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触手

グウウウウウウウ。


 獣の唸り声のような音が地下中に響く。その音はスーの腹から聞こえてきた。その音を聞いた吸血鬼は、隣にいたニクスの肩に手を置く。

「黒転移」

 吸血鬼が呪文を唱えると、ニクスの体を黒い球体が覆った。

「じゃあ、もうしばらく頑張ってね」

「かしこまりました」

 ニクスが頷くと、彼を覆っていた黒い球体が弾けた。黒い球体が弾けると、もうそこにニクスの姿はない。

「さてと」

 吸血鬼は腕を高く上げ、指を鳴らした。


 パチン。


 指を鳴らした瞬間、その場にいた人間達がまるで目を覚ましたかのように「はっ」となる。

「えっ?」

「私……?」

「どこ?ここ?」

 人間達は寝ぼけているかのように、辺りを見渡す。その中の一人がスーを見た。

「きゃあああああああああああ」

 スーを見た瞬間、その人間は悲鳴を上げた。

「わあああああ!」

「ああああああ!」

 スーに気付いた他の人間達も次々に悲鳴を上げる。吸血鬼はパンパンと手を叩くと、パニックになる人間達に向かって大声で叫んだ。

「さぁ、さぁ、皆、急いで逃げないと……」

 吸血鬼はニヤリと笑う。


「喰われてしまうよ」


「わああああああ」

 吸血鬼の言葉を聞いた人間達は、蜘蛛の子を散らしが如くバラバラに逃げ出し始める。吸血鬼は、人間達からスーに視線を戻すとこう言った。

「折角だから、狩りの練習をしようか」


 グニュリ。


 突然、スーの胴体がモコモコと波打ちだした。その波から一本の触手が生える。それを皮切りに、次々とスーの胴体から触手が生え始めた。

 

 グニグニ、グニョグニョ、グチャグチャ。


 スーの胴体は、まるでイソギンチャクのようにビッシリと触手で覆われた。その内の一本が急激に伸びる。


 触手は吸血鬼の横を通り過ぎ、逃げ回っていた男性に巻き付いた。

 男性に巻き付くと、触手は凄まじいスピードで縮んだ。あっという間に、男性はスーの近くまで引き寄せられる。

「え?」

『アーーーン』

 スーは口を大きく開くと、呆けた男性を口の中に放りこんだ。


 バギ、バキ、ゴクン。


 スーは、男性をゴクリと飲み込むと、逃げる人間達に向けて再び触手を伸ばす。次に捕まったのは、若い女性だった。

「いやあああああ、離してええええええ!」

 女性は触手を叩き抵抗するが、触手は全く緩まない。触手の先端が女性の首筋まで移動する。そして、針のように鋭く尖った。

 

 プスリ。


 鋭く尖った触手の先端が、女性の首筋に突き刺さる。


 チュウチュウ、ズズズズッズ。


 触手は、まるで蛭のように女性の首筋から血を吸い始めた。

「あああ、ああ……あああ……」

 女性の体から力が抜け、手がダラリと下がる。十秒もしない内に女性は、ミイラと変わり果てた。スーは干からびたミイラをポイと投げ捨てる。地面に落ちたミイラが衝撃でバラバラに散らばった。

 女性の血を吸い尽くすと、スーから生えている全ての触手が、グネグネと蠢き出した。そして、触手は逃げ出す人間達に向かって一気に伸びた。

 触手は、それぞれが独立した生物のように逃げる人間達を正確に追う。

「ぐああああああああ!」

「いやあああああああ!」

「や、やめろおおおお!」 

 触手は凄まじいスピードで逃げる人間達を捕えていった。


「た、助けて、助けて……」

 捕えられた男性が触手に向かって、必死に許しを請う。触手の先端が許しを請う男性の真正面に移動した。すると触手の先端はネチャリという音を立てて二つに割れた。

 割れた触手の中には何本もの歯が並んでおり、さらに舌まであった。歯と舌を見た男性は、それが口であると理解する。


『ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ!』


 触手の先端に現れた口が不気味な声で笑い出した。触手に捕らわれた男性の恐怖がピークに達する。

「うわあああああああああ」


 ガブリ。

 

