黄金の建造物は夜の闇に光り輝く
ローエンの命令を聞いた人狼達が一斉に声を上げる。
『お言葉ですが、ローエン殿。逃げると言っても一体どこに……』
『まさか、ヒルナント山脈を再び超えるつもりですか?』
『それは、無理です!』
ヒルナント山脈を越える時、人狼達は多くの犠牲を出した。今度また、山脈を越えようとしたら、人狼達は全滅する可能性が高い。少なくとも、生まれたばかりの子供達は耐えられず確実に死ぬだろう。
しかし、そんなことはローエンとて百も承知だ。
『いや、ヒルナント山脈は越えぬ。いや、超えることになるかも知れないが、それは最後の手段だ』
『では、一体どこに?』
『ウロー』
『はっ!』
『其方、前に言っていたな。森の奥で奇妙な物を見たと』
『……はい』
カンブリアの森に到着して間もない頃のことだ。
ウロー達は森の地形やどのような生物が生息しているのかを調べるため、森中を探索していた。その時、森の奥の奥、深い場所でウロー達はある物を見付けた。
それは木々に覆われた森には似つかわしくない物だった。一目見ただけで、自然にできた物ではないと分かるそれは、明らかに人間が造りだした建造物だった。
その建造物は黄金で造られており、さらに至る所に宝石が埋め込まれていた。木々の間から降り注ぐ木漏れ日が黄金と宝石に反射し、その建造物は美しく輝いていた。
『ウロー、その建造物があった場所を覚えているか?』
『はい、覚えています』
『では、その場所まで案内せよ。我らはそこに向かう!』
一匹の人狼がローエンに尋ねる。
『ローエン殿。何故、その場所へ?』
他の人狼達が頷く。彼らも同様の疑問を持っているようだった。
『お主らは<転移魔法>という魔法を知っているか?』
ウローは頷くが、何匹かの人狼は首を傾げている。ローエンは首を傾げる人狼達の方を向いて話し始めた。
『転移魔法とは言葉の通り、物を転移する魔法のことだ。その魔法を使えば、ある場所に存在する物を一瞬で別の場所に移動させることが出来る』
首を傾げていた人狼達の目が見開かれる。
『そんな魔法が……』
『凄い……』
『まさか、黒い巨大トカゲがいきなり現れたのも……?』
ローエンは深く頷く。
『うむ。<転移魔法>によるものだと考えて間違いないだろう』
人狼達は再びざわめく。
『巨大トカゲは<転移魔法>まで使えたのか?』
『いや、待て。巨大トカゲと一緒にいたという人間の姿をした魔物が<転移魔法>を使ったという可能性も……』
『皆、静まれ!』
ローエンが叱責すると、人狼達は一斉に静まった。
『黒い巨大トカゲが転移魔法を使ったのか、それとも共にいた人間の姿をした魔物が転移魔法を使ったのかは一先ず置いておく。よいな?』
『はっ』
『よし、話を進める。ウロー、お前が見た建造物は立派な外観をしていたそうだな?』
『はい』
ウローの脳裏に黄金と宝石に彩られた建造物が再生される。
『であるのならば、その建造物はかなり地位の高い人間の住処である可能性が高い。そして、そのような場所には転移魔法の魔法陣が描かれていることがある』
『転移魔法の魔法陣ですか?』
転移魔法のことを知らなかった人狼がウローに尋ねる。
『転移魔法は確かに強力な魔法だ。だが、その分膨大な魔力を消費する。人間が転移魔法を使おうとしても一人で行えるものではない。転移魔法を発動させるには、多くの人間、そして特殊な魔法陣が必要となるのだ』
『それが、転移魔法の魔法陣ですか?』
『そうだ。残念ながら転移魔法の魔法陣は複雑で、我々人狼には造りだすことは出来ない。しかし、既にある魔法陣に魔力を注ぎ込めば、どんな者でも転移魔法を発動させることが出来るのだ』
『なるほど!もし、その建造物にその魔法陣があれば、巨大トカゲから逃げることが出来る!』
『ヒルナント山脈を越える必要もない!』
人狼達は一気に沸き立つ。しかし、ウローの表情は少し暗い。
『しかし、ローエン殿。転移魔法には、危険もあると聞いたことがあります』
人間が使う転移魔法は完璧ではない。
転移魔法で移動させた物が移動先で壊れていたり、また人間に転移魔法を使用すると肉体や精神が崩壊したり、送り先に送られず行方不明になってしまうという危険もある。
権力者が住む場所に転移魔法の魔法陣があるのは、壊れるのを承知で緊急で物を送らなければならない場合や、敵が攻めてきた時に危険を承知で逃亡するといった緊急事態が起きた時に使用するためにある。
