暴君トカゲ
『別の世界からやって来た外来生物……ですか?』
『そうだよ』
吸血鬼のあまりにも突飛もない話にロロフスは驚く。
『信じられない?』
『……いいえ』
ロロフスは首を横に振る。どんなに信じられない話でも吸血鬼の言うことは絶対だ。彼女が間違えるはずがない。
『ですが、どうしてそうお考えになられたのか、教えて頂いてもよろしいですか?』
吸血鬼はニヤリと笑ってロロフスの疑問に答える。
『彼には魔法が効かない。これは何故だと思う?』
『それは……』
ロロフスは、答えに詰まる。それは、冒険者の間では常識となりつつある巨大トカゲの特徴であり、巨大トカゲ最大の謎だった。
炎、氷、水、土、風、重力、闇、光……巨大トカゲにはあらゆる魔法が通用しない。
通常の魔法だけではない。相手の体力を奪う魔法や、相手を眠らせる魔法など、魔法を使わなければ防ぐことのできない特別な魔法ですら、巨大トカゲには通用しないのだ。
魔法を使う為には魔力が必要となる。だが、巨大トカゲからは全く魔力が感じられない。
そのため、巨大トカゲは魔法を使うことが出来ないと考えられている。実際、巨大トカゲが魔法を使ったという報告はない。巨大トカゲは魔法を使って魔法を防御することが出来ないのだ。
それにも関わらず、巨大トカゲには特別な魔法を含め、魔法が一切通用しない。ロロフス達は、この謎を解明しようと必死になって研究したが、結局答えを得ることは出来なかった。
『申し訳ありません、私には見当もつきません』
『じゃあ、説明しよう』
吸血鬼は、ロロフス達が必死に調査しても分からなかった巨大トカゲの秘密をあっさりと看破していた。
『彼に魔法が効かない理由はね……魔法が届いていないからなんだ』
吸血鬼の言葉が理解できず、ロロフスは尋ねる。
『どういう意味でしょう?』
『まず、白い紙を思い浮かべて御覧』
吸血鬼にそう言われて、ロロフスは頭の中に白な紙を思い浮かべる。
『その白い紙に、魔法使いが魔物に向かって雷を放っている絵を描いて御覧』
ロロフスは頭の中の紙に、魔物に雷を撃ち込む魔法使い絵を思い浮かべる。
『魔法使いに、雷を撃たれた魔物は炭となって消えた』
ロロフスの頭の中の絵が、雷を撃たれて炭となった魔物の絵に切り替わった。
『次に、紙に描かれた魔法使いが絵の外にいる君に向かって雷を放った』
ロロフスの頭の中で描かれた魔法使いの絵が、ロロフスに向かって雷を放つ。
『さて、君はどうなった?』
ロロフスは想像する。絵の中の魔法使いが現実にいるロロフスに雷を放つ。一見、ロロフスも雷によって炭と化すかのように思える。
しかし、吸血鬼は絵から魔法が飛び出て来たとは一言も言わなかった。魔法使いの絵が放った魔法は、あくまでも絵の中での出来事なのだ。
となれば、答えは決まっている。
『どうもなりません』
ロロフスの答えを聞いて、吸血鬼はニヤリと笑う。
『そういうこと。いくら、絵に描かれた人間が魔法を使おうと、それはあくまで“絵”の中での出来事であって、現実の世界にいる生物には、何の影響も及ばさない』
面の世界で生きる者が、立体の世界に生きる者に手を出すことは出来ない。
『つまり、巨大トカゲは別の世界の生物だから魔法が効かない……いえ、届いていないということですか?』
『大正解』
吸血鬼は、よくできましたと言って手を叩く。
『彼に魔法が当たったとしても、実は彼にその魔法は届いていない。“無効”にしている訳でも“通用しない”訳でも“耐えている”訳でもない。“届いていない”んだ』
ただし、と吸血鬼は付け加える。
『魔法は彼に届かない。でも彼の攻撃は魔法に届く。紙に描いた絵の攻撃はこちらに届かないけど、こちらからは紙の中の絵に干渉することが出来る』
消しゴム使ったり、紙のそのものを破いたり、燃やしたりすることによって、絵の中に描かれた魔法を壊すことが出来る。
魔法で巨大な人形を作りだしたとしよう。その人形で巨大トカゲを攻撃した場合、その攻撃は巨大トカゲに『届かない』ので、巨大トカゲにダメージを与えることは出来ない。だが、巨大トカゲからの攻撃は人形に『届く』ため、巨大トカゲの攻撃で人形を破壊することが出来る。
ここまで話を聞いていたロロフスの中に、ある疑問が生まれる。その疑問をロロフスは吸血鬼にぶつけた。
『し、しかし……それでは、巨大トカゲはこちらの世界の生物を食べることは出来ないのではないでしょうか?』