 触手は、絶叫する男性の頭に齧り付くと、蛇のように丸呑みにしてしまった。



「やめろ、離せ!離せえええ!」

 この触手は人間を捕まえると、その先端をさらに細く、何百本もの触手に枝分かれさせた。細かく枝別れした触手の先端全てがネチャリと口を開く。

 細かく枝分かれした触手達は一斉に、人間の口の中に飛び込んだ。

「ウゴオオオオオ」

 猛烈な不快感と吐き気、息苦しさが人間を襲う。人間はジタバタと暴れるが、触手達はどんどん伸びていき、最終的に内臓にまで達した。

『ケタケタケタ』

『ケタケタケタ』

『ケタケタケタ』

 細かく分かれた触手達は不気味に笑いながら、内臓を喰い始めた。


 触手達はそれぞれ、違った方法で人間を喰らっていく。


 ある触手は捕えた人間の肉を削るようにして少しずつ喰い、ある触手は強力な酸を人間に浴びせ、ドロドロになった肉を啜り、ある触手は人間を潰して、あふれ出した内臓を喰らい、ある触手は人間を細かくバラバラにして喰い、ある触手は人間の皮だけを喰い、ある触手は人間の……。


 それはまるで、どの方法が一番おいしく食べられるのかを試しているようだった。



 地下にいた人間達が次々と食べられていく中、ロロフス=パサラは一人震えていた。

(どうか……どうか……見付かりませんように!)

 ロロフスは、目をギュと瞑り祈る。


 彼女は、地下の壁と壁の間に造られた隠し部屋に隠れていた。


 地下空間には万が一、敵が攻め込んできた場合に備えて、隠し部屋がいくつか設けられている。元々、この巨大な地下空間はペルム国中央議員や裕福層のために造られたもの。ペルム国中央議員であった彼女も当然、隠し部屋がどこにあるのかは把握していた。

(なんで……なんで、私は地下に?)

 ロロフスは、何故自分が此処にいるか分からなかった。彼女は、必死で自分の身に何が起こったのか思い出そうとする。

(確か会議で、巨大トカゲの調査が進んでいないことを咎められて……それから、馬車で家に帰る途中で……その時に、何かが道を塞いでいて……)

 ロロフスの頭の中に一人の少女が浮かぶ。漆黒のドレスに身を纏った美しい少女の姿が。

(そうだ!確か吸血鬼が……馬車まで来て……それから……駄目だ、思い出せない!)

 自分にほほ笑む吸血鬼。ロロフスが思い出せたのはそこまでだった。後のことは、全く思い出せない。まるで頭に黒い霧が掛かっているかのようだ。

 そして、気付いたら地下にいて、目の前に巨大トカゲと吸血鬼がいた。

(どうして、此処に巨大トカゲが?それに、どうして吸血鬼と一緒に?)

 ロロフスは頭を働かせるが、彼女の優秀な頭脳を持ってもしても今の状況を理解することは出来なかった。


(でも、あれは、本当に巨大トカゲだったの?)


 ロロフスは巨大トカゲを実際に見たことはないが、資料なら穴が開くほど見ている。さっきは逃げるのに必死で考える余裕がなかったが、よく思い出してみると、あの巨大トカゲは、おかしかった。

(確かに、姿や大きさは資料で見てきた巨大トカゲと変わらなかった。でも資料で見た巨大トカゲの色は、あんなに真っ黒ではなかった。それにあの触手……巨大トカゲに触手なんて生えてなかった……)

 とてもではないが、あそこにいた魔物が、今まで見てきた巨大トカゲと同一個体だとは思えない。

(まさか、巨大トカゲの亜種?)

