケ」
その洞窟の近くに黒い魔物達が舞い降りた。
黒い魔物達は、ティラノサウルスと同じように嗅覚がとても優れている。黒い魔物達はクンクンと鼻を鳴らすと、洞窟の方から獲物の匂いがした。
「ケケケ……ケケケケケ」
黒い魔物達はニタリと笑うと、洞窟の入り口を囲む。
「クカカコケケ!」
洞窟の入り口を囲んでいた黒い魔物達は、一匹の鳴き声を合図に一気に洞窟の中になだれ込んだ。
「ケケ?」
洞窟になだれ込んだ黒い魔物達だったが、洞窟に入った瞬間、その勢いはなくなった。何故なら、洞窟の中には獲物となる魔物が一匹もいなかったからだ。
数時間前、洞窟の中では人狼達による話し合いが行われていた。
ウロー達三匹の魔物達は、洞窟に戻るや否や、全ての人狼達の前で自分達が見た出来事を話した。
『それは、真か?』
ウロー達三匹の人狼の報告を受けて、ローエンは静かに口を開く。
『はい。突然、何もない空間から現れました』
『……信じられん』
ローエンは口元に手を当て、愕然とする。他の人狼達も互いに顔を見合わせ、小声で何かを話している。
『いつか、来るのではないかとは考えていたが……』
ローエンは、周辺の獲物を喰い尽くした巨大トカゲが新たな獲物を求め、此処に来る事態は想定していた。巨大トカゲなら、人狼達に多大な犠牲を出したヒルナント山脈も容易く超えてくる可能性が高い。しかし、ローエンは、巨大トカゲが此処に来るのは早くとも数年後のことだろうと予測していた。
だが、いくら何でも早すぎる。
その場にいた一匹の人狼がウロー達に問う。
『巨大トカゲの他にも人間の姿をした魔物がいたと言ったな?』
『ああ。黒い服を着ていて、人間の女の姿をしていたが、人間とは全く違った匂いがした。今まで嗅いだことのない匂だったが、あれは間違いなく魔物だ』
さらに別の人狼がウロー達に問う。
『巨大トカゲと共にいたということは、その魔物と巨大トカゲは仲間ということか?』
『すまない。我らは直ぐにその場を離れたので詳しいことは分からない』
『いや、それで良い』
申し訳なさそうな顔をするウローに、ローエンが声を掛ける。
『巨大トカゲを目前にして、その場に留まるなど愚の骨頂。巨大トカゲを見るや否や撤退したウロー達の判断は正しい。もし、その場に留まっていて殺されでもしたら、我らは巨大トカゲが此処に来たことすら知ることが出来なかったのだからな』
ローエンの言葉を聞いて、ウローは思わず頭を下げる。
『あの……ローン殿』
『どうした?』
『はい、これは……私見なのですが……』
『構わん、申してみよ』
『はっ、私達が見た巨大トカゲですが……』
『うむ』
『私には、あれが巨大トカゲとは思えないのです』
ウローの思わぬ発言に、ローエンは眉根を上げた。他の人狼達もざわめき出す。
『どういうことだ?先程、其方は巨大トカゲが現れたと言ったではないか』
『はい、姿形は巨大トカゲそのものでした。しかし、巨大トカゲと違っている点がいくつかあります。まず“目”が違いました』
『……目?』
ウローは以前、巨大トカゲを目の前で見たことがある。
仲間と共にユニコーンを狩っていた時のことだ。ウロー達はユニコーンの群れを追い立て、一頭を孤立せることに成功する。そして、孤立させたユニコーンを取り囲み一斉に攻撃を仕掛けた。人狼達の攻撃を受け、ユニコーンは大きなダメージを負う。あと一歩で倒せる。そう思った時だ。
『グオオオオオオオオオオオオオ!』
どこからともなく、巨大トカゲが現れた。
巨大トカゲは真っ直ぐ、人狼達に突っ込んで来た。ウロー達は思わずその場から飛びのいたが、人狼達によって傷を負っていたユニコーンは逃げられなかった。ユニコーンは、あっという間に巨大トカゲの口の中に納まる。
ウロー達はその光景をただ見ているだけだった。自分達の獲物を目の前で奪われたというのに、全く動けなかった。
巨大トカゲはユニコーンを丸ごと飲み込むと、ウロー達を見た。ウロー達の体はさらに硬直し、指一本も動かせなくなる。
巨大トカゲは数秒程ウロー達をじっと見ていたが、興味をなくしたかのようにどこかに行ってしまった。巨大トカゲの姿が見えなくなって初めて、ウロー達は動けるようになる。中には、腰を抜かしている人狼もいた。
『あの目……』
巨大トカゲは観察するような目でウロー達を見ていた。恐らく人狼達を喰うかどうかを考えていたのだろう。美味くなさそうと思ったのか、巨大トカゲはどこかに行ってしまった。しかし、もし人狼達を美味そうと判断していたら?