吸血鬼の話だと、巨大トカゲは現実世界の生物が絵の世界に入ったようなものだという。
絵を消すことは出来る。消しゴムで消したり、紙を破いたり燃やしたりすることで、絵を破壊することは出来る。
だが、『物を食べる』となれば話は別だ。いくら美味しそうに見えても絵に描かれたリンゴを食べることは出来ない。仮に食べることが出来たとしても、それを『栄養』とすることはできないはずだ。
『ははっは……なるほど』
吸血鬼はロロフスがそういう質問をすることを予測していたかのように笑う。
『確かに通常なら、絵に描かれた物を食べることは出来ない。しかし、彼はこちらの世界の生物を食料とすることが出来ている。それは何故か?』
『……何故でしょう?』
『簡単さ、絵に描かれた生物なら絵に描かれた物を食べることが出来る』
『……?』
ロロフスは再び混乱する。この世界を絵の中だとすると、巨大トカゲは絵の外側にいる者ということになる。しかし、今の吸血鬼の言い方だと巨大トカゲも絵の中の住人のように聞こえる。混乱するロロフスを見て、吸血鬼はまた笑う。
『彼は、おそらく魔法のない世界から来た』
『魔法が……ない……世界?』
ロロフスは、いまいちピンと来ずに首を捻る。魔法のない世界……そんな世界が存在するとは信じがたい。
『その世界は、この世界とかなり近い環境をしていると思う』
こちらの世界と同じく、空気があり、水があり、風があり、山があり、海があり、雲があり、朝があり、昼があり、夜があり、重力があり、温度があり、火があり、岩があり、植物があり、動物がいる世界。
ただし、魔法が存在しない世界。
『魔法がない影響で、生物の進化も異なっていると思うから、ひょっとしたら“魔物”も存在していないかもしれないけどね』
吸血鬼は笑いながら自分を指差す。
『彼がこの世界の生物を食べることが出来るのは、こちらの世界の生物を構成する物質と彼のいた世界の生物を構成する物質に大きな差がないからだろうね』
ロロフスは、吸血鬼の言葉を頭の中で整理する。
『つまり……巨大トカゲがいた世界には魔法だけが存在しなかったため、魔法のみが“届かない”ということですか?』
『またまた、大正解!』
ロロフスの答えを聞いた吸血鬼が、今度は先程よりも大きな音でパチパチと手を鳴らす。
『その通り。彼に“届いていない”のは魔法だけだ』
『で、ですが……』
ロロフスはまたしても湧き上がった疑問を、吸血鬼にぶつけた。
『巨大トカゲに物理的な攻撃が通用しないのは、どういう理由なのでしょうか?』
巨大トカゲに『届かない』のは魔法だけ。だとすると、物理的な攻撃。例えば、剣による攻撃などは巨大トカゲに効くはずだ。これは一体どうゆうことなのだろう?
吸血鬼は答えに窮することなく答える。
『彼に物理的な攻撃が通じない理由は、ただ単純に彼の肉体の強度が、物理攻撃を上回っているからだよ』
硬い岩を殴っても拳の威力が岩の強度を上回っていていなければ、岩を破壊することは出来ない。それと同じことだと吸血鬼は言う。
そして、巨大トカゲの強度はそのまま攻撃力の高さにもつながる。巨大トカゲが鎧を砕き、固い魔物の体を潰すことが出来るのも、目にも止まらぬ速さで走ることが出来るのも、ただ単純に肉体による強さに他ならない。
『彼の強靭な肉体が、元々備わっていたものなのか、それともこちらの世界に来た影響で変化したのかは分からない。常識外れな力を考えると恐らく後者だろうとは思うけどね』
ロロフスは、少し考えてから口を開く。
『……巨大トカゲの防御力が肉体によるものだとしたら、巨大トカゲの肉体の強度を上回る武器で攻撃すれば……』
『そうだね。彼を傷付けることが出来るかもしれない。でも……』
吸血鬼はロロフスの目をじっと見て答える。
『そんな武器は、この世界にはないだろうね』
(この世界の武器では巨大トカゲを傷付けることはできない……巨大トカゲの体はそこまで強いのか……)
巨大トカゲは時空を超えてきた『外来生物』だ。存在そのものがこの世界にとってのイレギュラーであり、あらゆる面でこの世界の常識が通用しない。
まさに『次元が違う』生物だ。
『……』
ロロフスは改めて、巨大トカゲが規格外の生物であることを痛感する。