 ロロフスの背筋がゾクリと寒くなる。もしそうだとしたら、最悪の事態だ。ただ単に危険な怪物が一匹増えたということではない。もう一匹いるということは他にも巨大トカゲの仲間がいる可能性が出てきたということだ。

 そして、もっとも警戒しなければならないのが……。


(繁殖の可能性!)


 これまでに、巨大トカゲは一匹しか確認されていない。しかし、もし、あの黒い魔物が巨大トカゲと近い種で、巨大トカゲとは違う性別だとしたら……繁殖する可能性はゼロではない。

(そんなことになったら、生態系のバランスが崩れるなんて話では済まない!)


 巨大トカゲは、基本的に自分から人間を襲わない。


 巨大トカゲに殺された人間のほとんどが、巨大トカゲを襲って返り討ちに遭った者達だ。巨大トカゲは自分を襲って来た人間を返り討ちにはするが、人間を捕食対象とは見ていない。

 実際、巨大トカゲは人間を返り討ちにして殺したとしても、その人間の死体を食べることはしていない。


 だが、『人間を捕食しない』という行動が巨大トカゲ全体の習性なのか、あの巨大トカゲだけのものかは、分からない。

 もし仮に、巨大トカゲが複数いたとして、その中に『人間を好む』個体がいるかもしれない。そして、もし『人間を好む』巨大トカゲが繁殖し、その性質を子供が受け継いだとしたなら……そして、もし『人間を好む』巨大トカゲ達が世界中に広がったのなら……。


下手をすれば人間が滅ぶ可能性すらある。


(大変だ!)

 このことを一刻も早く外に伝えなければならない。怯えていたロロフスに強い使命感が湧き上がる。


 ガン。


 突然、隠し部屋の外で壁を叩く音がした。


 ガン、ガン、ガン。


 隠し部屋の外で何度も壁を叩く音がする。まるで、そこに空間があることを確かめる様に。


 ギイイイイイイ。


 鈍い音と共にゆっくりと、隠し部屋の扉が開けられる。同時に、黒い触手がニュルリと隠し部屋の中に入ってきた。


 触手は辺りを見渡すかのようにキョロキョロと動く。だが、一見すると隠し部屋の中には誰もいないように見えた。


(は、入ってきた?)

 ロロフスは、触手が入ってきた部屋にいた。彼女が今いる場所は、隠し部屋の中にある洋服箪笥の中。その中で触手が入ってきた気配を察したロロフスは、両手で口を押え、息を殺していた。

(見付かりませんように!……見付かりませんように!)

 ロロウスは必死に祈った。だが、洋服箪笥の中など真っ先に調べられる場所。いつ見付かってもおかしくない。

(お願い!早く、どこかにいって!)

 

 ギイイイイイイ。


 その音を聞いてロロフスは目を開けた。あの音は扉が閉まっていく音だ。


 バタン。


 今度は完全に扉が閉まる音が聞こえた。

(た、たすかった……)

 ロロフスは、大きな溜息を吐く。そして、助かった安堵からか、目から涙がポロリと零れ落ちた。

(助かった……助かったんだ!)

 ロロフスは洋服箪笥の中で少しの間泣いた後、顔を上げる。安心すると、再び使命感が燃え上がってきた。

(そうだ、外にこのことを伝えなくては!)

 だが、まだ動くことは出来ない。助かったとはいえ、隠し部屋の外にはまだ巨大トカゲ(?)がいるかもしれないのだから。

 だが、いつまでも洋服箪笥の中に居ては外の様子は分からない。

(そうだ、扉に耳を当てれば……)

 隠し部屋の扉に耳を当てれば、外の様子が少しは聞こえるかもしれない。

(よし!)