答えは決まっている。間違いなくこの場にいる全員が喰われていた。
『あれが、巨大トカゲ……』
まるで、像とアリ。いや、それよりも遥かに大きな力の差をウローは感じた。何万回、何億回と挑もうとも、どれだけ多くの仲間を集めようとも決して届かない力の差。
『巨大トカゲには、決して手を出してはならない』
ウローとその場にいた人狼達は、固くそう誓った。
『私達が以前見た巨大トカゲの“目”には感情が有りました。しかし、先程私達が見た魔物の目からは何の感情も感じませんでした』
まるで、人形のように感情を宿していない不気味な目。前に見た巨大トカゲの目とはまるで別物だった。一瞬、見ただけだが、思い出しただけで背筋が寒くなる。
『それだけではありません。先程見た魔物は、全身が黒一色で覆われていました。巨大トカゲの色と明らかに違います。そして、巨大トカゲと最も違っていたのは……“匂い”でした』
『巨大トカゲと違う匂いがしたのか?』
『いえ、あの魔物からは確かに巨大トカゲの匂いもしました。しかし、あの魔物からは巨大トカゲとは別の魔物の匂いもしたのです』
『巨大トカゲの匂いの他に別の魔物の匂いが混じっていたということか?』
『その通りです』
『それは、何の魔物の匂いだった?』
『それなのですが……巨大トカゲの様な姿をした魔物と共にいた魔物の匂いでした』
人狼達は驚き、目を見開く。
『先程言っていた人間の姿をした魔物のことだな?』
『はっ』
『その人間の様な魔物と黒い巨大トカゲは共にいたのだろう?そのため、匂いが混じっている様に感じたのではないのか?』
ローエンの問いをウローは即、否定する。
『あれは間違いなく巨大トカゲの様な魔物から匂っていました。同じ魔物から巨大トカゲと、人間の様な姿をした魔物の二つの匂いがしたのです』
『……ふむ』
ウローの言葉を聞いてローエンは顎に手を当てる。
『つまり其方はこう言いたいのだな?“先程、其方達が見た巨大トカゲと以前、其方達が見た黒い巨大トカゲは別の個体、もしくは別種である”と』
『はっ、まさしく』
『……ううむ』
ウローの言うことが本当だとすると、巨大トカゲは複数いることになる。
そして、もし仮にオルドビス草原にいた巨大トカゲと先程ウローが見たという黒い巨大トカゲとが別個体ではなく、別種なのだとしたら……。
『ウロー、其方はどう思う?其方達が先程見た黒い巨大トカゲと以前、我らが住んでいたオルドビス草原に現れた巨大トカゲ、別種だと思うか?』
ローエンの問いにウローは、即答した。
『私は、別種だと思います。見た目、そして匂い。とても同じ種とは思えません』
『黒い巨大トカゲからは、人間の姿をした魔物の匂いもしたと言っていたな。それについてはどう思っておる?』
『……ある魔物から、二つの異なる魔物の匂いがする。であるならば、考えられることは一つ』
『何だ?』
『黒い巨大トカゲと人間の女の姿をした魔物。両者は“親子”であるのではないかと』
『親子?』
『馬鹿な……』
ざわめく人狼達。そんな人狼達とは対照的にローエンは冷静だった。
『人間の姿をした魔物と巨大トカゲとの子供か……。二つの異なる魔物が子を成すことなどありうるのか?』
『通常ではありえないと思います。しかし、巨大トカゲは未知なる魔物。何らかの方法で、異種の壁を越えて子を成す手段を持ち得ているのかもしれません』
『……もし、そうだとしたらこれからも巨大トカゲは異種の魔物との間に子を成すかもしれんということか……。そうなれば、巨大トカゲの特徴を持つ魔物が爆発的に増えることになるやもしれん』
そうなったら、人狼達に……いや、巨大トカゲ以外の全ての魔物に未来はない。
『ローエン殿、これから如何いたしましょう?』
『……うむ』
現れた魔物が巨大トカゲと本当に親子なのかは分からない。だが、例え巨大トカゲではないとしても、巨大トカゲに類すると思われる魔物が現れた以上、何らかの行動を起こさなければならない。
選択肢は大きく分けて三つ。
戦うか、逃げるか、接触を避けながら此処に留まるか。
『……よし』
ローエンは老いた人狼とは思えない咆哮の様な声で命令を下した。
『ここから逃げる。皆の者、準備せよ!』