物理攻撃と魔法攻撃。その二つが巨大トカゲに通用しない理由はそれぞれ違うが、どちらでも巨大トカゲを傷付けることが出来ないという点では同じだ。あらゆる魔法が巨大トカゲには『届かず』、この世界のどんな武器を使ったとしても巨大トカゲを傷付けることは出来ない。
ロロフスは、落胆する。
『それでは、巨大トカゲを倒す方法は……』
『あるよ』
『え?』
吸血鬼の言葉にロロフスは耳を疑った。
『確かに、ほとんどの魔法は彼に通用しないだろう。でも……あの魔法なら、彼に通用するかもしれない』
ロロフスは目を丸くした。それは、どんな魔法ですかと問おうしたが、その前に吸血鬼が口を開く。
『そして、確かにこの世界の武器では彼を傷付けることは出来ない』
吸血鬼はニヤリと笑う。その顔は悪戯を思いついた子供の様だった。
『この世界の武器では……ね』
『クアアアアアア!』
立ち上がった黒いティラノサウルスは、大きな欠伸をする。
(本当に、成功するなんて……)
ロロフスは吸血鬼をチラリと見る。吸血鬼は立ち上がった黒いティラノサウルウスに温かな眼差しを向けていた。
キメラ。
全く違う二つの種の生物を掛け合わせ、新しく生まれた生物。キメラを造り出すことに成功した者はいないとされている。それを吸血鬼はあっさりと成功させた。ただし、これまで伝えられてきたものとは異なる方法を使ってだ。
パチン。
吸血鬼が指を鳴らす。すると赤いドラゴンを縛っていた鎖が消えた。腹を食い破られたドラゴンがズドンと地面に落ちる。
「グガア……アアア……アアアアアア」
腹を食い破られてもなお、ドラゴンは生きている。黒いティラノサウルスは地面に横たわっているドラゴンに近づくとクンクンと臭いを嗅ぐ。
『アーーン』
黒いティラノサウルスは大きく口を開く。そしてガブリとドラゴンに齧り付いた。
「ガア……アアアアア!」
腹を食い破られたドラゴンが悲鳴を上げる。しかし、黒いティラノサウルスは構うことなくドラゴンを喰い始めた。
ムシャムシャ、バクバク、ボリボリボリ、クチャクチャ。
肉を引き裂く音、骨を砕く音が響き渡る。すると、黒いティラノサウルスの体に変化が起きた。徐々に黒いティラノサウルスの体が巨大化し始めたのだ。
ムシャムシャ、バクバク、ボリボリボリ、クチャクチャ、グチョグチョ、バキバキ、バリバリ、ゴリゴリ、ムシャムシャ……。
ドラゴンの体積が黒いティラノサウルスに喰われ減ってゆく。それと反比例するかのように、黒いティラノサウルスの体積は増えていった。
ムシャムシャ、バリバリ……ゴクン。
『フー』
ドラゴンの体は骨も残さず喰い尽くされた。ドラゴンを全て喰い尽くした黒いティラノサウルスの大きさは、ドラゴンと同程度となっていた。
「美味しかった?」
巨大化した黒いティラノサウルスに吸血鬼は臆することなく話し掛ける。黒いティラノサウルスは、吸血鬼に視線を向けた。
「僕は、君のママだよ」
吸血鬼が黒いティラノサウルスに笑みを向ける。その目は、自分の子供に向ける慈愛に満ちた親の目そのものだった。
「ずっと、君に会いたかった」
『……』
黒いティラノサウルスはじっと吸血鬼を見る。吸血鬼とは違い、その顔に表情はない。
「ああ、そうだね。『君』じゃあ変だね」
自分の子供を『君』と呼ぶ親は、あまりいない。親は普通、子供を名前で呼ぶものだ。
「実は、君の名前はもう考えてあるんだ。ああ、安心していいよ『巨大トカゲ』なんて、センスのない名前じゃないから」
吸血鬼は、ううんと咳払いをする。そして黒いティラノサウルスの名前を呼んだ。
「君の名は、『スー』」
吸血鬼の笑みがさらに暖かく、優しいものになる。
「『スー・レピタリ』」
吸血鬼は、満面の笑みで微笑んだ。
「それが君の名前だよ」
魔物の言語で『マルス』という言葉がある。これは『王』や『主』、『主人』を意味する言葉だ。しかし、『王』表す魔物の言葉は他にも存在する。
例えば『ミール』という魔物の言葉。それは統治能力に優れ、民からの信頼も厚い王を指す『名君』という意味だ。
そして、魔物の言語で『スー』という言葉。それは民を弾圧し、圧政を敷く王を指す。
すなわち『暴君』という意味だ。
さらに、『レピタリ』という言葉。この言葉は魔物の言語で『トカゲ』を意味している。
つまり、『スー・レピタリ』とは魔物の言語で……。
『暴君トカゲ』を意味している。
【届かにないけど】→【届かないけど】誤字修正しました。 BREEZEさんありがとうございます!