 ロロフスは自分を鼓舞すると、中から洋服箪笥を開けた。



『ケケケケケケケケケケ』


 目の前で、黒い触手が笑っていた。


 固まるロロフスに向かって、触手は口を開く。


『ギイイイイイイ』


 触手の口から聞こえたその声は、扉が閉まっていく音にそっくりだった。


『バタン』

 

 触手の口から聞こえたその声は、扉が閉じる音にそっくりだった。




 あらかたの人間を食べ終えると、スーはある人間達を自分の目の前に置いた。


 スーの目の前に置かれた人間達は触手によって体の一部を喰われていた。

 腕をだけ喰われた者、足をだけを喰われた者、目だけを喰われた者、耳だけを喰われた者、鼻だけを喰われた者、胃だけを喰われた者、腸だけを喰われた者、心臓だけを喰われた者、脳だけを喰われた者。


 計九人の人間がスーの前に置かれた。


 目だけを喰われた者、耳だけを喰われた者、鼻だけを喰われた者は。叫び声を上げながらのた打ち回っている。激しい痛みはあるようだが、意識はしっかりしている。


 腕を喰われた者と足を喰われた者は、苦痛の表情を浮かべながら喰われた箇所を押さえている。その表情は真っ白で、いつ意識を失ってもおかしくない状態だった。


 胃だけを喰われた者、腸だけを喰われた者は既に気を失っている。かろうじて生きているが、死ぬのは時間の問題だろう。


 心臓だけを喰われた者、脳だけを喰われた者はすでに死んでいる。


『……』

 スーは、九人の人間を機械のような眼でしっと見る。

 やがて胃だけを喰われた者、腸だけを喰われた者が死に、腕を喰われた者と足を喰われた者が意識を失った。腕を喰われた者と足を喰われた者もいずれ死ぬだろう。

 目だけを喰われた者も意識を失った。だが、この者が死ぬことはないだろう。耳だけを喰われた者、鼻だけを喰われた者は依然、意識を保っている。


 スーから生えている触手が一本、鋭い槍に変化した。


 触手は素早い動きで、鼻だけを喰われた者の心臓に突き刺さった。鼻だけを喰われた者はピクピクと痙攣して死んだ。

 触手がまた動く。今度は耳だけを喰われた者の頭に突き刺さった。耳だけを喰われた者はバタリと倒れ、死んだ。

『……』

 スーは、どこまでも暗い眼でその光景を観察していた。スーは気を失っていた目だけを喰われた者の心臓にも触手を突き刺す。

「ガッハ」

 心臓を刺された瞬間、目だけを喰われた者は一瞬だけ意識を取り戻したが、その後すぐに死んだ。

『……』

 スーは死んだ九人の死体を眺めた後、他の人間達と同じようにその死体を自分の腹に収めた。


「うん、いい子だ」

 吸血鬼がスーに声を掛ける。


 地下は血の海と化していた。血の海の中にはスーが部分的に食べた人間の死体が転がっている。


 その中に、巨大トカゲの資料を吸血鬼に提供した人間の顔もあった。彼女は腹に穴を開けられ、肝臓をくり抜かれ死んでいた。

 だが、吸血鬼は彼女の死体を見ようともしなかった。吸血鬼にとって、彼女はもう用済み。用が済んだ人間などに吸血鬼は興味を示さない。


「人間は美味しかったかい?」

『……』

「君のお父さんは、人間の味が嫌いみたいだけど、君は違うみたいだね。どうやら君の味の好みは僕譲りらしい」

『……』

 吸血鬼は、スーに向かって手を翳す。

「黒転移」

 吸血鬼が呪文を唱えると、スーと吸血鬼の体を黒い球体が覆う。

「じゃあ、次は……」

 黒い球体の中で吸血鬼が笑う。


「魔物を食べに行こうか」


 吸血鬼がそう言った瞬間、黒い球体が弾けた。黒い球体が弾けると、そこにスーと吸血鬼の姿はなかった。


ティラノサウルスの色が黒ではないというのは、作者の想像です

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