『それに転移魔法を使用したとして、どこに移動するのかは分かりません』
転移魔法を使うための魔法陣は、移動させる先にも描く必要がある。つまり、転移魔法を発動させたとしてもどこに飛ぶのかは造りだした人間にしか分からない。
ウローの言葉を聞いて、沸き立っていた人狼達が静まる。
『無論、今すぐに転移魔法を使うという訳ではない。もし、その場所に転移魔法専用の魔法陣があったとして、転移魔法を使うのは巨大トカゲ……いや黒い巨大トカゲが我々を襲ってきた時や、黒い巨大トカゲによって、この森の食料を喰い尽くされてしまった場合など、どうしようもない事態に陥った時にのみ使用する』
『……承知しました。ですが、その場所に行くに当たりもう一つだけ問題があります』
『なんだ?』
『その場所には、人間がいます』
ウロー達がその建造物を見た時、その周辺に数人の人間がいた。その人間達は、ウロー達を見付けると、威嚇するような行動をとった。人間との争いは避けた方が良いと判断したウロー達は、直ぐにその場から立ち去った。
もし、あの建造物に転移魔法の魔法陣があったとして、それを使うおうとするならば、人間達との衝突は避けられない。
ローエンは目を閉じる。
『人間とは出来るだけ、争いは避けたい……だが、事ここに至っては仕方がない』
ローエンは深く頷き、目を開ける。
『人間と戦ってでも、その場所を奪い取る』
人狼達にとって、人間は恐ろしい存在だ。だが、ローエン達にはとっては巨大トカゲの方が何十倍も恐ろしかった。
夜の森を人狼達が疾走する。子供の人狼を母親や他の雌が抱き抱え、その回りを雄達が囲み守る。老齢のローエンはある人狼に背負われていた。
『ウロー、気付いているか?』
『はい』
ウローは鼻をスンスンと動かす。嗅ぎ慣れている匂いがした。
(血の匂いだ)
濃い血の匂いが森中から漂っている。それも尋常ではない量の血の匂いだ。
(黒い巨大トカゲと何か関係があるのか?)
不安を募らせながら、ウロー達は森の中を進んだ。
『此処です』
ウローは、前方に現れた建造物を指差した。建造物はウローの言っていた通り、黄金で造られている。さらに至る所に宝石が埋め込まれており、光り輝いていた。
黄金と宝石が夜にも拘らず、光り輝いているのは炎の光に照らされているからだ。
建造物の周りは松明が何本も設置されており、その炎が建造物を怪しい炎の光で照らしていた。その幻想的な光景に人狼達もしばし見とれる。
しかし、見とれてばかりもいられない。松明があるということは、此処に人間がいるという何よりの証だ。人狼達は、慎重に建造物に近づいていく。
『転移魔法陣があるのは、ほとんどの場合地下だ。建造物の中に入り、人間を制圧したら、最初に地下を調べる』
人狼達は全員頷くと、さらに歩を進めた。
(何だ?)
最初に異変に気付いたのはウローだった。建造物の周辺、其処に鳥の様な生物達がいる。鳥の様な生物達は地面に顔を付け、何かを喰っていた。
鳥の様な生物達が群がっているのは一か所ではない。複数の箇所で鳥の様な生物達が一心不乱に何かを喰っている。
ローエン達は、鳥の様な生物達を注意深く見た。
そして、鳥の様な生物達が何を喰っているのかを理解し、驚愕した。
(人……間?)
鳥の様な生物が喰っていたのは人間だった。地面に転がっている人間達が、肉を食い千切られ、骨をしゃぶられている。
パキッ。
一匹の人狼が木の枝を踏んでしまった。その瞬間、黒い魔物達はピタリと食事を止め、一斉に人狼達を見た。鳥の様な生物と人狼達の目が合う。
その生物は、鳥ではなかった。
全身が黒く、巨大な翼を持っているが、その翼はコウモリの様だった。しかし、コウモリとは違い足は太くガッシリとしている。足にある爪、鷹の様な爪をしており、コウモリにはない尾の先端はサソリのように鋭く尖っていた。
しかし、ウロー達が最も驚いたのは、その生物の頭部だった。その頭部を見たウローの口から自然と言葉が漏れる。
「オオレピタリ?(巨大トカゲ)?」
その魔物の頭部は、どう見ても巨大トカゲだった。
「ケケケ!」
「コケケ!」
巨大トカゲの頭部をした黒い魔物は、人狼達と目が合うと不気味に鳴いた。そして、大きな翼を広げ、真っ直ぐ人狼達に向かって飛んで来た。




